瞬いた星屑を掬って



『ゲームアンドマッチ越前リョーマ!6-4!』


一気に上がる歓声に、少しずつ肩の力が抜けていくのを感じた。それと同時に、真夏の太陽がジリジリと肌に照りつけていることを思い出す。
あぁ、私たちは負けたのか。そのことに気づくまで、そう時間はかからなかった。


幸村と越前君が握手を交わすのを見つめる。ふと、抱えていた黄色のジャージが目に入り、慌ててそれを軽く叩いた。コートに降りて行ったレギュラー陣に続いていけば、赤也の啜り泣く声が聞こえて、いつもの感覚が戻ってくるのを感じる。


『幸村』


はい、といって彼のジャージを手渡す。その時になってやっと幸村の顔を見上げれば、達成感と少しの悲壮感が見て取れた。ありがとう、そう言って受け取ろうとする幸村の姿に、奥歯に力が入りそうになる。


『…幸村、お疲れ様。ナイスプレーだった』
『!、ありがとう』


よかった。少しそう思った。
あの辛くて暗かった日々を思うとそう感じることは不思議ではなかった。ジャージを羽織った幸村に続いて最後の挨拶に向かうみんなの背を見送る。彼らのどこか晴れやかな顔をみたら、また肩の力が抜けた。


かくして、嫌気がさすほどの暑さの中、私たちの夏は幕を閉じた。
 


 
      






「そう、それでね。負けちゃったけど相手の子…越前君っていう1年生ルーキーなんだけどその子には感謝してるの」


パチン、パチンと静かな空間に響くのは私の声と囲碁を弾く音。


「私らのところの部長と越前君ってテニスへの気持ちは同じくらいあるのに全くベクトルが違ってね。今回の試合で色々と気づけたみたいで、なんだか闘志が更に増したみたい。心配して損した」


あはは、と思い出し笑いをすれば「そうか。…恵那、そこは禁じ手だ」という言葉とともに手を止められた。
話に夢中になっていたのか、上の空だったのか。もう勝負がついていると言っても過言ではない盤面に、あーまたやっちゃったと謝る。


「いや気にするな。…少しは気分転換になったか」
「うん、ごめんね」
「謝ることはない。
お前も、仲間も、出来ること全てをかけた結果だ。話を聞く限り次の鍛錬に繋げられている」

だから、泣くな。

そう言って頭を撫でてくれるのは、凪いだ月のような私の幼馴染。話しているうちにぽろぽろと音もなく流れ落ちた涙を隠すように俯いた。
ただただ悔しくて。あのとき流せなかった涙が、決壊してしまったかのように溢れた。

誰もが衝動的な悔しさを押し殺していたのはわかっていた。幸村のあの笑顔がそうさせたんだろうということも。だから彼らがいる前では皆涙は流さないのだと思った。前を向いて、悔しさをバネにしていくために。それが王者と呼ばれた立海の強さだった。

しばらく俯いていれば、無言で前から緩く抱きしめられる。親指で下唇にすっと触れてくるのは、私が泣くときの癖を熟知しているからだ。
少しずつ肩の震えも落ち着いて、深呼吸をひとつすれば流れ落ちた2粒を最後に涙は止まった。


「落ち着いたか」
「…うん、ありがと月光つきちゃん」
「この程度、造作もない。ただ、最近はあまり無かったからな…心配した」
「ごめん。私も久しぶりに自力で止められそうにないやつ来ちゃった」


月光ちゃんが帰ってきてるタイミングでよかった、とありがとうの意味も込めて言えば、あまり無理はするな、ともう一度頭を撫でられた。やっぱり甘えすぎかなぁ。そう思うのはいつものことだった。






全国大会終了3日後の出来事




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le fer Clair de lune