02.Before the Halloween week

結局、私とグリムはオクタヴィネル寮の準備を手伝うことに決めた。
オクタヴィネル寮はアルバイト先としてお世話になっているし、モストロ・ラウンジのハロウィーン限定メニューの無料サービスの件についてグリムに話をしたところ、彼は目の色を変えて喜び、「うまいモン食いたいんだゾ!」と駄々を捏ねたからだ。
私としても、自分のバイト先の期間限定メニューはやっぱり少し気になるし、ラウンジとハロウィーンの準備を両立するオクタヴィネル寮はきっと他の寮の比べ物にならないくらい忙しいんだろうなと思っていたから、手伝いをするのならオクタヴィネルが1番良いと思っていたところだ。
ジェイド先輩にこちらのお手伝いさせていただきたいと報告をしたところ、彼は「貴方ならきっとそう答えてくださると思っていました」と言ってニコニコと貼り付けたような笑みを浮かべていた。
ジェイド先輩は何だかんだで物騒だし、普段ならあまりお近づきになりたくはない人物なのだけれど、秘書属性としても優秀である彼は、こういう時誰よりも頼りになる存在なのだということを、私は嫌でも知っている。
ジェイド先輩の一言で、まず私とグリムはオクタヴィネルの寮長であるアズール先輩に挨拶をしに行くことになった。
魔法薬学室に向かうと、オクタヴィネル寮の運動着や寮服を着た生徒達が慌ただしく作業を行っている。
その中心でくるくると動き回り、全体に指示を出していたのは、意外なことにフロイド先輩だった。


「あ、小エビちゃんとアザラシちゃん来た。これからよろしくね〜」

「よろしくお願いします、フロイド先輩」

「アズールならついさっきモストロ・ラウンジの方に行っちゃったよ〜。挨拶したいんでしょ?」

「さすがフロイド。話が早くて助かります」


ジェイド先輩はフロイド先輩に一礼すると、踵を返してモストロ・ラウンジへと向かう。
私とグリムも慌ててその背中を追った。


「あ、そーだ。ねえジェイド、アズールんとこ行って来たらなるべく早くアザラシちゃんこっちの作業に寄越してよ。小エビちゃんはそのままジェイドの方に回してくれて良いからさ」

「ふなっ!?オレ様レンと離れるのイヤなんだゾ!」

「おやおや……困りましたね。グリムさんの今日の分のお礼のツナ缶は、既にフロイドに渡してしまっているのですが」

「……そ、そこまで頼まれたら仕方ねェから、こっちの作業を手伝ってやるんだゾ」


グリムは得意げに鼻を擦っているが、ジェイド先輩の掌の上で転がされていることに気がついていないんだろうか。
私は一瞬だけ憐みの視線を相棒のモンスターに送りつけてから、再びジェイド先輩の後を追いかけた。





「アズール、グリムさんとレンさんがいらっしゃいましたよ」


モストロ・ラウンジのVIPルームのドアをノックしたジェイド先輩は、中で作業をしているアズール先輩にそう声をかける。
その言葉を聞いたアズール先輩は、デスクから立ち上がってにこりと笑みを浮かべると、私達にソファに腰掛けるようにと声をかけた。


「早速ですが仕事の話を。まず、僕達オクタヴィネル寮は、他の寮と同じくスタンプラリー会場の設営や衣装の準備を行わなければなりません。こちらは既に魔法薬学室を押さえてあり、着々と準備を進めているところです。更に僕達は、寮内にあるモストロ・ラウンジでもハロウィーンにちなんだキャンペーンを行うことを考えています。折角学外からもたくさんお客様がいらっしゃるので、この機会に稼がない手はありませんからね。……ここまでは大丈夫ですか?」

「はい」

「そういう訳なので、僕達オクタヴィネル寮は、他の寮と比べて準備に手間がかかります。そこで、少しでも作業効率を上げるために、2つのチームに分かれて準備を進めることにしました。1つはスタンプラリーの会場の準備をするチーム、もう1つがモストロ・ラウンジの日々の運営を行いつつ、ハロウィーンの準備をするチームです。スタンプラリー会場の方はフロイドが、モストロ・ラウンジはジェイドがそれぞれ監督し、寮生やあなた方に指示を出して動いていく形になります。そして僕は、全体の状況を見つつ、ジェイドとフロイドに指示を出していきます。まあ、言ってしまえば、総監督のようなものですね。……ご理解いただけましたか?」

「……ちょっと待ってください。さっきフロイド先輩が、グリムは魔法薬学室に戻って来るように言っていました。私はジェイド先輩のお手伝いをするって聞いたんですけど……もしかして、私はモストロ・ラウンジの担当なんですか?」

「その通りです。何か問題でも?」

「大アリです!私の料理の腕の悪さを知ってますよね!?」

「ああ、その点についてはご安心を」


ここで初めてジェイド先輩が口を挟んで来た。


「今回貴方にやっていただきたいことは、料理を作ることでも試食を作ることでもありません。モストロ・ラウンジのハロウィーンのコンセプトやキャンペーン内容、期間限定のメニューについて、僕と一緒に考えていただきたいのです」


監督生さんはこちらでアルバイトもしていますし、大丈夫ですよね?と言った先輩は、有無を言わせぬ笑みを浮かべている。
そういうことなら確かにグリムよりは私の方が向いているのかもしれないけど、一介のアルバイトがそんな経営者みたいなことに首を突っ込んでも良いモノなのか。
まあ、その経営者たちがGoサインを出しているのだから、問題はないということなのだろうけど。
私が渋々頷くと、「ご理解いただけて良かったです」と言ってジェイド先輩は軽く一礼をしてみせた。


「……と、いうわけで。よろしくお願いしますね、ふたりとも」


話は以上です、と言って、アズール先輩はソファの向かい側から立ち上がる。
私とグリムも慌てて立ち上がって軽く会釈をし、ジェイド先輩に導かれてVIPルームから退出した。


「監督生さん、少し厨房の方で待っていてくださいますか?僕はグリムさんを魔法薬学室に送って参りますので」

「は、はい」


私が頷くと、ジェイド先輩はグリムに声をかけ、こちらに背中を向けて歩き出す。
言われた通り厨房に行くと、皆いつもよりも慌ただしい様子で仕事をこなしていた。
きっとハロウィーンの準備に人を回している分、ラウンジに出られる人数が少ないということなのだろう。
何だか申し訳ない気持ちになり、隅の方で縮こまりながら先輩を待つ。
数分後、厨房にやってきたジェイド先輩は、私の姿を見ると少し目を見開いて何事かと尋ねてきた。
私が端でひっそりしていた理由を述べると、先輩は少し思案顔になる。


「確かに僕達がここで作業をしていたら、ラウンジのスタッフの邪魔になりますね。かといって、寮の中のロビーでも打ち合わせはできません。お客様が通り抜けるスペースですから」

「えっと……それじゃあ、どこでやりましょうか?」

「そうですね……差し支えなければ、僕の部屋はいかがでしょうか?」

「え」


その言葉に思わず身体が硬直してしまう。
確かに先輩の部屋なら2人で話ができるかもしれないけど、私、あなたと性別違うんですよ!?


「……ああ、安心してください。何も貴方を襲ったりなんかしませんから」

「おそッ……!?あ、当たり前です!」

「おやおや、てっきり期待をされているのかと」


してません!と言い返したかったが、噛みついても飄々と答えを返されて逆にこちらがダメージを負うだけだ。
代わりにジトリとジェイド先輩を睨みつけ、「……別に図書室とか空き教室でも良いじゃないですか」と不満を零す。


「お忘れですか?僕はモストロ・ラウンジの通常業務の監督責任者でもあるんですよ?時々ラウンジの様子も見に行きたいですし、何かあった時のためにすぐに対処できるようにしたいので、寮内ならともかく、それ以上離れたところへは行けません。それに、あなたも定期的にラウンジが営業している時の様子を見て、ハロウィーンのイメージを膨らませた方が良いのではありませんか?」

「う……その通り、です」

「決まりですね。僕の部屋までご案内します」


あーあ、今日もまた、この人の口車に乗せられた気がする。
小さく溜息を零し、先輩の後に続く。
案内された部屋にはベッドや衣装棚、デスクなどがそれぞれ2つずつ備わっていて、それを不思議に思っていると、この部屋はフロイド先輩と一緒に使っているのだとジェイド先輩が教えてくれた。
恐らく……というか確実に、きれいに整頓されている方がジェイド先輩の使っている方なのだろう。
私が落ち着かない様子で掌を開いたり閉じたりしていると、「どうぞこちらへおかけになってください」と先輩がフロイド先輩のところから椅子を持って来てくれた。


「お、お邪魔します……」


デスクに腰掛ける先輩に声をかけ、ゆっくりと彼の隣に腰掛ける。
すると先輩が一瞬だけ目を見開いてからクスクスと笑い始めたので、私はジトリとした瞳で「……あの、何がおかしいんですか」と尋ねてみた。


「ああ、すみません。そこで『お邪魔します』と言うなんて変わったお方だな、と思いまして。だって、もうとっくに部屋に入ってきているじゃありませんか」

「べ、別にちょっと間違えただけです。そんなに笑うようなことじゃありません」

「ふふっ、確かにそうですね。すみません」


先輩は肩を竦めてニヤニヤと笑っている。
この様子だと、申し訳ないだなんて全く思っていないんだろうな。
私は再び先輩を睨みつけてから、「それで、仕事の話ですけど」と話を切り出した。


「モストロ・ラウンジのハロウィーンのコンセプトを考えるにあたって、大きく3つのパターンに分かれると思うんです。1つめは、オクタヴィネル寮の仮装のコンセプトに合わせて、マミーやマッドサイエンティストを全面的にイメージした営業を展開すること。2つめは、全く異なった、新しいコンセプトで営業を展開する、というもの。最後は、特に細かなコンセプトは定めずに、一般的にハロウィーンから連想されるものを飾り付けたりメニューとして提供したりする、というもの。私としては、予算の兼ね合いもあるだろうと思うので、1つめか3つめが良いのではないかと思っているんですけど……先輩はどう思いますか?」


そこまで言い切ってから隣に視線をやると、思いの外近いところに先輩の顔があって私は軽く悲鳴をあげた。


「な、なんですか?近いです。密です」

「……ああ、申し訳ありません。まさか貴方がそこまで頭が回るとは思っていなかったので」

「いや、言い方。何か嫌味を挟まないと言葉が話せない病気にでもかかってるんですか⁉」

「怒らないで。褒めているんですよ。貴方には経営者としての才覚もあったんですね」

「御託は良いので先輩の意見を聞かせてください」


ああもう、何なんだこの人は!
私が半ば怒ってそう言うと、ジェイド先輩は「おやおや、冷たいですね」と言って困ったように微笑んだ。


「僕も概ねレンさんと同じ意見です。今年のマミーの仮装はモストロ・ラウンジの雰囲気にも合うようなスタイリッシュなものになっていますし、そちらを利用するのも手かとは思います。ただ、『マミー』と『マッドサイエンティスト』に限定して考えると、装飾においてスタンプラリー会場と差別化を図るのが難しいですし、メニューがかなり限られてしまうのが難点ですね。そういった観点から鑑みれば、ハロウィーンという大きな括りでカフェを展開した方が良いのかもしれません」

「うーん、装飾はスタンプラリー会場とセットと考えれば、あちらと差別化しなくても良いとは思いますけど……確かにメニューについては一理ありますね。でも、ハロウィーンという大きなコンセプトで営業するとなると少しインパクトに欠けるというか……もう少し、NRCのハロウィーンならではの特別感、みたいなものを出したい気もするんですよね」

「それなら、先日の全国高校陸上競技大会の時のように、式典服を着てサービスをするのはいかがでしょう?ナイトレイブンカレッジの式典服はいわば僕達の正装ですし、女性からも人気があって写真映えも良い。加えて、ハロウィーンウィークには日ごろからお世話になっている賢者の島の皆さんへの感謝や労いの意味合いも含まれていますから、お客様をきちんとお出迎えするのにこれほど相応しい格好はないかと」

「さすがジェイド先輩!確かにそれなら唯一無二の私達らしいおもてなしができますね!」


その後も私と先輩の話し合いは途切れることなく続き、気が付いたらもうすっかり月が天高く昇る時刻に差し掛かっていた。


「先輩、私、そろそろ帰ります」

「ああ、もうそんな時間ですか。楽しい時間はあっという間に過ぎるというものですね」


ジェイド先輩は時計を見ながらそう呟く。
いきなり先輩と担当を任された時はどうなるかと思ったけれど、案外話が盛り上がってとても充実した時間を過ごすことができた。
まだまだ決めなければならないこともやらなければならないこともたくさんあるけれど、それらの作業も含めて今からハロウィーンがとても楽しみだ。


「ジェイド先輩」


鏡舎まで見送ってもらい、そこで別れの挨拶をしつつ、私は彼に声をかける。


「ハロウィーンウィーク、絶対素敵なモノにしましょうね」

「ええ、もちろんです」


そう言う彼は珍しく悪意のない純粋な微笑みを浮かべていて、それを見て私も思わず笑みを零したのだった。

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