28.『平凡』に終止符を
何が正しいのか、
何が間違いなのか、
あたしは一体どう思っているのかとか、
あたしは一体どうしたいのかとか…
分からないことは山ほどで、たくさんで、
けれど…一度も心の底から彼を憎んだことはなかった。
例えどんなに渉のことが愛しくなっても
あたしは一体、今の環境をどう思っているのかを
改めて考えてみたかった。
『平凡』に終止符を
おはよう御座います、またはこんにちは。はたまたこんばんは?
兎に角数の少ない洗い物を済ませています、女子中学生です。
スマブラメンバーが還ってしまってからと言うもの、食事なんてあたしとミッキーとマウス、あとは使用人の皆の分だけ。
使用人の皆は各自自分で片付けてしまうから、実質片付けなんて三人分だけしかない。これはこれで楽でいいけど
「よし、洗い物無事終了終了。さあて暇になったなぁ」
遊ぶ相手もいなくなり、更には相棒のナビィさえいない。
することがなくなって暇になり、食堂の椅子に腰掛けて息を吐き出した。
「あーぁ、元の世界に還るのは日曜だし」
「…おい、」
「かと言え此処で一人することなんてないし」
「おい、お前」
「あ、ミッキー達の所行こうかな?あわよくば今日こそは夢にまで見た二人の腹タッチなんて夢を現実に!」
「だー!!無視すんなっ、人の話し聞きぃなお前!」
「…ん?」
大きく握り拳を作りいざ行かんと意気込んだ途端、大声と共に目の前に何かが飛び込んできた。
それは小さな体をテーブルに乗せて自己アピールを必死にしている。
何時の間に、と思うよりも先に思ったのはその存在への驚きだった。
「あ、あれ?ピカチュウ、元の世界に還ったんじゃなかったっけ?」
「はぁ?何言うとんねんお前、ボケちゃうか」
…ず、随分と口が悪くなっていらっしゃるような。あたしの正しい(筈)の質問にピカチュウは怪訝に眉間に皺を寄せて小さな腕で腕組をすると鼻を鳴らした。
「わいは今日此処に来たばかっりなんやぞ?アホなこと抜かすな」
「………。」
「な、何や…。わいの顔に何かついとんか?」
「大変だーーー!ピカチュウが関西弁になって還ってきちゃったよミッキぃぃぃぃ!!」
「Σうおぉぉ!?なな何やねんいきなり!ひっ、人を持ち上げんな!はーなーせー!!」
様子の可笑しいピカチュウを持ち上げると短かな手足を必死にバタバタさせて抵抗しだす。
けれどあたしはそんな場合ではないのだ。アイドルが!皆のヒーローピカチュウがヤクザもんになって還ってきた…!
そんなことになれば全国のチビッ子が一斉に病んで格差社会に更に拍車を掛けることになってしまう。それはヤバイ!!
「だだ大丈夫よピカチュウ!きっと一時の気の違いだからっ!今マウスの所連れて行って人体解剖してもらえば元に」
「治るかボケぇぇ!!逆に殺されてまうわ!
自分ええ加減にせぇよ!わいは客人なんやで!?はよ離さんと動物愛護団体に通報したるぞわれーーー!!」
「(先ずポケモンが動物愛護団体に通用するのかどうか)」
「――何さっきからギャーギャー騒いでんだよ赤ピカ」
カツン、とヒール音と共に食堂に影が足を踏み入れる。真昼と言うのに、関係ないように全身を真っ黒に染め上げている彼は該当する人物が一人しか居ない。
「ダーク!」
「黒リンク!はよ来ぃなっ、わい殺されるところやってん!!」
ピョンッと腕の中から脱走するとピカチュウは一目散にダークの肩に上っていった。
ダークはそれを呆れたような目で見ている。
「ばーか、仮にも乱闘者の複写コピーだろお前。非戦闘メンバーに殺されてどうすんだよ」
「う…っ」
「ダーク!」
「よお舞、久しぶりってところか?一人で退屈そうだなぁ」
「ええまあ、それはいいんだけど…何でダークが此処にいるの?ダークは確か裏の世界に、」
帰ったんじゃ、と言葉を続けようとした途端、凄まじい音を立てて食堂の扉が開かれた。
驚いて視線をそっちへ向けると…あの、何かキンキラキンに輝いてる人が居るんですけど
「黒 見つけた 此処に居た」
「あ?何だ、金ロイかよ、それに青カービィも。もう追いついてきやがったのか」
「ん」
「(金ロイ!?青カービィ!?)」
ダークに指摘された人物を改めて見ると、確かにロイだ。カービィだ。
体に纏う鎧は全て金色で装飾されているが、それを除けば全ては元のロイと同じだ。更に彼の肩に乗っているカービィ……うん、形は一緒。だけど体が死人色だ!!(汗)
「黒 放って置く 何する 分からん」
「あーハイハイ、お目付け役ってことかよ」
「白 いない 皆 いない?」
「あ?まだ来てねえんじゃねえの」
「…… 誰?」
「一つに話を絞れねえのかテメェは!!」
多分悪気があるわけじゃないんだろうが…金ロイのマイペースなやりとりにダークが吠え掛かった。
因みに、金ロイが「誰?」と指差してきたのはあたしだ。
「あ、あたし舞って言うの。宜しく!」
「…舞?」
「言ってただろ?表のボスが勝手に呼び出した異界の女って。こいつのことだよ」
「異界の女… 舞、 舞、」
頭に刻み付けるように復唱しながら金ロイは食堂に足を踏み入れてきた。カツカツとマイペースな足取りで目の前まで来ると、スッ…と静かに右手を差し出してきた。
「舞 宜しく。 金ロイだ」
「へ?あぁ、どうも」
差し出された右手にあたしも右手を出して絡ませる。それを解くと、今度はそのまま右手に作った人指し指を肩に乗っている青カービィに向けた。
「こっち 青カービィ」
「青カービィね、宜しく!えーと…握手、構いませんか?」
青カービィに向けて手を差し出すと何も言わずにコクンと頷いて指のない手を出してきた。勿論あたしはその手を掴んで少し揺らす。
無表情プラス無口キャラ…こ、これはウォーを上回る無口さんだな。
「金ロイもダークと同じで裏の世界から来たの?」
「ダーク…?」
「あ、彼のことね。黒リンク。」
どうやらダークと言うのは彼等の間では使われていないらしい。
あたしの教えに「あぁ」と呟くところを見ると納得したようだ。
「金ロイ ロイ 影。 表裏期 訪れる 表世界 上がる 来る」
「……」
「こいつの言いたいこと分かったか?」
「全然」
「だろうな」
俺らだって最初は抵抗あったからな、なんて言う割には豪くダークも冷静だ。何でこの人単語綴りの言葉しか喋れないんだ…!
「つまりだな『金ロイはロイの影で、表裏期が訪れたから表世界に上がってきた』って言いたいんだよ。
俺も同じ理由で此処に来たんだ、勿論青カービィもな」
「え?そ、そうなの。通訳有難う…」
謎の暗号に頭を捻らせていると代わりにダークが解読してくれた。よ、よくあれを解読できたわね…
「うん?って言うか表裏期到達したの?」
「したよ〜、昨日の月の昇りからね」
「ミッキー!…と、」
何時の間に来たのか食堂の入り口に佇むミッキー、そしてマウス。…そして何かゴレンジャー的な者が彼の傍に三人ほど!?
思わずあたしはダークと金ロイを盾にしてしまった。
「どうしたのミッキーマウス、その人たち。さては新しい用心棒?寧ろ狙われるわよ半端ないそのド派手力」
「だからまとめるなこ い つ と。」(グリグリ)
「イタイイターイ、痛いよクレイジー!あのね、この人達も皆裏の世界から……だから痛いってクレイジーちょっ米神!米神入ってますけど!?」
そんな憎しみ込めてグリグリするかってぐらいマウスはミッキーの頭を苛めている。哀れなことだ、原因はあたしにあったとしてもそうとしか
「貴方が舞さんですか?」
「え? ―――は?」
声を掛けられて振り返ると、視界にヒラリと淡い桃色の花びらが舞った。
何で室内に花びら?と思うもその疑問は以外に簡単に解ける、何故なら声を掛けてきた人達が原因だからだ。
「そ、そうでいらっしゃいますが…(何で花!?)」
何かめっちゃキザっぽい人出てきちゃったよお母さん!
誰だこんな人作ったの(A.此処の管理人)
「貴方が……そうですか、お噂は兼々聞き及んでおります」
「は、はぁ…」
「白」
「え?白?」
「ああ、私の名前です。申し遅れましたが私は白マルス、見ての通りマルスの影でして……あんなどす汚い輩の影だと思うと吐き気を覚えますがね、ハッ」
「いや貴方も十分どす黒いですて」
影はやっぱり影だった。一気にドス黒オーラを放っていたものの、ハッと我に帰ると白マルスは髪の毛払いのけた。
「これはすみません、些か取り乱してしまったようで。我が女神の前ではしたないことを」
「いえいえ〜…、……は?」
「お詫びの証とは言いませんが、私からの敬意の表しとしてこの薔薇をお受け取りください」
そう言うと白マルスは何処からかサッと真っ赤な薔薇を取り出した。あの、さっきから女神やら薔薇やらと嬉しいようなことしてくれますが…
マルスの顔でやられてるからすんごい鳥肌立つんですけど!!(滝汗)
普段の彼とは真逆な態度に思わずオドオドしながら薔薇を受け取った。
満足したのが、白マルスはにっこり優雅に微笑んだ。
…途端だった
「出番ーーーー!!!」
「!? なっ――」
ゴッッ!!
「Σおおぉぉおおぉおぉおぉ!!?」
「っしゃー!漸く回ってきたな俺の出番っ、な!」
「いやいや『な!』と言われましてもあんた今っ、白マルス!白マルスを!!」
突然視界に割り込んできた人は「ん?」と首を傾げている。その様子を見る辺りわざとじゃないんだろうけど
「え、えーっと…貴方は見た限り、マリオの…?」
「ああそうだ!俺は緑マリオっ、出番を多目に宜しくってことで覚えてくれよ!」
「うん、見たときから思ってたけどルイージと混ざってますね」
出番を獲るに必死な辺りが特に。どうやら彼は服の色だけでなく中身まで彼が混ざりこんでいるようで…。うーん、この人も中々キャラが濃い!
とりあえず差し出された手に握手をすると、今度は緑マリオが横からの襲撃にぶっ飛んだ!
バキッと言う嫌な音が響いた瞬間、「ホゲッ!!」と悲鳴を上げて緑が壁にめり込んだ。
代わりに現れたのは、パンパンと手を叩く白マルスの姿。
「下等が!私を足蹴にするとは良い度胸だなっ、そこに跪け愚か者!!」
「うわー…多分死ぬわね緑マリオ」
「それを見過ごすお前もお前や」
「いやぁあれに関わっちゃ流石に死ぬでしょう」
呆れたような声と溜め息を吐き出したのは、未だダークの肩に乗っている赤ピカチュウ。
もう説明しなくてもいいだろうが、彼はピカチュウの影でしょう。見れば分かる
「まあそりゃそうやけどなぁ…」
「あんなんは関わんないで傍観するにかぎんだよ。
…って、金ロイに青カービィ!何処に行こうとしてんだっ、戻れ!!」
鬼のような形相のダークの視線の先にはテラスを飛び越えて外に出ようとしている金ロイプラス青カービィ。金ロイは振り返らずまた淡々と喋った。
「蝶々 飛んでる 行ってきます」
「蝶々が飛ぶのは当たり前だ!!何メルヘンしようとしてる!おい赤ピカっ、お前青カービィ捕まえろ!俺は金ロイだ!!」
「はぁ?まじかいな〜、しゃあないのぉ」
嫌そうにしながら赤ピカも渋々肩を下りて外に向かって行ってしまう。
ダークも軽々テラスを飛び越えると「舞また後でな!」とだけ言って乗り越えて行ってしまった。
「……」
騒音が響く方を振り返ると、そこでは白マルスが目を回す緑マリオの胸倉を掴んでガクガク揺らしている。
もう一方では青筋を立てて起こるマウスの傍で、ミッキーが痛む頭を抑えて蹲っていた。
「(何か…物足りない、)」
(それは、いつもよりも少し大人しい騒々しさ)
一人ポツンと残されたあたしは、そう言えばキノピコに部屋のこと任せっきりだったことを思い出してふらふらっと食堂を出て行った。
それを偶然顔を上げたミッキーが見ていて、きょとんと呆けていたことには気付けなかった。
「舞君…?」
***
「―――…あら?」
呆気と呆ける舞の視界には黄昏時の空がいっぱいに映った。
部屋に向かうつもりが、何故か知らない内に屋上に出ていたらしい。
「気付かない内に屋上って…うわぁ、若年性アルツハイマーもいいところよ」
自分に情けなくなりながら空を仰ぎ見た。今、この広大な空の下広がる広大な屋敷の屋上に存在するのは舞一人だけ
「……」
「こんな所にいた」
不意に自分以外の存在が現れ、舞は屋上と屋敷を繋ぐ階段に振り返る。
するとそこには、ゆっくりとしたペースで階段を上ってきている人物が
「ミッキー…」
「さっき、食堂から出て行くのが見えたから追いかけてきたんだ」
相も変わらず純真な笑みを惜しみなく広げながらマスターは舞の隣まで歩いてきた。
「どうして此処へ?風、今日強いから体調崩すよ」
「分からないけど…何か、気付いたら、」
「……寂しい?」
マスターの言葉に舞はパッと反応して顔を上げる。どうやら当たっていたようで、マスターにしては珍しい、少し眉間の下がった笑みを浮かべている。
「や、やっぱりそうかな」
「自分でも分からなかった?さっき、食堂を出て行くときの舞君、凄く寂しそうだったよ」
「あらー…」
「無理もない、つい昨日まではあんなに騒がしかったメンバーが居なくなったんだから」
苦笑を漏らしながらマスターは自分より目下にある頭にポンと手を置いた。
その大きな手の平は、子供の頃に撫でられた父親の手の平に似ていると感じた。
「寂しいんでしょ?」
「……うん、多分」
以外にあっさりと言葉が飛び出し、いつもより元気のない表情で景色を見ている。
それを見兼ねてか、子供を宥める父親のように頭を撫ぜた。
「皆が故郷に還るんだから分かってたことだけど、いざとあっては何だか妙に心寂しくなって」
「うん、そう思って表裏期に入って早速ダーク達を呼んだんだ。舞君の為に」
「あたしの為に?」
「そう」
でも結局無駄だったみたいだけど、そう苦笑気味に漏らした言葉に舞はありがとうと言葉を返す。
舞が見ていないことをいい事に、マスターは眉間を八の字に垂らした。だがその瞬間、今まで俯かせていた顔が自分の名前を呼んで見上げてきた、
「ミッキー、あたしね、改めて今の心境を考えてみたの」
「心境?一体何の…?」
「この世界にいて、自分がどう思っているかとか」
「、……そう。答えは出たのかい?」
一瞬、頭に置かれたマスターの手が反応した。だが舞はそれにも気付く事無く、体を撫でる風の感覚に目を細めている。
「まだ分からない。完璧な確証は、まだ立ってない」
「そうなんだ」
「でも、」
「?」
不自然に途切れた言葉に、今度はマスターが視線を下げる。すると2つの黒い真珠と視線が重なり、漸く言葉が紡がれた。
「此処に来れて良かったとは思ってる」
「!」
「…前の日曜、元の世界に帰った時に、渉に言われたの。
『お姉ちゃん最近表情が明るくなったね』って…。それって多分、こっちの世界の環境に触発されてだと思うの」
「だからあたし、少なからずミッキーに感謝してるのよ!
……ミッキー?」
頭から引いていった手の行方を追うと、その先の人物が項垂れていた。
どうしたのかと首を傾げる舞と静かに口を開くマスターの髪が風に踊る。
「違うよ舞君…」
「ミッキー?」
「私は、君に…そんなことを言ってもらえる資格なんてないんだ…!」
「ど、どうしたのミッキー。何がいけないの?何をそんなに思いつめてるの」
不安に揺れる視界の先に映るマスターは影で握り拳を作った。
目を伏せると、いつもとは違い眉間に皺を寄せた表情で何かを思いつめていた。
(もう、言わなければ)
自分の中で何か答えを見つけると、伏せていた目をそっと開いた。視線は逸らしたまま、握り拳もそのままに。
「…舞君、君は…君に植え付けられた呪いのことを覚えているか?」
「え?呪いって…一週間に一度しか帰れなくなった原因でしょう?それがどうかしたの?」
「…。実は以前から、君のことをドクターに調べていてもらったんだ。血液検査、DNA鑑定、色んな検査を全て。そして分かったんだ」
「何が?」
マスターの眉間がより一層皺を寄せ、流れた汗がポタリと地面に落ちた。
「…君にかかった呪いが、膨張していることが…」
「! ぼ、膨張…?それって、」
「呪いが膨張するということはつまり、残された帰還可能日数が更に無くなる可能性が高まると言う事。
つまり……もう、元の世界に帰ることすら出来なくなるかもしれないのだ」
突然の朗報に舞は呆然としていた。自分に植え付けられた呪いは知っていたが…まさかそんなことになっているとは思わなかった。
先週の日曜はまだ帰る事が出来た。だが、次帰れるのが最後かもしれないし、もしかしたら……そう、いつ来るのか分からないのだ。
だからこそ恐怖が大きい
「本当に、ごめんね舞君」そう呟く声は、いつもの彼らしくも無く弱弱しかった。
「…ミッキー…落ち込まないでよ、大丈夫よ、きっと」
「大丈夫じゃない!呪いが大きくなっているんだっ、一刻も早く取り除く方法を見つけなければ危険なんだぞ!?いつ来るかも分からないのに!」
必死な形相でマスターは普段出さない程の大声を張り上げた。
「ミッキーが慌ててどうするのよ…」
「だ、だって…原因は私にあるんだし…、舞君に嫌われるのは、凄く怖いんだ」
「え?嫌いに?…誰が?誰を」
「舞君が…私の事を、」
「絶対にありえん!!」
今度は舞が必死な形相で大声を張り上げた。その剣幕にマスターは今まで沈んでいた目を点にさせている。
「前々から言ってるけど、あたしは基本的に美少年少女は大切にしたい主義だし、青年と言えど美形なら寧ろあたしが宜しくされたいの。分かるミッキー?この腐女子の鉄則!」
「う、うん…?」
「まあ、幾らか話が脱線しそうだから無理矢理戻すけど…。
兎に角、あたしは大丈夫だから。もし帰れなくなった時には、その時にしか思いつかない方法策だってあるかもしれないでしょう?」
「それは、一理あるかもしれないけど…」
「だからその時に考えましょう。あたしはミッキーを恨んでるわけでもないし、気にしないで。」
「……君は、優しいんだね」
その時、漸くマスターがいつものように微笑んだ。元に戻った事に舞も安心して笑った。
すると「あ、」と何かに気付いて手を打つ。
「そう言えば、企画していた乱闘大会、来週だったわよね?打ち合わせの最終段階を済ませておきましょう!」
「ああ、そうだね。…ごめん、悪いけど先に管理室に行って待っててくれる?私はもう少し風に当たりたいから」
「そう?分かった、じゃあ先に行ってプログラムの確認とかしてるわ。それでいい?」
「ああ」
マスターの返答に頷くと、「じゃあお先に」と言って舞は階段を下りて行った。
彼女のブーツの音が小さくなり、完全に聞こえなくなるとマスターは振り返る。その先には、屋上から見渡せる手入れされた屋敷の庭と、神々しい黄昏時の空
「シスター…見てよ。私は、こんなにいい場所を作れたよ」
まるで誰かに話しかけるようにポツリポツリ言葉を紡いで行く。
「受け止めてくれたんだ、私の愚かな失態を、彼女は…。」
自分の作った世界の空を仰ぎ見て、自分の作った世界の空気を大きく吸い込んで
「恩を返すって言うのも可笑しいけど…私が彼女を守るしかない。…いや、絶対に守るんだ。
舞君は我々が命を掛けてでも守る。
…だから、また、助けてくれよクレイジー」
マスターの問いかけに階段の方から「ああ」と澄んだ声の返事が返ってきた。
その返答に口許を綻ばせると、天を仰ぐまま瞳を閉じた。
屋敷の中から聞こえてくる楽し気な笑い声に、マスターの頬に一筋の線が走る。
――舞君、ありがとう。――
大会開始まで、あと一週間……―――。
*****
――ガサッ!
漆黒の闇夜、生い茂る森林の中を疾風が駆け抜ける。否、疾風のように駆け抜ける少年がいた。
少年は何かに気付きタンッと地面を蹴って宙に飛び上がる。その次の瞬間、さっきまで少年の足があった地点を銃弾が通り抜けていった。
再び地面に足をつけると、今度は高く跳躍して木の枝を飛び交えて行った。
少年は、肩を上下させながら荒い呼吸を繰り返している。
「…っ!」
木の枝から飛び降り、月明かりの下に少年の顔が映し出される。
月明かりに照らされたのは銀色の髪と漆黒の帽子。
それは、マスターにある調査を頼まれて屋敷を抜け出たG&Wだった。
「(急がなきゃっ。奴等に捕まる前に…!)」
若干息を切らし、必死な表情で駆け抜ける彼は何時もの和やかなオーラなど微塵も感じられない。
彼に着いて行った部下の姿も見えない。
「(この事をマスターに知らせなきゃ、大変なことになっちゃう!今は、一刻も早くスマブラ屋敷へ……)」
草むらを飛び越えた瞬間、チュイン!と言う音と共にG&Wの頬に赤い線が走った。
触れずともそれが血だと分かると奥歯をギリッと噛んだ。
「(どうしよう、敵が数を増やしてる。このままじゃ僕も…っ)」
気配で敵の配置を探り、走る間際に石礫を掴み取る。
手の中でジャラッと鳴る小石を三つ右手に持つと、後方に向かってそれを投げ打つ。
暫くもしない内に小石が金属に当たる音と「ぐあっ!」と悲鳴が上がった。
「(今ので後方の狙撃隊が落ちた。今度は追撃隊の警戒だ!)」
頭の中で作戦を練りながら草むらに飛び込む。続くように後ろから草が揺れる音と、銃声の鳴る音が響いた。
頭上を通る弾丸を避ける衝撃で手が地面につき、不意に手元に巻かれたミサンガが目に入った。舞が巻いたものだ。
―お守り代わりだと思って!―
「(舞…)」
特別優しいと言うわけではない。ただ、自分が一番欲しかった『色』をくれた人。
暗闇では万が一目立つかもしれないので、長い袖の中に隠す。けど、まだ子供なG&Wにとって、この戦場ではミサンガは大きな支えだった。
「(帰って…舞に、もう一度お礼を――)」
ザッ!
「――っ!!?」
草むらから飛び出した瞬間、草陰に隠れていた敵の銃口がこちらに向けられた。瞳孔を開く彼の頬に汗が流れる。
狙撃範囲に入っている上、バランスが取れていないG&Wは抵抗できず、
――ダァァァン!!
*****
――そして、こちらは舞の元の世界にて…――
『何、渉もうそんなに進んだのかよ!?』
「うん、昨日から進めてさ。今ボス戦で…っ、あ、勝った!」
『うわ、早いなぁ。オレとかまだ序盤の方だぜ?やっぱ昨日買えば良かったぁ!』
肩と頬で電話を挟み、渉は器用に会話をしながらゲームをしている。
テレビには明るいBGMと金貨のようなものがジャラジャラと落ちてきている画面が映る。
そこで一旦手を止めた。
「でも結構これ進めやすいし、多分直ぐ追いつくだろ?お前、オイラと違って部活してないからさ」
『嫌味に聞こえんだけどなぁそれっ!…あ、わり。母ちゃんが飯呼んでるから、また明日な!
明日何処まで進んだか教えろよ!』
「分かった分かった、おやすみ」
会話が終わると受話器の向こうがプッと音を立てて消える。ツーツーと寂しい音だけが残り、渉も電源ボタンを押した。
テーブルに子機を置き、一度テレビ画面を見る。
「…オイラも飯作ろうっと。」
大きく伸びをしながらそのまま台所へ向かって行く。
点けっ放しにされたテレビ画面では、フィールド画面のままで止められている。
ゲーム機本体の近くに置かれたゲームパッケージのタイトルには、
『スマッシュブラザーズX』と書かれていた。
―――これが、これから起こる騒乱の合図になるとは、まだ誰も知らない。
Original story END.