55.遥かなる約束
オレ、最後まで君の事…守り通したいんだ。
勇者なんて肩書き要らない、
それで君との距離が離されるなら尚更要らない。
世界なんて大きすぎるもの、オレは欲しくないよ。
オレが欲しいと思うのは…舞、君の隣だけだ。
オレが、我が儘言ってでも欲しい場所。
それは、君の隣。
小さいけれど遠い場所
小さな範囲はオレの全て、オレの世界
だからオレは、
今から本当の『世界平和』を取り戻しに行くから。
待ってて…待っててくれよ!
――小さな、大きな夢を抱いた少年は
再び白い聖地へ足を踏み入れた。――
遥かなる約束
心臓の音が外に漏れそうなほど、リンクの心情は穏やかではなかった。
ついさっき見たばかりの神聖な神殿。白に覆われたその場所、そこでリンクは盤の上で立っていた。
「う、嘘だろ…そんな」
聖三角の描かれた盤……その上から前方を見据える彼の瞳は、困惑に揺れる。
「扉が…!」
ふらふらと頼りない足取りで前へと進む。その視線と足先には、巨大な石版で塞がれた…元部屋のあった場所の成れの果て。
今はもう見えない、石版で塞がれた先の部屋にはマスターソードが封印されていた。
ほんの数分離れただけなのに、そのほんの少しの間に閉ざされてしまったのだ。
「精霊石…!何処っ、何処に行ったんだよ!!」
顔面蒼白で迫る台座には3つの窪みだけが刻まれている。
本来、さっきまでならこの窪みの中で3色の宝石が光り輝いていたのだ。それは言わずと知れたこの多い塞ぐ石版の扉を解く鍵。
――実はこの時、既にゼルダが手配させた兵が、それぞれの集落に精霊石を返してしまった後だったのだ。
つまり、精霊石という鍵がない今……
この扉を開ける方法も、思い人を繋ぐ橋もなくなったと言う事。
「…!!う、嘘だろ…!嘘だろっ、なあ!!」
台座を越え、その先に聳える巨大な石版に手を当てる。石独特の冷たさが手を通して伝わる。
そのまま冷気が顔に向かうように、更に顔色は蒼くなった。
「開けよ…開けって!オレの声を聞いてっ、マスターソード!!」
両手で作った握り拳を乱暴に扉にぶつけた。交互にぶつかる度、両の手の打ち付ける箇所が赤くなる。
ダンダンッ!!と言う強い音が静かな神殿に木霊した。
「オレっ、お前の封印を解いて…その所為で支配された世界を守ったんだ!オレはオレ成りに、自分の果たすべき行いはしたんだよ!!だから……っ、」
手に血が滲み、瞳に涙が滲む。縄で締め付けられる様な痛みが胸を襲いかかってくる。
涙で溢れ釣り上がる視線を持ち上げると涙の筋が出来た。
「マスターソード!今度はお前の番だ!!今度はお前が果たすべき責務を此処で果たしてくれよ!」
無機質な扉は冷たく、リンクの声を跳ね返すだけだった。
扉を打ち付ける扉が一瞬止まると、静寂な空気が一瞬で神殿を覆い尽す。寂しすぎる、孤独を感じる静寂にリンクは壁に手をついたまま俯いた。
返事が返ってくるなんて思っていない。けど、分かっていてもこの切ない気持ちは隠せなかった。
「(開いて…、)」
条件として命を差し出せと言われても、今のリンクなら従うだろう。
必死なんだ。今は見えぬ、己の希望を想うと……
「開け…開けよっ!
――開けーーーーーっ!!!」
悲痛に叫ぶリンクの叫び声に、涙が込められていた。
再び、静かな神殿にダンッ!!と強い音が響き渡る。
***
++舞side++
「舞ちゃん、今日はとても天気がいい日よ!ちょっと屋上まで散歩に行きましょうか」
白いナース服に身を纏った女性が明るい口調で語りかけてくる。
舞…ああ、そうか。自分か。呑気な事を考えながらベッドの隣に添えつけられた車椅子に手をかりながら乗った。
――あれ、あの人の手ってこんなに小さかったっけ?――
車輪の回る音と看護士の声を右から左に受け流す。
事故に遭って以来、今まで仕事三昧だった母が毎日と言っていいほど来てくれた。時には休みもとって一日中居たりもする。
友達も見舞いに来てくれるし、警備の整った病院での充実した生活を送っていた。
…送っているのに、時々無性に寂しくなる。心にポッカリ穴が空いたように、何かが足りないように…
でも、それが何なのかはちっとも分からなかった。
欠けたパズルのピースは見つからないままちっとも埋まらない。
「風が気持ちいいね〜!あ、今日は結構人がいるみたい」
返事が無くとも話しかける看護士は、舞を乗せた車椅子を屋上の端までついて行く。
人を掻い潜り、街が一望できる場所までやってきた。
「舞ちゃんの学校はどこにあるのかしら。舞ちゃん分かる?」
視界一杯に広がるコンクリートの海。遠くから聞こえてくるけたたましいバイク音。
競り合うかのように押していく人々の波は、皆同じ表情で只足を動かすだけ
「私はねェ、ずっと向こうの方だから家とか分かんないのよぉ」
「…先生…」
「ん?どうしたのかな?」
反応しなかったから余計にか、看護士は営業スマイルを浮かべて覗き込んできた。
「あたし…この光景見るの、凄く久しぶりな気がする。
ずっと……ずっと、長い間…見ていなかった様な…」
「うん、そうね。舞ちゃんこの2週間はずっとベッドの上だったもの。久しぶりなのも当たり前よね」
看護士の言葉に舞が口を開く。しかし、言葉を出すよりも早く後ろから声が被さった。
「先輩!少しお話があるんですが宜しいですか?」
「分かりました。ごめんね舞ちゃん、少し待っててくれる?」
直ぐ戻るから!そう言って看護士は踵を返すと入り口に向かって行った。
その様子を後ろ目で見ると舞は首を項垂れて重なった両手に視線を落とす。
「違うの先生……本当に、ずっと…ずっと前から見ていなかったのよ…」
誰にも届かない呟きは生暖かい風に吸い込まれていく。
それに悲しさを覚え、舞は久しく見る景色をもう一度見た。でもやはり思うのは同じ。
まるで何ヶ月…いや、何年も何処か別の所に居た様な感覚に陥る。
そして何故か一瞬「草原が見たい」と思う自分が居た事も
「(馬鹿みたい…)」
考えを振り払うには弱く、首を左右に振る。閉じた瞳には何も映らなく、黒い視界だけが覆う。
視覚を閉ざした彼女には、今聴覚だけが残る。
「君は何時までこうしているつもり?」
「――!?」
閉ざしたばかりの瞳を大きく開き、舞は勢い良く振り返る。けれど、そこにはこちらへ戻ってくる看護士だけ…
きょろきょろと辺りを見渡していると、不審に感じた看護士が駆け足で寄って来た。
「どうしたの舞ちゃん?何か落とした?」
「え、いや…その……」
「風が強くなってきたから、そろそろ入りましょうか?このままリハビリルームに向かうわね!」
看護士の言葉に、そう言えば今日は午後からリハビリがあったんだと呑気に思う。
後ろから押され、視界がゆっくりと変わっていくのを横目に、舞は小さな汗を流した。
ほんの一言、凄く身近な一瞬の合間だけだったのに、
―― 一瞬だけ、世界が変わった。
君は何時までこうしているつもり?
知らない誰かの一声だけに…
今のは一体何…一体、誰だったの?
舞が看護士に車椅子を押されて院内に姿を消した頃
風に、黒い何かがバサリと揺れた。
――――−−---・
リハビリルームには最初、結構たくさんいた人達がお昼時と言う事でもう少なくなっていた。
そんな中、最後まで残る組の方にあたしは残っていた。
「――よーし、舞ちゃんいいぞ!今日はこのくらいにしておこうか」
医師の言葉に肩の力が抜けて、あたしは手摺に体重をかけて体を支える。
浅い息を何度も吐き出して、手を仮ながら少し座る。
「この調子だと退院も早いだろう。舞ちゃんの努力の賜物だな、また明日頑張ろう!」
「は…はい…っ」
そうか、明日もまたあったんだ…
呼吸を整えながらリハビリルームを見渡すと、残っていたほんの少しの人達も出て行こうとしていた。
壁に立てかけられた時計を見ると、長い針と短い針の両方が12の位置に揃っている。
「もうお昼だね…じゃあ舞ちゃんもそろそろ終わろうか!車椅子に移動できる?」
「…あ…あの、先生…。あたし、もう少し此処にいてもいいですか…?」
「え?ああ、別にいいけど…まだしんどい?」
「ちょっと……」
本当は、少し1人になりたかっただけなんだけど。部屋に行ってもいいけど、あそこだと同室の人もいるし。
「分かった、じゃあちょっと私は仕事があるから戻るよ。何かあったら近くで見つけた先生か看護士さんを呼んでね。また暫くしたら一応見に来るから」
「分かりました。有難う御座います」
最後ににっこり微笑み、先生は部屋を退室した。
――バタン、
扉が閉める音も大きく響く程静寂な部屋。
誰も残らないリハビリルームには、あたりまえだけどあたしだけしか存在しない。
何もしなかったら、扉越しの廊下から人の声も聞こえてきた。
「………」
視線が定まらない、心此処に在らずと言う感覚。
今日は確か…友だちが来る筈だ。その前にお母さんが2時頃に来て、学校帰りの夕方頃に友だちが…
「…駄目だ、やっぱり……」
駄目だ。1人になると、どうしても心が何かを叫ぶ。
今はまだマシになってきた方で、先週辺りはとても酷かった。何かに心が支配され、誘惑され、困惑するかのように混乱していた。
言葉にも出来ないほど狂っていた。訳の分からない感情に、暫くは悶え打ちひしがれて暴れていた事も。
その間は確か精神安定剤を打たれてばかりだった気がする。
一時期は本当に酷かったもの。
…だけど最近はマシになった。まだ、誰かを求めているけど…それでもまだマシで
次第にどんどん意欲が薄れて、誰にかも分からない、会いたがっていた気持ちが……
薄れていく
「……会いたい、…」
ポツリと気付かない内に言葉が漏れた。知らない誰かの存在が消えていくのが、どうしてか怖かった。
項垂れそうな頭を押さえるように、両の手の平で目元を押さえた。
(一体、誰に会いたいのよ)
今押さえていなかったら涙が出てきたかもしれない。
何でかは分からないけど
――…舞……
「っ!!」
聞こえた。また、聞こえた…
いつもとは声のトーンが違うけど、あたしの名前を呼ぶ別の声。
――舞……舞…、
「だ、誰…誰なのよっ、いい加減にして!いつもどうしてあたしを呼ぶの…!!」
ああ、外にあたしの悲鳴が漏れていたらまた先生にイカレてると思われそう……
けど、今回は違った。声が、あたしの名前以外の言葉を発したのだ。
――舞…君は、何時まで世界に捉われているつもり?君は、君の存在を求めている者に気付かないの?
「あたしの、存在…?何の事…貴方は誰なの、どうしてあたしを知ってるのっ」
――君が、僕を知っているから。今だってそう、
「し、知らないわよあたし!自意識過剰よ、そんなの…あたし、貴方の事なんかっ」
――知らない? 本当に?
姿が見えない『声』の言葉に、言葉が詰まった。
詰まった?知らない誰かの言葉に…何を押されているの?知らないわ、こんな声…!
「し、知ら…な……」
――嘘。
言葉を遮った『声』の言葉が部屋に響いた。
此処は窓が開いていない筈…それなのに、部屋を覆うような大きな風が纏った。
けれど強さのないその風は、風とは言い難い代わった色合い…。優しすぎる色合いに目が離せなかった。
その目が離せない風の中、
ふわり
と音を立てて人の形が作られた。
「――!!」
どうしてか、足を地面につけていないその人は宙に浮いている。まるで顔を隠すかのようにローブを羽織った人…
当たり前に驚いたあたしは驚愕に満ちた表情のまま声が出せなかった。
「な、な…っ」
――…悲しいね、君も、僕も
その人は困ったような、泣きたくなるような、僅かに見える口元でそんな笑みを浮かべた。人、とは言っても…彼の体から後ろが透けて見える。
幽霊、と言う表現が一番しっくり来るだろうか
――舞…君は忘れてるだろう。あの世界の大きな大地を。あの世界に住む、君を待つ人々を
あの世界…?
――…だが、例え君が忘れようと、君の体は覚えている。感覚は研ぎ澄まされる。
その身に触れた人々の温厚な情、心が駆けた大いなる大地の恵
「!」
一瞬、心臓がドクンと鳴った。それに気付いて服の上から握り締める。
…まるで全てを見透かされるような言葉だった。何も知らない人なのに……
『声』は俯いて冷や汗を流すあたしを見て、さっきの困ったような顔を余計に曇らせた。
――…君は、自由な人だけど…自由すぎると、大切なものを見落としてしまうと言う事を知らない。
だから気付かない…多くの人々が君をどれだけ愛しんだか…
「ち、違う…あたしはっ、愛してもらえる様な人じゃない…!」
――掛け替えのない人だった…。いや、それは今も
だって君は、僕を救ってくれたじゃないか。最後まで、どれだけ醜くなろうと僕を見捨てる事をしなかった。唯一の人だ
「あたしの行いじゃない!だってあれはっ、貴方が裏切りを演じても尚あたし達を助けようとしてくれたから―――、」
――…え?
咄嗟に口から出た言葉に、自分自身が驚いた。貴方って…誰を思い描いた?裏切りって何、あたし達を助けるって……何から?
あたしは今…何を言ったの?何を、知って……
――ほら、やっぱり
頭に直接響くような『声』にハッと体が反応する。俯きがちだった顔を上げると、穏やかになった『声』の人があたしに微笑みかけていた。
――覚えているだろう?
――君は、覚えている。
『声』と、一緒にいる情景が浮かんだ。大きな湖…端で繋がれる孤島。
辿り地に付けば湖を一望できる小高い丘と古びた研究所。
(ウソ……)
その後ろに続く道を辿り、渓谷が流れ、沿って歩くと――
(あたしは、)
――壮大な平原。平原に散らばる、不思議な森や孤高な火山、清楚な川の民に果てしない砂漠。墓地の在る小さな村、牛馬の屯う牧場。
(あたしは確かに…そこに、)
そして…全てを総長させるかのように栄える……大きな、お城。
一時は黒に染まり、今では煌く白に覆われた居城。
その名は、あれは……、
「――ハイ、ラル…城……」
ハイラル―――?
言葉を紡ぐと同時にぷつり、と糸が切れたように押し留められていたものが溢れかえった。
押し寄せる記憶の波。それが脳に一つ一つ居場所を決めて植えつけられていく。まるでその時を待っていたかのように次々と、
ハイラル。コキリ族。ゴロン族。ゾーラ族。ゲルド族。
カカリコ村、コキリの森、デスマウンテン、ゾーラの里、ゲルド砂漠、森の神殿、炎の神殿、水の神殿、闇の神殿、魂の神殿、サリア、ダルニア、ルト、インパ、ラウル、ナボール、6賢者
ハイラル…
ハイラル……っ?
「―――っ!!」
何の合図もなしに涙が零れた。驚愕に開かれる瞳は瞬き一つしないのに、そんな事もお構い無しに雨のように次々と涙が道を作って落ちていく。
――舞?
「は、ハイラル、だ……」
それは思い出した記憶が鮮明に思い返されていくと同じに
「別の、世界…ハイラル国…!」
あたしの全てだった世界…!!
どうして忘れていたのだろう。魅了され、すっかり惹き込まれていた世界だと言うのに
怯える様にカタカタと腕が震えた。震える腕で阿吽の漏れる口を押さえて涙を零す瞳を強く瞑る。
――やっぱり、舞は凄いよ…君ならきっと、思い出してくれると信じていた。
…すると、今までずっと静かに見守っていた彼が、浮いた体をリハビリルームと外を繋ぐ入り口へ向かわせた。
霧のような体で扉を透り抜けていく。
「! ま、待って!!」
消えそうな彼に、慌てて壁に立てかけておいた松葉杖を手に取る。全力の出せない足に鞭を打ち、扉をすり抜けて何処かへ向かう彼を追いかけた。
今此処で見逃せば、全てを失うと思った
「待って!お願いっ、待って…!!」
――僕は、君が笑ってくれる事が何よりも嬉しいんだ
慌しく廊下を走る。担当の先生が途中視界に入り、煩く走るあたしに何かを言ってきた。
そんな声も聞こえないほど、目の前の彼を追いかけることで精一杯で
「待ってってば!!」
――君が、僕達の世界を忘れないでくれて…本当に良かった。
これで僕も、安心して眠りにつく事が出来る……
「嫌っ、嫌よ…!一緒なのよ、仲間なんでしょ!?」
――、ああ…そんな事も思い出してくれたんだね…
ありがとう…ありがとう舞
僕は、本当に…ほんの少しでも、僕として生きる事が出来て良かったと、今心から思うよ。
彼は角を曲がる。十数歩遅れてあたしも曲がると、上へ続く階段を上っていた。
――舞、僕は……
「っ、待ってよ…!!」
――僕は、思念体だから…死を恐れる事はないけど…、消える事だけは少し怖いけど、
「怖がる必要ないわ!消えないもの!!」
――舞、……ありがとう…
君の優しさに触れられる僕は、今…世界の誰よりも幸せ者だ。
カンカン、と音を立てて何段も階段を上る。そろそろ、足が痛くなってきた。
鈍痛が響く足を引き摺り、必死に前を行く彼を追いかけながら涙がまた一つ地面に染みを残す。
――…どうか忘れないで…君の心在りし場所に、君がため、我存在する事を
「待って!」
――忘れないで…僕は、消えてしまうけど……。でも、記憶は預けるから
僕は、僕であった頃の記憶を空に預けるから。そうすれば、記憶は未来永劫繋がるから
色も、全てが薄れていく、消えそうな彼は、屋上へ繋がる扉をすり抜けていった。
最後に見えたのは満面の穏やかな笑顔。その笑顔を最後に、彼は扉をすり抜けて行った。
―――さようなら舞。そして…お帰り―――
今…漸く思い出せたのに、さよならなんて早すぎる。涙が同時に零れ、最後の段を蹴ってあたしは彼に向かって叫んだ。
「嫌!嫌っ、さよならじゃない!お別れじゃない!!待ってよっ、お願い…っ!逝かないで!」
「シーク―――――っ!!!」
『ねェ、シークはあたし達の事見ててくれてるんでしょ?いつも、助言を残していってくれるし』
――まるで幻のように存在する、強く儚い人……――
『ああ、まあ一応はな』
――笑顔を浮かべて、光への道を導いてくれる彼の人――
『じゃあ、シークもあたし達の仲間ね。一人じゃ寂しいだろうし、神出鬼没とならず、いつでもあたし達の所に来てね』
冷たい汗が涙と共に伝う。幻影かのように透り抜けていったシークを追って扉を開いた。
駆け上がり、辿り着いた先にいたのは、
こちらに背を向ける、黒いローブを被った人だけ。
呆然としたままあたしは、無我夢中でその人に近づいた。松葉杖が音を鳴らす度にその人との距離が縮む。
カン……、最後の音を立てる頃には、もうその間に2mもなかった。
「シーク……」
口から零れた言葉に反応するかのように、目の前のローブが風に揺られた。
身を揺るがすようにローブで顔を隠す人は振り返ると、ゆっくりと片手を差し伸べてくる。
「定める時は来た。この世に留まるか、ハイラルへ旅立つか」
「あたしが…?」
ローブの人は何も言わずに首を頷かせる。ほんの少しローブから覗く手には小さな傷が幾つも痕を残していた。
「答えを」
「……あたし、まだ…全ては思い出せていないの…。
思い出せていない部分だって幾つもある…特に人の事。」
シークの事を思い出して、紡がれるようにゼルダの名前が浮かび上がった。
次に浮かんだのは、共に旅をした2頭の馬、エポナとゼロ。そして…掛け替えのない、頼もしいナビゲーターの妖精…ナビィも。
あたしは、魔王――ガノンドロフを倒す為に、命がけの旅をしていたんだ。そうだ、確かにそうだ。間違いはない。
……けど、それは『1人で』ではなかった。何も出来ずに佇むだけのあたしを、いつも前にいる誰かが引っ張ってくれた筈。
その影は2つで、形だけ見ると…どちらも同じだった気がするような。
大切な人達だったのに、その人達がいるから危険な旅も頑張れたというのに…
名前がどうしても出てこないんだ。何でかは分からないけど……
それが一番、辛い。
「一番大切な人達だった筈なのに…それすら覚えていないの」
「……」
「だから…あたし、どうしよう…。全て思い出せていないのに、戻る資格なんて…」
「…舞、手を」
「え…?」
ローブの人は僅かに覗く唇を動かしてそう言った。何の事かも分からないまま、あたしは恐る恐る右手を差し伸べる。
伸ばした右手を傷だらけの左手で取られると、ひやりとした冷気を帯びた。
その冷たさに驚いていると、もう片方の右手の平が、あたしの右手の平に何かを掴ませる様に合わせた。
――その途端
パァ…ッ!
「―――!!」
上に向いているあたしの右手の甲が、突然淡い光を帯びた。驚いて目を閉じようとすると、光る甲に何かが描かれているのに気がつく。
模様のような痕が浮かび上がるとほぼ同時に、更に押し込められていた、隠された記憶が脳内に飛び込んできた。
「…!あっ、ああ…!!」
この記憶は…確か……
「らしくない事はしようとするな」
両手であたしの右手を覆うローブの人は、突然声色も口調も変えた。
「記憶が戻っていなくても、お前なら何も考えずに戻りたがる筈。…少なくとも、俺が知っているお前はそうだった」
密かに覗く口元に弧が描かれる。
「今、なくした記憶を簡単に取り戻せたろう?ならこれからも、他の無くした記憶も全て今みたくすればいいだけだ」
「う、嘘…だって、貴方っ」
「いつもみたく、馬鹿まっしぐらで突っ切って行け。その馬鹿を支える為に、俺も、あいつも…いつもお前を守っていたんだから」
その途端、まるで機会を伺っていたかのようにブワッ、と強い風が突然吹き荒れる。木も揺るがすその風は、軽い作りの彼のローブを奪い取っていった。
ローブが落ちていくのがスローモーションに見えた。ゆっくりと姿を見せる、銀色の髪は風に揺られる。
強い風に思わず閉じられた真紅の瞳が開かれると、懐かしく見た紅に声が出なかった。
もう何年も見ていなかったかのように久しい顔に、悪戯小僧のような笑みが浮かべられる。
「そうだろう、馬鹿女」
「――ダーク…!!」
浮かんだ記憶は、彼が…初めてあたしに涙を見せてくれた時の情景――
嘘だと思った、これは幻だと。だって彼は…暗黒城の崩落と共に散ってしまったと言うのに。
耐え切れなくて、あたしは驚愕に開く瞳から涙を零した。
愕然と見つめるあたしに彼は苦笑すると、後ろを振り返って人差し指をくっと操る。
すると、まるで従うかのように空間が捻じ曲がり、不思議な穴が空中に出来上がった。
「いいか舞、俺の存在理由は…お前の笑顔を守ってやれる事だ」
「え?」
「この元の世界に居るお前を見ていたが…世辞にもお前はいい顔なんて出来ていなかった。
ハイラルで見せていたあの笑顔を…俺は一度も見ていない。」
ダークは右手で金色のプレートを弄る。このプレートは先程あたしの記憶を取り戻したきっかけとなる。
「だから、俺は……お前には、ハイラルが一番だと思う。お前が本当にいるべき場所は此処じゃない」
それは、あたしが以前彼に上げた、壊れた留め金の聖三角の一部だった。
「この歪を越えればお前はハイラルに戻れる。だから…これに飛び込んでくれ」
「ダークは?貴方も一緒なのよね…?」
「……それは、無理な事だ」
「! ど、どうして!?一緒に帰りましょうよ!」
「…さっきお前が言った通り、俺はもう死んだ人間だ…。死んだ奴が勝手に現世に出てくるだけでも不味いのに、更に俺は神の目を盗んで世界まで跨いだんだ。
まともな生き方も死に方も出来ない…これが裏切り者には一番似合いの末路なんだよ」
「そ、そんな…っ!」
そんなの、可笑しい。彼はあたしの為に無理をしてまでこうして来てくれたのに。それで消滅させられるなんて、そんなの…!
さっきのシークのように困ったような笑顔を浮かべるダークに、顔がくしゃりと歪んだ。
また泣きそうになると、後ろの扉がダンダン!と叩かれだした。
「舞ちゃん!」と名前を呼ぶ声が担当の医師…どうやら、さっき走って此処に来たのがバレたらしい。
開かないのは…もしかして、誤って鍵を閉めてしまったのかもしれない。
「もう時間がない。さあ、お前は早く行け」
「ダーク!でもっ、貴方が…!!」
「…大丈夫だって。俺は、こういうの慣れてんだ」
有無を言わさず、ダークはあたしの背中を押していく。
トン、と背中を押された衝撃で片腕が歪に飲み込まれる。驚いて振り返ると、そこには今までに見た事が無いぐらいの穏やかな笑顔を浮かべているダークがいた。
「いいか舞。今…お前が忘れたままのあの馬鹿は、俺と同じ過ちを犯そうとしている。
それを止めてやれ。愚図り者の赤ん坊は、お前の帰りを待ってるぜ」
穏やかとは言え、これでお別れだと悲しそうな表情が物語っている。
シークに続き、ダークまで「さよなら」なのか?2人とも、最後にあたしに優しくしてばかりで…!
「次、逢う時はあの世だな…。頑張れよ、舞」
「っ、ダーク!」
既に体が半分くらい歪に飲み込まれた頃、咄嗟にあたしは右手を伸ばしてダークの手を掴んだ。
「そんなっ…ず、ずるいわよダーク!あたし、まだ貴方のスカート捲ってない!!」
「Σはあぁ!?ばっ、最後まで馬鹿かお前はっ!!」
「最後じゃないもの!断言するわダークっ!
あたし、ハイラルに戻ったら貴方とシークを戻す方法を探す!」
「!」
咄嗟に言った言葉に、案の定と言うか、ダークは驚いて目を見開いている。
「…まだ、思い出せてない人がいるの…1人だけ。でも、何となくその人が優しかった事だけは覚えてるの。
だから…あたし、その人と方法を探すわ。絶対力を貸してくれるっ」
体も大分飲み込まれて、だんだんとダークの腕を掴む腕も引き込まれそうになる。
それでも強く、冷たい彼の手を握って小指を絡ませた。
「約束よ!逢ったら、絶対スカート捲ってあげるから!!だからっ、さよならじゃないから。
――また後でねダーク!絶対よ!!」
結んだ小指が解けて、あたしの体は全て歪に飲み込まれていった。
体を覆う浮遊感に飲み込まれそうになるのを堪えて、あたしは強く両目を閉じた。微かにダークの声が聞こえたような気がしながら
++
舞が消えた屋上には、もう緩くなった弱い風とダークだけが残る。さっきから煩い扉の向こうからは、予備の鍵を持ってくるよう医師が叫んでいた。
「……だから、無理だって…言ってんだろが」
もう誰もいない空中に向かって蚊の鳴くような小さな声をかけた。
――約束よ!逢ったら、絶対スカート捲ってあげるから!!
「舞……」
無理だなんて事、分かってる。世界に反し、己の意思を突き通して無茶難題を犯した自分に失笑が浮かぶ。
…最も、後悔なんてしていないのだが。
「舞…正面きっては言えないが、今なら言えるよ」
扉の向こう側が一層喧しくなる。恐らく、予備の鍵を持った人が来たのだろう。
「7年前、まだ餓鬼の頃だった俺に…生きる道をくれたのは紛れも無い、お前だ。
それから7年経って、勇者を殺す事だけに生きる俺に…お前は、2度目の命をくれたんだ」
都会独特の生暖かい、新鮮とは言い難い風がダークの髪を躍らせる。
少し灰色の掛かった空を仰ぐと、ダークは眉間を歪めた。
「っ、お前の為になる事だ。死ぬ事覚悟してきたんだよっ。そうだってのに…それをっ、ぶち壊しやがって…!!」
―――また後でねダーク!絶対よ!!
「っかやろう…っ」
彼女が自分の名前を呼んだだけで、こんなにも呆気なく意気込みが崩される。
ああ、どうしよう…密かな希望を持ってしまった。
「消えるのが、怖くなっちまうだろうが…!!」
やはり、自分は弱くなっていた。リンク達に出会ってから、すっかりと
天を仰ぎ見るダークは、頬に涙の筋を作りながらそう思った。止め処なく零れていく涙をそのままに、細くする目で空を見上げる。
扉からガチャガチャと鍵を開ける音が嫌に響いた。
「――悪いな舞…、もう………さよなら だ」
バタンッ!!
「舞ちゃん!!舞ちゃん、何処だい!?」
バタバタと、医師が1人と看護士が2人駆け込んでくる。しかし、見渡す屋上には当たり前だが舞はいない。
慌しく辺りを見回しながら何度も舞の姿を探す。
慌てる医師達の他に屋上に残っていたものは
石造りのタイルの上に出来た、ほんの小さな滲みの跡だけだった。
*****
時の神殿の中、小さな阿吽が壁を跳ね返って響く。
僅かに開かれた扉から緩やかな風が身を忍ばせて入り込んだ。
――リンク、
「!!」
石版に額を預けていたリンクは、耳に届いた澄んだ声に肩を跳ね上げる。
自分を呼んだ筈の声を探していると、振り返った後ろの台座に異変が起きた。
精霊石をはめ込んでいた3つの窪みの部分。その箇所だけを、目にも見える程はっきりとした風が取り巻いた。
何重も風が台座を渦巻くと、突然石版にも異変が現れた。
――カァァァッ!
「!! なっ、石版が光りだした…!?」
慌てて2、3歩飛び退き、リンクは目の前で起きる異変に目を見開いた。
何が起きたのか分からず困惑に揺れる瞳の先で、穴を塞ぐ石版が強い風に包み込まれた。
ゴォッ!!
「うわ!」
その強い風にリンクも目を開けられずに両腕で視界を覆う。けれど、何処か爽快を含む風は緩くリンクの体も包む。
まるで耳元で囁かれるように風が踊る。
――リンク。友達として認めてくれた貴方に…フロルからの贈り物よ
「(フロル…!?こ、これってっ)」
――でも、一つだけ注意しておくわ。贈り物はね、まだ完璧には研かれてはいないの。だからとっても繊細なの。そこは君がどうするかに掛かってるんだから!
だから……頑張ってリンク。フロルは…信じるよ、君の『勇気』を
フロルの声が消えていく頃、リンクは少しだけ目を開けた。ほんの少し覗いた風の先で、壁を塞ぐ石版が風に包まれて姿を消していくのを目の当たりにし、一瞬だけ大きく目を見開く。
ゴォォッ…
―――カッ!!
「…!!」
一層強い風と黄金色の光が神殿内を包み込む。嵐の前ならぬ後の静けさが徐々に空間を包み込みだし、数分もせぬ間に神殿内には静寂が戻ってきた。
収まった…?ゆるゆると視界を防ぐ両手を下ろしていく。
さっきまで塞いでいた石版が姿を消しているのに気付き、リンクは塞がれていた部屋に向かって歩き出した。
「(これもフロルの力、なのかな…。―――…?)」
灯りのない部屋はステンドグラスから入る日光だけが照らし出した。
暗い部屋に視界が慣れてくると、部屋の中央部に自分の捜し求めていたマスターソードがあった。
…だが、台座に刺さる剣の前に誰かが蹲っている。
その背中を見た途端、リンクの瞳が一杯に開かれた。
「(――ぇ……?)」
蒼の瞳が映す先に居る背中が動き、頭痛を抑えるように頭を抱えゆっくりと立ち上がった。
少女は困惑した。一体自分の身に何が起こったのだろうと。
瞳を開くと灰色の床、自分がしゃがんでいるのに気付いて少しふらつく頭を押さえて両足で立ち上がった。
「(ん…?)」
そして、次に気付いたのは視界の高さ。さっきまでより低くなった気がして、同時に視界に入った両手を見つめた。
蜜柑を包めるほどしかない手の平を見つめて、漸く自分の身体の異変に気がついた。よく見れば足も、胸も、身長も小さい。
「(これは…)」
少女は自分の体の変化に愕然とした。
「(小さく、なってる…?これって、)」
――ジャリ、
不意に後ろから砂利の踏む音が聞こえた。自分以外の存在に初めて気がつき、少女はゆっくり振り返る。
先ずは足が、その次に体、肩と振り返り…最終的に顔が振り返る。
視界に収まったのは…自分を見つめる、森色の男の子。その男の子はまるで驚くように目を見開いて少女を見つめていた。
「え…?まさか、嘘だろ…。」
この人は…、そうだ。ダークと似ているんだ。彼と似た形容をした男の子は困惑に揺れる瞳のまま言葉を探した。
「##NAME2##……舞…?」
「(あたしを知ってる?)」
「な、…舞、なの……?」
男の子、リンク。彼は自信のない声で少女の名前を呼んだ。何度も呼ぶ相手に、舞は困惑とも驚愕ともつかない顔で呆然としたままだった。
そんな彼女の様子に彼の中で不安の渦が渦巻いている。その原因は、ゼルダが言っていた『記憶の削除』
ましてや相手は自分が想う人。
それが今も尚続いていると知れば、リンクは絶望のあまり死んでしまいそうとも思った。
「(舞…オレのこと、忘れてるの…?)」
応答を示さない彼女に不安が募り、リンクは怖さのあまり両目をぎゅっと瞑った。
もし、本当に舞が自分を忘れているならば。その時は…無理矢理にでも、もう一度自分を彼女の記憶の中に植えつけたいとリンクは思っていた。
奇跡を起こしたい。少なくとも、目の前にいる彼女の存在自体奇跡なんだ
「(嫌だ…嫌だよ舞…!忘れないで、お願いだからっ)」
「…貴方、森と太陽と、空の色をしてる…」
そして、再会してから此処で初めて舞が言葉を発した。それに気付いたリンクは再び開いた両目に彼女の姿を閉じ込める。
「蒼い瞳…。貴方の眼、空を捕まえてる」
「!!」
リンクは舞の言葉に驚きを隠せない。今彼女が言った言葉、それは確かに以前、まだ旅をしていた時に彼女が自分に言った言葉だった。
一瞬の気持ちの駆り立てで足が自然と前へ一歩進んだ。
「そ、そうだよ舞!君が前に言ったんだ!オレの眼は…空を、捕まえてるって…!!」
「え…?」
自分自身気付いていなかったのか、リンクの言った言葉に今度は舞が驚いた。
「その時にオレ、君と約束したんだ。もしも消えたら君を追うって…っ」
「…約束、」
――そう言えば、人生で始めてみた流星群は、
舞の頭の中に、幾つもの流れ星が零れ落ちていく夜空が浮かんだ。広大な空の下ではほんの小さな存在だが、確か……
そうだ、確か今目の前にいる彼が、成長した姿の自分と一緒にいた筈
「っ、舞…!」
切ない声で自分の名前を呼ぶ。その度に心臓が煩く鳴り響いた。この名前に呼ばれる度に、自分も彼の名前を呼び返していた。
「…っ」
思い出せ、思い出せ…!必死に自分に言い聞かせ、もどかしさで浮かぶ涙も気にせず舞は両手を握って瞳を閉じた。
何度も呼ばれた、必要とした
――…そう言えば、彼に出逢って初めて、あたしは広大な地を駆けた。
子どもとは思えないその強さは、自分の前に立って引っ張ってくれた。
(3つの精霊石を巡り、様々な色のメダルを巡った)
時には笑い、
時には怒り、
時には泣き、
時には抱き合った。
(心臓がドクンと脈を打った)
彼を待つ間、彼の為になればとエポナに乗る練習を続けた。
長い年月を待ち経て、闇に覆われた世界に彼は光となって再び現れてくれた。
それはハイラルの…そして、あたし達の光
『貴方の名前は繋がると言う意味があるの』
いつか言った彼の名前を紡ぐ鍵。彼は世界を繋ぎ、仲間を繋ぎ止め守り、そして時を繋げた。
――舞って言うんだね!宜しく、僕は
時を繋げた勇者
「 リン ク…? 」
「―――…え?」
その途端、雷が落ちたような衝撃が一瞬体を走った。唇に触れる指先が震える。目の前の、名前を呼ばれた彼も驚きに満ち溢れた表情で見上げてくる。
「##NAME2##、舞…、今……オレの…名前…?」
名前を呼ぶ彼の顔を見て改めて思い出した。嗚呼、そうだ…どうして思い出せなかったのだろう。
あんなに…あんなに、離れたくなかったと思った人だと言うのに…!
リンク、それは…世界を救った時の勇者
両手で口元を覆う下で彼の名前を呼ぶと、今までにないくらい両目から涙が頬を伝って落ちていった。
「リンク…リンク…!!」
思い出した―――!!
止め処なく溢れてくる彼の名前を何度も呼ぶと、今まで呆然としていた彼の眼がハッと揺れ動いた。
2つの青い硝子玉から舞と同じように雫を零すと、地面を蹴って台座の上にいる彼女の元へ走った。
「――っ! 舞っ!!!」
名前を呼ぶと同時にまだ小さな両腕の中に、小さな舞の体を一瞬で閉じ込めた。
漸く触れた温もりに今度こそ本当に戻ってきた事が身に滲み、留める糸を断ち切った涙の量が更に増した。
舞も震える両手でリンクの背に手を回し、目の前にあるリンクの顔を見てくしゃりと目が細まった。
「リンクっ…リンク、だぁ…!」
「舞っ!舞…っ!!」
右腕と左腕で作ったクロスの中に閉じ込めた舞の頭の上に頬を乗せる。
この瞬間が待ち遠しかった。やっぱりどうしても愛しい存在を切り離すなんて器用な事、リンクには出来なかった。
「逢いたかった…!君までっ、失うかと思った…っ!!」
骨が軋みそうになろうが、どんなに痛かろうが関係ない。只、もう何処にも離さないと言う様に精一杯の力で抱きしめるだけだった。
ずっと逢いたかった存在に漸く会え、お互いの服に涙を滲み込ませるほど泣き叫ぶ。
それでも、涙を落とす瞳はリンクも舞も、その表情に笑顔を浮かべる事は忘れてはいなかった―――。
様々な出会い、様々な別れ、様々な戦いを廻る中で出来た掛け替えのない宝物が今までどれだけあったのだろう。
(森から始まった危険無謀な旅路だった)
幸せの為に勝ち得た平和に苦しめられ、絶望が合間見えた時は世界の終わりとさえ思った。
(神の都が赤く染まった頃が始まりの合図だったあの頃)
今もこうして再び廻りあえた幸せに、いつかまた手放してしまうような恐怖だって駆り立てられる。
(時に光を、時には闇を糧に。彼らは存在し続けることが出来た)
…それでも、この時は只、今だけは祝福を胸いっぱいに感じるだけ。
今度だけは神様に感謝しよう。再会と言う名の奇跡を施してくれた聖なる母に
心の中で感謝の気持ちを浮かべると、神殿の中に大きく温かくも緩やかな風が舞い込んだ。
風で思い出した少女に頬が緩み、リンクは少しだけ口元に笑みを浮かばせる。
誰にも聞こえない心の声で「ありがとう」と言う言葉を、今はもういない風の女神に
「舞、」
まだ鼻も赤く涙を零しながら、リンクは背中を丸めて自分の額と舞の額を重ね合わせた。
お互い涙で濡れる顔を見て思わず笑いが零れながらも、リンクは満面の笑顔を浮かべながら言葉を放った。
「お帰り!!」
至近距離の笑顔に驚かされて目を見開く。けれど、その歓迎の言葉に胸躍らされる気持ちになりながら舞も微笑んだ。
リンクと同じく目を細めると、瞬きにより落ちた涙が陽光によって照らされる。
「ただいま、リンク!」
きっとあたしは今分け与えられた幸せがあるのなら全て使い果たしているでしょう。
2人の満開の笑顔が久しく浮かべられた。心を満たす幸福感に舞の右手とリンクの左手が強く握られる。
――未来に紡がれた約束は、7年の歳月を経て果たされる。
ハイラルに住む国民は勿論、世界の為に身を酷使させた勇者達の顔にも笑顔が漸く取り戻された。
リンクは、舞の手を取りながら、例えこれから何があろうと大丈夫だろうと確信した。だって出逢える筈のない彼女にこうして再び廻りあえたのだ。
ゼルダの言葉を借りれば世界の論理さえも打ち破ることが出来たんだ。また何かあっても、自分を信じて前に進めばいい。今回もそうだったんだ、間違いない
彼女が居ればどんなことでも乗り越えられる。そう確信を持ちながら、リンクは舞の右手を取り、振り返った。
「さあ舞、行こうよ!」
眩しい笑顔を向けられ、舞は繋いでいない左手で涙を簡単に拭い口元に笑みを浮かべた。
「ええ!」
深く頷き、繋げられた手に力を込める。しっかりと手を繋ぐと、2人は歩調をあわせて間もなく時の神殿を後にした。
緩やかな風とステンドグラスから入り込む淡い光に照らされる2人を祝福するかのように、城下町一帯に鐘の音が鳴り響いた。
そして、新たな世界の住人が再び還って数日
いつしか月日が流れていった―――
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