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2時間目
「ほんっと何なのあの男……!」

「まぁまぁ……落ち着きなよ花澄」


その日の帰り道、花澄は渚に保健室での出来事を話していた。
飄々として掴み所が無いくせに自分に絡もうとするカルマに、花澄は心底苛立っていたのだ。
渚は少女を宥めながらも、内心ではカルマの行動に少々拍子抜けしていた。


「だって赤羽君、私が渚の幼馴染だって知ってた癖にそれを黙ってたんだよ!?絶対性格悪いよあの人!」

「……まあ、カルマ君はそういう所あるよね。でもカルマ君って良い人なんだよ、実際は。ああ見えて凄く頭良いし」

「……そうなの?」

「うん。テストの順位はいつも花澄とおんなじ位だよ」

「……嘘」


花澄は大きく目を見開いた。


「それにね、花澄」


渚が立ち止まって花澄を真っ直ぐ見つめるので、少女も思わず足を止める。


「カルマ君は……きっと花澄の根っこの部分を、ちゃんと見つめてくれるよ」

「!」


花澄は拳をぎゅっと握り締めて俯いた。


「……ごめん渚。私多分、今凄く混乱してる。でも……でも、きっとどうにかするから。だから、待ってて」

「……花澄」

「大丈夫。絶対何とか乗り越えるから」


花澄は無理矢理口角を上げて渚に向かって微笑んだ。
渚はそんな少女を心配そうに見つめるものの何も言う術はなく、ただコクリと頷く事しか出来なかった。


「……さ!早く帰ろ!中間の勉強しないとね!」

「……うん。そうだね」


そして、2人は再び歩き始める。


「……あのさ、花澄」

「んー?」

「……ううん。やっぱり何でも無い」

「……? 変な渚」


花澄は渚の様子に違和感を抱いたが、あまり触れられたく無い事なのだろうと思って何も聞かなかった。





中間テストが終わり、テストと結果が返って来た。


「1位はやっぱり浅野君か〜……2位は荒木君、3位が榊原君で、4位は赤羽君……え、赤羽君!?」


ホントに成績良かったんだ、と花澄は心の中で呟く。


「私は……5位か」


次の定期考査ー所謂3学期期末テストが終わると、これまでの2年間の成績を元に、来年以降は成績順にクラスが編成される。
A組は学年の中でも選りすぐりの成績上位者によって構成され、その下に横並びのB,C,D組が続き、更にその下にE組が置かれている。

E組ー通称、『エンドのE組』。

そこは、成績が悪い者や素行不良な生徒、学校の規則を破った者などの寄せ集めのクラスで、この学校では3年E組の生徒は他のクラスの生徒に見下される運命にある。

花澄はそんな学校のシステムを心底馬鹿馬鹿しいと思っていたが、この学校を支配する理事長には逆らえる訳もなく、日々の生活を送っていた。
とは言え、渚にはまだ話していないが、花澄は密かに来年A組に所属する事を望んでいる。

A組に入って、今よりも更に勉強に打ち込みたい。

そんな決意を胸に秘め、彼女はコツコツと努力を重ねて来た。

次のテストは、今回以上に頑張らなきゃ。

そう思った時だった。


「花澄」


背後から声を掛けられ振り向くと、そこにいたのは幼馴染の潮田渚。
顔には生気が全く見られず、身体はブルブルと震えている。

様子がおかしい。

一目見て、花澄は悟った。


「……どうしたの、渚」

「……」


俯いている彼を見て、花澄の心には漠然とした不安が広がる。


「渚?どうしたの、ねえなぎー」

「若山さん」


突然第三者に声を掛けられ顔を上げると、そこには渚のクラスメイトと思しき生徒が立っていた。


「ソイツとはもう話さない方が良いよ。だってソイツ、E組行き決まったから」

「……え?」


告げられた言葉に動揺を隠せない。
頭の中が真っ白になった。


「E組の奴なんかと話すと若山さんの頭が腐っちゃうよ。もう幼馴染とか辞めなよ。コイツはもう人生の負け組決定なんだからさ」


突き付けられる現実に頭が着いていかない。
花澄は思わずその場を逃げ出してしまった。






花澄は誰もいない屋上に辿り着くと、膝を抱えてその場に蹲(うずくま)った。

渚がE組行きになった。

その事実が頭の中にこびりついて離れない。


どうしよう。
どうしよう。

始業を告げるチャイムが鳴るが、花澄にはそれを気にしている余裕はない。

渚がE組行きになった。
どうしよう、ねえ、どうしたら良いの。

渚の成績が悪い事を花澄は知らなかった。
自分の事に精一杯で、大切な幼馴染の様子に気を配る余裕なんて全然なくて、結局こんな結果になってしまったのだ。

助けてあげたかった。
私が……私が赤羽君の事で渚に変な気を遣わせたりなんかしなかったら、助けてあげられたかもしれないのに。
何がA組に入りたい、だ。
肝心な時に大事な友達を救えなかったなんて、私は幼馴染失格じゃないか……


「なーに落ち込んでんの」


後ろから声がした。
振り返ると、そこには先日顔を合わせた渚の“元”クラスメイトが佇んでいて。


「……赤羽君」

「やっほ、若山さん。
……ちょっといい?」


カルマは花澄が返事をするのも待たずに隣に座り込んだ。

……最初から座るつもりなら聞かなきゃ良いのに。

花澄はムッとしたもののカルマにはそれを伝えず、無視を決め込んでいる。


「……渚君、E組行き決まったんだってね」


前置きもなく本題に入られ、少女の身体は一瞬ピクリと動いた。
当然、それをカルマが見逃す筈が無い。


「で、どーすんの?」


その言葉に、少女は意表を突かれた。
花澄はてっきり、同情、もしくは嘲笑の言葉を浴びせられると思っていたからだ。


「……E組に行く」


ポツリと紡がれた言葉に、カルマはハァ、と大きな溜息を吐いた。


「あのさ、若山さん。いくら渚君が大切な友達だからって、それってどうなの?俺は賢明な判断だとは言えないと思うけどね」

「……」

「アンタがE組にわざと編入したところで、本当に渚君の為になるとは思えないけど。俺が渚君の立場だったら、若山さんがやろうとしてる事は迷惑だとしか思わないよ」

「……」

「今のアンタは、ただ渚君に執着してるだけじゃん。そんなの友達でも何でもない。若山さんの勝手な都合で、渚君の生を縛ってるようにしか見えないよ」

「……放っといてよ。赤羽君は首を突っ込まないで」

「放っておけないよ。だって渚君は俺の友達でもあるし。だとしたら、渚君の幼馴染のアンタを放っておける訳が無い」

「ッやめてよ!」


遂に花澄の限界が来た。


「赤羽君には関係無いじゃん!全部知ったような振りしてお高く止まってるアンタってホントムカつく!
ねえ、何で渚なの何でE組なんかあるの何で私は何もしてあげられなかったの何で何で何で!?唯一の友達の渚がE組に落ちちゃったらもう私どうしたら良いのか解んないよ!私だって渚を困らせたくは無かったよでも怖かったの!この学校の生徒も先生もみんな成績で人を判断してて私という人間をちゃんと見てくれないから!私怖くて仕方なくて自分の殻に閉じ籠っちゃって気が付いたら私の周りには渚しかいなかった!だからっ……もう……もうやだよこんなの……嫌だよ……!」


顔を覆って泣き始める花澄を、カルマは暫く黙って見つめていた。


「……確かにこの学校の制度はイカれてるよ。成績の良い奴は必然的にそういう目で見られるし、下の奴等は媚を売ってくる事もある。若山さんが嫌になっちゃうのも無理ないよ。
……でもさ、この学校で上手くやってく為には、そういった奴等とも向き合って行かなきゃダメなんだよ。そりゃ、若山さんはもてはやされて鼻が高くなるようなタイプではないと思うけどさ、相手に誠意を見せる努力もしないで自分の殻に閉じ籠る事しか出来ない奴なんて、所詮アイツらとやってる事は変わんないじゃん」

「!」

「それに、折角渚君が勇気を出して自分のE組行きを若山さんに伝えたのに、アンタが逃げ出すっておかしくない?本当に逃げ出したいのは渚君だろうに」


カルマの言っている事は筋が通っていて、花澄には反論の余地も無かった。


「……ごめん、赤羽君。私、赤羽君にも渚にも、酷い事ばっかりした」

「いーよ別に。気にしてないから」

「……私、多分赤羽君が羨ましかったんだと思う。成績が良くても、ちゃんと友達を作ってる赤羽君が」

「……」

「バカだね私。幾ら勉強が出来たって、どんな人とでもコミュニケーションが取れなきゃ、この現代社会では生きて行けないのに……人とちゃんと向き合う事から逃げて、勝手に怯えて、渚にばっかり縋ってた。その癖、渚が困ってる時は救いの手も伸ばさないなんて」


ホント馬鹿だなー、と、花澄は儚げに笑う。
そんな彼女の様子を見て、カルマはポツリと一言呟きを洩らした。


「……今からでも良いんじゃない?」

「……え?」

「だから、今ならまだ間に合うってこと。渚君のことも、君が苦手な人付き合いのことも」

「……そう、かな」

「そーそー。渚君の事は俺にはどうしようもないけど、人付き合いの悩みなら、幾らでも力貸すから。だからやってみるだけやってみりゃいーじゃん」

「……うん。そうだね。私、頑張ってみる」


まずは渚のとこかな、と言って花澄は立ち上がった。
そこには、もう迷いの表情は見られない。


「あ、そうだ。赤羽君」


屋上のドアを開けた時、少女が何か思いついたかのようにカルマの方を振り返った。


「1つ、大事な事を言い忘れてた。
……本当にありがとう」


初めて彼女から向けられた笑顔に、カルマの顔も自然と綻ぶ。


「……どういたしまして」


花澄がいなくなったドアを見つめながら、赤羽業は小さくそう呟いた。



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