「あ、優一郎様。こんにちは」
「おう、元気にしてたか?」
「はい!」
1ヶ月程経ち、退院したシノンは自室で過ごしていた。
しかし、まだ記憶は戻っていない。
「優一郎様、ここ数日程お姿をお見かけしなかったのですが…。何処か行っておられていたのですか?」
「あ、ああ…。まぁ、そんなとこかな……」
本当は《ヨハネの四騎士》を駆逐していたのだが、シノアに世界崩壊以前の記憶しかない彼女にそれを教える事を止められている。
なので、言葉を濁すしかない。
「皆様、やはりお忙しいのですか……?」
「いや。出来る限り時間を作るって言ってたぞ」
そう伝えると不安そうな表情から柔らかな笑みに変わる。
「良かったです…!」
「……」
記憶を失う以前よりも彼女は笑顔を見せる事が多くなった。
その頃から優一郎はずっと葛藤している。
このまま記憶を取り戻さないままの方が良いのだろうか。
それとも…また以前のように共に戦い、共に笑い合う方が良いのだろうか。
今の状態からして前者の方が1番彼女の為になるのは分かっている。だが……
「(前みたいに、"優様"って呼んでほしいってのが本音なんだよな……)」
今のシノンの笑顔はまるで距離を遠く感じられる。
側にいるはずなのに、日に日に寂しい気持ちが募っていくばかりだ。
「アイツなら、どうするのかな…」
ふと、ミカエラの姿を思い浮かべる。
自分よりも彼女と先に会った彼ならどうやって彼女の記憶を取り戻すのだろうか…と考えていると、
「…優一郎様」
「ん、何だ?」
「お願いが、あるのですが……」
「お願い?」
「はい…。外に、行ってみたいです……」
「…!」
確かに、彼女は退院してから一度も自室から出た事が無い。
しかし、それで現状を知ってしまったら……。
数分程悩んだ末、
「…どうしても行きたいのか?」
「はいっ」
「……。よしっ、分かった」
「! ありがとうございますっ…!」
記憶を取り戻す何かが見つかるかもしれないという淡い希望を胸に、一緒に彼女の自室を出た。
「………」
シノン現状に驚いているのか、キョロキョロと周りを見渡している。
「大丈夫か?」
「あっ、すみません…。何だか、街の雰囲気が随分と変わっているように思えて……。何か、起こったのですか?」
「っ……」
どのように伝えればいいのか迷い、また言葉を濁らせる。
そんな彼の様子を察したのか、
「…ごめんなさい。質問ばかりしてしまって……」
「いや、俺の方こそ説明が下手くそでごめんな…?」
彼女の頭をそっと撫でると、嬉しそうな顔をしている。
「優一郎様、もう一回…お願いします」
「え? 良いのか?」
「良い」と言うように何回も頷く。
以前の彼女では考えられない事だ。
「何回でもやってやるけど?」
そう言ったと同時にシノンは更に近寄り、「お願いします!」と言わんばかりに頭を向ける。
「(何か変な感じするなぁ…)」
少々動揺したが、言い出してしまったからな…と遠慮なく撫で続ける。
「えへへ、ありがとうございます……」
幸せな気持ちに満たされながら目を閉じた。その時、
「っ…」
突然、頭部に痛みを感じた。
「な、に……?」
何が起きたのか、と首を傾げると…ふと、何かの映像が浮かんだ。
つい最近でも似たような事があって、その時もとても幸せな気持ちで満ちていて…胸が小さく疼いた。
誰が同じような事をしていたのか、ゆっくりと記憶を辿る。
「(こんな風に、頭を撫でてくれて…。心配、してくれた人……)…!」
徐々に手繰り寄せ、ようやく答えに辿り着けた。
「シノン? 具合悪いのか…っ!」
俯いたまま何も言わぬシノンが気になり、声をかけようとしたら…彼女の腕が背中に回ってきた。
「どっ、どうしたんだ!?」
「……優、様っ…」
「! お前、記憶が……」
ようやく顔を見れた時、彼女の垂れ目がちな瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「わた、し…。優様達の事、忘れていたっ……。ごめ、なさいっ…!」
「…んな事気にすんなよ。思い出してくれただけで充分だから」
「優様っ…」
優一郎は親指で彼女の涙を拭い、確かめるように抱き返す。
シノンも回している腕の力を少し強める。
「優様」
「ん……?」
「ただいま、ですっ…!」
以前と同じ笑顔が見れた優一郎は嬉しさから目を細めた後、自分の額と彼女の額を重ね合わせた……。
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