03. Day.1

オクタヴィネル寮の方々と一緒にハロウィーンの準備に明け暮れ、あっという間に1ヶ月が過ぎた。
いよいよ、今日からハロウィーンウィークの始まりである。
部屋の飾り付けを終えて満足そうにしているグリムを微笑ましい気持ちで眺めていると、オンボロ寮のゴースト達が談話室に現れた。


「おはよう、2人とも。今日からいよいよ『ハロウィーンウィーク』だねぇ〜」

「おう!オレ様は今から子分と一緒に学園の様子を見てくるんだゾ。早速しゅっぱーつ……」

「ちょっと待ちなぁ!」


意気揚々と学園に繰り出そうとしたグリムを、ゴースト達が死に物狂いで止めに入った。
あまりの迫力に、グリムはおろか、私までもが腰を抜かしてしまう。
すると、ゴーストらは突然ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべて私達に近づいてきた。


「な、なんなんだゾ?オマエらみんなでニヤニヤしやがって」

「実はねえ……お前さんたちにプレゼントがあるんだよぉ」


そして、彼らが1人と1匹に向かって魔法をかけると。


「わあぁ……!」

「お……おお……おおおーーー!」


私達は思わず歓声を上げた。
なぜなら、私とグリムそれぞれに、魔法使い風の仮装がなされていたからだ。
どうやら、エースとデュースが、オンボロ寮だけハロウィーンの仮装が無いことを気にしてくれていたようで、ゴースト達にその相談を持ち掛けたようだった。
それを受けて、ゴースト達は、カーテンの端きれなどを使って、この素敵な衣装を作ってくれたのだと言う。


「ゴーストのみんな〜〜っ……ありがとう!」


思わず両腕を広げてゴーストに飛びつく。
彼らに直接触れることはできなかったが、私のこのどうしようもなく嬉しい感情は彼らに充分に伝わったようなのでよしとしよう。
私とグリムはゴースト達に別れを告げると、満面の笑みを浮かべて学園へ出発したのだった。





自分達が準備に携わったオクタヴィネル寮以外のスタンプラリー会場にお邪魔し、学園中をぐるぐる回ってメインストリートに辿り着くと、そこでちょうどバスケ部の3人―ジャミル先輩、フロイド先輩、エースと遭遇した。
グリムはエースを目にするや否や彼の元に走り寄り、ニコニコしながらエースに擦り寄っている。


「エース、ありがとね」


私もグリムに続いてお礼を言うと、彼は頭を掻きながら口を開いた。


「別にお前らのためじゃないしー?みんなで楽しむのがハロウィーンの基本なのにしょぼくれたヤツが混じってたらつまんねーじゃん。だから礼なら衣装を作ったゴーストに言っとけよな」


もう、素直じゃないなあ。

エースのその態度に、私は肩を竦めてしまう。


「お前たち、もしかして『ハロウィーンウィーク』を見て来たのか?」


すると、今度は横にいたジャミル先輩に話し掛けられたので、私は「はい」とそれに答えた。
彼らはと言うと、バスケ部の帰りで、今日は部活を早めに切り上げたのだと言う。


「ねぇ、小エビちゃんはどの寮のハロウィーンが一番いいと思った?……当然オクタヴィネルだよな?怖くて、不気味で、一番ハロウィーンっぽかっただろ?」

「ひぇ……いきなり圧かけるのやめてくださいフロイド先輩」

「そうだぞ、フロイド。それじゃ脅しだ。……スカラビアのほうがテーマが崇高でよかったよな」

「いや、あの、ジャミル先輩目が笑ってな―」

「おいおい、先輩たちの圧力に屈するなよ⁉ウチのハーツラビュルのほうが、会場と衣装がバシッとハマっててよかったよな!」

「あ、あはは……エース、ちょっとステイ、ステ―」

「「「なあ⁉」」」

「ヒッ!」


やだ何この人達怖い。


私が泣く泣く選べないと答えると、3人ともあからさまにガッカリした表情を見せた。
フロイド先輩なんて舌打ちをしていた。怖い。
私のような善人よりの日本人には理解しがたいけど、きっとこの学園の生徒達にとっては、ヴィランズが主役になれるハロウィーンというものは、1年で最も大切な行事なのだろう。
実際この3人も、『自分の寮が一番すごかったと言われたい』と思っているみたいだし。
そんなこんなで話をしていると、足元からドンッと何かがぶつかるような音が聞こえてきた。
どうやら、小さな女の子のお客さんが、フロイド先輩にぶつかってしまったようだ。
女の子はガタガタと肩を震わせて怯えている。
そりゃ、191cmのフロイド先輩(※加えてオーラが怖い)に見下ろされたら、小さな子供が怖がってしまうのは当然だろう。


「あの、フロイド先輩。この子、怯えちゃってます」

「えーマジで?ごめんごめん、しゃがめばいい?」


そうしてしゃがんだフロイド先輩が女の子に話を聞くと、どうやら彼女はスタンプラリーの台紙の提出場所を探しているようだった。


「あ、それオレ知ってるわ。おいでよ。案内してあげる」

「私も行きます。手を繋いで行ってあげた方が安心だと思いますし」

「ありがと〜小エビちゃん。助かる」


結局、私とフロイド先輩だけではなく、ジャミル先輩とエース、グリムまでもが連れ立って女の子のお供をすることになった。
皆、スタンプラリーを終えたお客さんの反応が気になるのだろう。
目的地である台紙の提出場所―正門前に辿り着くと、そこにはちょうど当番の時間だったジェイド先輩がいた。


「素晴らしい!確かに、全てのスタンプが押されています」

―それでは、合言葉を言っていただけますか?

ジェイド先輩のその質問に、女の子は「はい!」と元気よく返事をする。
そして―


「……トリック・オア・トリート!」


ハロウィーンではお馴染みの魔法の一言を、ジェイド先輩に投げかけた。


「はい、確かに」


ニッコリと人の良さそうな笑顔(※余所行き用とも言う)を浮かべた先輩は、女の子にプレゼントのお菓子を手渡した。
彼女は私達にお礼を告げると、大事そうに両手にお菓子を抱えて元来た道を帰って行く。
そしてこの流れで、バスケ部の皆とジェイド先輩と一緒にお昼を食べる流れになった。
大人数でご飯を食べることなんて滅多にないので、ウキウキ気分で先輩方の背中について行くと、私よりも後ろにいたジェイド先輩に「レンさん」と声を掛けられる。


「その仮装、とてもお似合いですね。ご自分でお作りになったんですか?」

「いえ、これはオンボロ寮のゴースト達が、私とグリムに内緒で作ってくれたんです。エースとデュースが、私達に内緒でゴースト達に仮装のことを相談してくれていたみたいで」

「なるほど……レンさんとグリムさんは、良いお友達を持ちましたね」

「えへへ、ありがとうございます」

「すみません、ずっと手伝っていただいていたのに、おふたりの衣装のことに気が付くことができなくて」

「でも結果的に、オクタヴィネルの予算に、私達の衣装を入れる余裕なんてなかったじゃないですか。だからこれで良かったんですよ」

「それは……確かにそうなのですが」


どうやら、ジェイド先輩は納得しきれていない様子だ。
オクタヴィネル寮は、自分達に与えられた予算を1マドルたりとも余すことなく全て使い切っていた。
私達も衣装を着るつもりはなかったんだから、ジェイド先輩は何も悪くない。
申し訳なさそうにこちらを見つめる先輩に別の話題を提供すべく、私は慌てて口を開いた。


「そうだ、ジェイド先輩。今日の夜、先輩ってモストロ・ラウンジのホール担当でしたよね?」

「ええ……そうですが」

「私、今夜グリムと一緒にお客さんとしてお邪魔しても良いですか?ほら、準備をお手伝いさせていただいた立場からすると、やっぱり初日のお客さんの反応って気になるじゃないですか」

「構いませんよ。僕も貴方をお誘いしようと思っていたところだったので」


ジェイド先輩はいつも通りの柔和な微笑みを浮かべてそう答える。
私はホッと内心で胸を撫で下ろすと、「楽しみにしてますね」と告げて笑みを返した。





この後モストロ・ラウンジでも何か軽食を食べるつもりだったので、お昼は軽めにすることにした。
皆でランチを囲み、話している内に、あっという間に時間は過ぎていく。


「おや、もうこんな時間ですか」


そろそろモストロ・ラウンジに向かわなければ、というジェイド先輩の一言をきっかけに、その場で解散をすることになった。
一旦寮に帰るというグリムに別れを告げ、私は双子の先輩と共にオクタヴィネル寮を目指す。


「小エビちゃんは、ジェイドと一緒にラウンジの準備してくれたんだよね?」

「はい。大変だったけど、すごく貴重な体験をさせてもらいました」

「ふーん……実はオレもまだラウンジのハロウィーンのこと、あんまりよく分かってないんだよね。だからどんな風になってんのかすげぇ楽しみ〜」

「……フロイド。僕は昨日、モストロ・ラウンジのハロウィーンキャンペーンの資料を貴方にお渡ししたはずですが?」

「だって昨日は読む気分じゃなかったんだもん」


なるほど、フロイド先輩らしい。
ジェイド先輩は、「それは困りましたね」なんて隣でぼやいているけど、口許は笑っているから実際は大して困っていないのだろう。
寮の中に着き、着替えを済ませて来るという2人と別れて、私は真っ直ぐにモストロ・ラウンジへと足を進めた。
中に入るともう他の寮生は集まっていて、慌ただしく開店準備を始めている。

いよいよか。

私はぐるりと辺りを見回し、深く息を吸い込んだ。
自分が店のキャンペーンに携わっているのだと思うと、なんだかすごくドキドキする。
ラウンジをオープンした時のアズール先輩も、今の私のような気持ちだったのかな。


「レンさん」


声の主の方を振り返ると、今正に頭の中に思い描いていた人物―アズール・アーシェングロット先輩が、コツコツと靴音を鳴らしてこちらに近づいてきた。
今日はオーナーであるアズール先輩も、式典服を着て店に立つ予定のようだ。


「アズール先輩、お疲れ様です。……もうすぐオープンですね」

「ええ。……緊張されていますか?」

「まあ、少しは。でも、緊張よりもワクワクの方がまさってるかも」

「それは何より。今日は思う存分楽しんでくださいね」

「はい、ありがとうございます」


私がお礼を告げると、アズール先輩は優雅に微笑んでその場を去って行った。
式典服に着替えたジェイド先輩とフロイド先輩も合流し、オープン前の全体ミーティングが行われる。


「皆さん、スタンプラリー会場の設営とラウンジの準備の両立、本当にお疲れ様でした。ですが、本当の勝負はここからです。ご来店されたお客様にご満足していただけるよう、精一杯頑張りましょう。よろしくお願いします」


オーナーの一言と共に掛け声がかかり、全員がそれぞれの配置につく。


「それでは―モストロ・ラウンジ、オープンです」


アズール先輩の一言で扉が開き、モストロ・ラウンジの一夜目が幕を開けた。





ラウンジの端の、最も店内の様子を眺めやすいソファ席にこっそりと予約を入れてもらい、合流したグリムと一緒にハロウィーン限定の料理を食べながら、店の様子を観察する。
どうやら開店前からラウンジの前にはお客さんの待機列ができていたようで、店はあっという間に満席になってしまった。
モストロ・ラウンジは元々写真映えする造りにはなっているが、ハロウィーンの飾り付けをしたことで、より一層マジカメ映えするような世界観に仕上がっている。
テーマは『マジカル・ハロウィーン〜under the sea〜』と言ったところだろうか。
ジェイド先輩に聞いた話によると、彼らの故郷―海のハロウィーンは、陸のハロウィーンと違って、冗談抜きで恐ろしいイベントなのだそうだ。
でも、それをこの店に反映してしまえば、一部のホラー好きな人間にしか興味を持ってもらえなくなるだろう。
そういうわけで、今回は万人受けを狙い、ちょっと不気味で可愛らしいハロウィーンを目指すことにした。
飾り付けやメニューの見栄えに関しては、同じハロウィーン運営委員会のケイト先輩にも協力をしてもらい、中々満足のいくキャンペーン内容になったと思っている。
私は料理はてんでダメなので、試作にはほとんど携わらなかったが、食器選びや小物選びには協力をさせてもらったし、ジェイド先輩と一緒に商品の取引に同行したり、広報のお手伝いをさせてもらったりと、普通の学生では中々できないような経験もさせてもらうことができた。
だからこそ、今日を迎えるのがとても楽しみでもあり―同時にお客さんの反応がどんなものなのか少し不安でもあった。


「レンさん」


オープンから約1時間後。
忙しい合間を縫って、ジェイド先輩が私に声を掛けてきてくれた。


「いかがですか?ご自分で立ち上げたキャンペーンが、こうして形になった気分は」

「……嬉しいです。たくさん考えて、動いて、頑張って来た1ヶ月だったので、こうやってお客さんが喜んでくださっている姿を直に見ると、なんだか感慨深いです」

「ふふふ、そうですか。貴方は案外、こういった仕事に向いているのかもしれませんね」

「そうでしょうか……でも確かに、大変だったけどすごく濃いなと感じる1ヶ月でした」

「それは何よりです。僕も貴方とこういった仕事をするのは新鮮でしたし、とても面白かったですよ」


私達が2人で盛り上がっていると、「なあなあ、」とグリムが先輩の式典服の袖を引っ張る。


「このかぼちゃプリン、すっげーウマいんだゾ!口の中で蕩けるプリンの自然な甘さとカラメルソースの苦みが絶妙にマッチしててたまらねーんだ!」

「ありがとうございます、グリムくん。それは僕が監修したものなので、そう言っていただけて嬉しいです」

「にゃはは!ウマいお菓子が腹いっぱい食えるなんて、ハロウィーン、最高!なんだゾ〜!」


グリムはご機嫌な様子でゴロゴロと喉を鳴らしている。


「ところで、レンさん」


ジェイド先輩は私達の席を離れる直前、私の耳元に顔を寄せた。


「この後、ラウンジが閉店したら、少し時間をいただけませんか?お手伝いをお願いしたいのですが」

「?」


何だろう、ハロウィーンのことかな。
今日は初日だったし、ジェイド先輩も何か気が付いたことがあったのかもしれない。
私はそう思い、軽い気持ちでコクリと頷いた。

……だが、私は数時間後にそれを後悔することになる。


「さぁ―ハロウィーンウィークのガイドブックを作りますよ!」

「……何て???」


閉店後、アズール先輩が声高らかに告げた一言に、私は思わず固まってしまう。
まさか『お手伝い』が、『本の編集作業』だとは微塵も思わなかった。
チラリと時計に目をやると、時刻はとっくに23時を回っている。
アズール先輩曰く、ハロウィーンウィークの見どころを詰め込んだガイドブックを作り、それを売って儲けようという魂胆らしい。
流石ガメつ……否、商売根性逞しいアズール先輩である。
そして、にっこり笑顔のアズール先輩に散々赤ペンでダメ出しを食らい、深夜料金のバイト代に釣られたラギー先輩と一緒に終わりの見えない編集作業に愚痴を零し、印刷の過程でウトウトしそうになるとフロイド先輩に絞められ、ようやく撤収作業を終えたのが深夜3時。
「今日は本当にお疲れ様でした」とニコニコ笑顔で私を寮まで送り届けてくれたジェイド先輩をジト目で睨みつけると、私は無言で寮の扉を閉め、ものの5分で床に就いたのだった。

(……オクタヴィネルの、鬼!)

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