月は偲ぶ



 1週間ほど帰省したのは、合宿所関係の理由もあったが、9割が自身の幼馴染みであり彼女でもある恵那のことが気になっていたからであった。

 今年の夏は全国3連覇がかかっていると、そのために部長や部員が必死でやっていると、話していた。恵那はどちらかといえば頻度よく話す方ではないが、自身の口数が少ないため会話は必然的に彼女主体のことが多くなる。そして、彼女は物事を常に客観的に見るため、今日のように感情的になることはあまりない。
ここ最近も泣くことやそれを我慢することはなかった。


 だから、だろうか。

 話の途中から音もなく流れ出した涙をみて、少し胸が締め付けられたように感じたのは。
撫でていた手を腰に回し抱きしめれば、軽く身体を預けてくる。まだ涙は止まりそうにないが、泣くと下唇を噛む癖があるため、そっと唇に指を当てて力を逃してやった。


 しばらくして涙が止まると申し訳なさそうにへらりと笑った。タイミングがよかった、と恵那は言うが画面越しで泣いている姿を見たくないというのが帰省をした一番の理由だった。


「あまり無理はするな」
「どっちかっていうとそれを見守る方だけどね」
「…力を入れすぎて自分を鑑みないのはお前の悪い癖だ」
「うーん。わかってはいる、んだけど」


 彼女のこれはきっと無意識なのだということは、長年の中で気付いていた。サポートに徹するために様々なことをする彼女は、努力しすぎる。本人は気付かない間に無理が蓄積されている、なんてことは昔からよくあった。
だからこういう時は必ず傍にいると、いつからか自分の中で決意のようなものが生まれていた。


「責めているわけじゃない。…ただ、眼の届かないところで無理をしてくれるな」
「!…ありがとう」


 一瞬目を見開くと、ぐりぐりと胸に顔を埋めてしまった。少し顔が赤い気がするが、涙はやはり止まっているようで一安心する。結局のところ彼女の笑顔が見たいという一点に集約されるのだろう。


「ところで月光ちゃん」
「なんだ」
「今年はどんな感じ?」
「そうだな…一軍選抜がもうすぐ始まるが、さして問題はないだろう」
「それじゃあ遠征もあるか…そしたら行く前に一回ラケット見に行くね」
「あぁ。頼む」
「りょーかい!」


 そう言っていつもの調子を取り戻した恵那は、ゆっくりと立ち上がる。長いこと座っていたせいか、伸びを繰り返していた。


「来週には出ちゃうんだよね」
「そうだな」
「私も夏休みとはいえ、留学前の準備もあるし…遠出は無理かな」
「恵那がいるのならそれでいい」
「っ、だから、もうその無意識やめて」
「…思ったことを言っているだけだが」


 囲碁を片付けながらの会話はいつもと変わらない。この少しずつコロコロと変わる彼女の表情はいつみても飽きないな、と常々思う。


「ちょ、いま笑ったでしょ!」
「なんのことだ」
「はぐらかして。月光ちゃんの表情なんてすぐわかるんだから」


 もう!と顔を覗いてくる彼女は、そのことが自然ではないということに気付いていない。それをどれだけ嬉しく思っているかということも。


「あ、そういえば……はいこれ」
「? あぁ、今年ももうそんな時期か」
「全国大会のことで頭いっぱいで忘れてて…私も昨日配られて気が付いた」


 渡されたのは「海原祭」と書かれた一枚のチケットだった。毎年この時期に開催される立海大付属中の文化祭。…今年は行けるだろうか。


「予定空きそうだったらでいいよ、今回は私も色々頼まれてるからあんまり抜けられないし」
「…いつもすまないな」
「いいのいいの!それに人が多いところより、静かな方が私たちには性に合ってるでしょ」
「いや、なるべく空けられるよう努力する」


 毎年この時期は合宿内での選抜等で忙しいため、まだ一度も行けていなかった。恵那はなんだかんだ文化祭を楽しんでいる様子だった。去年は海原PHOTOコンテストに出した作品がグランプリを獲得したと喜びながら話してくれたな。

 話は尽きることを知らず、海原祭のことから合宿所のことなど多岐に渡っていた。いつも会えるというわけではないため、こういう時間は大切にしていきたいと思う。今日は恵那にとって全国大会への想いがしっかり昇華していけばいい、そう思いながら彼女の笑顔を眺めていた。





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