15.

数日後。
中原中也は苛立っていた。
何時もは此の時間帯には店にいる筈の爽子が今日は見当たらない。

−彼奴、また誰かに拐かされたンじゃねェだろうな。

煽るようにウィスキーを燕下していた処で、店主が中也に声を掛けた。


「中原さん、若しかして爽ちゃんを待ってンのかい?」

「あー……まァな」

「爽ちゃんなら辞めちまったよ。昨日の営業が終わってから、突如ね」

「は?」


中也が目を見開いたと同時に、ガラリと戸を開ける音がして、太宰が店に這入って来た。


「親爺さん、此処、座っても善いかい?」


太宰が中也の隣を指差し乍ら店主にそう訊ねると、店主は頷いて太宰の前にお通しの品を置く。


「何の心算だ糞太宰。帰れ」

「何時に無く不機嫌だね中也。若しかして爽が此処を辞めたから?」

「手前……何で知ってンだ」


中也の問いに答えるように、太宰が中也の目の前に一通の手紙を置く。


「……何だよ、此れ」

「爽からの手紙だよ」


太宰の答えに、中也は思わず顔を上げて相棒の顔を見つめた。


「爽、出て行ったんだ。多分、横浜から。
誰に告げる事も無く、唐突にね」


太宰曰く、今朝爽子の元を訪れたら、既に彼女は忽然と姿を消していたらしい。
太宰が貸していた伽藍堂になった部屋には唯、家主宛の置き手紙が残されていただけだったと云う。

中也は太宰の話を聞き終えると、両手で封筒を持ち、まじまじと其れを見つめた。


「……読んで善いのか?」

「何の為に私が此処迄来たと思っているんだい」


太宰の言葉を聞き、中也は決意を露わにして手紙の封を開ける。


『突然何も告げずにいなくなって仕舞って御免なさい。
先日の一件の後、私は思いました。
異能力者である事を隠して異能力との関係を断ち切りたいと思っても、自分が異能力者である限り、如何足掻いても其れは不可能なのだ、と。
如何せ異能力から逃れられない運命なら、私は殺戮に特化した此の力を、今度は人を助ける為に使えるようになりたい、そう思ったんです。
こんな綺麗事を並べる私の夢を叶えられるような場所は、ポートマフィアには屹度有りません。だから、此処を出て行く事に決めました。
今迄御世話になりました。
半年という短い期間でしたが、太宰さんと出逢えて善かったです。
貴方の孤独を埋めてあげられなくて、苦しみから救ってあげられなくて御免なさい。
余り、色々独りで抱え込まないで下さいね。

中也。突然お店辞めちゃって御免ね。
中也と彼の店で過ごす時間が好きでした。
何だかんだ文句を言い乍らも、私の我儘を全部受け止めて聞いてくれて有難う。

織田作さん。約束、守れなくて御免なさい。織田作さんには何時も扶けられてばかりなのに、恩返しが出来ない儘勝手にいなくなる私を赦して下さい。

また、皆さんにお会い出来る日を楽しみにしています。 爽子』


手紙を握る中也の手に力が篭る。
彼女の云い分は判った。だが其れにしても、余りにも突然過ぎやしないだろうか。
何故、別れを告げなければならなかったのか。
−他に、別の方法は無かったのか。

顔を歪める中也の隣で、太宰は何も語らぬ儘焼酎を嗜む。



その日以来、太宰も中也も爽子の行方を追ったが、2人が幾ら調べても探し回っても、彼女の行く先を知る事は出来なかった。


太宰が親友に爽子の話をすると、彼は「そうか」と呟いて寂しそうに笑った。


「俺は爽と真面に話をした事なんて片手で数えられる位しか無かったが、彼奴は黒社会に身を染めていたとは思えない位真っ当で綺麗な心を持った娘だ。……もう一度、逢いたかった」

「……屹度また逢えるよ、織田作」


煙草に火を灯す織田を隣で見つめ乍ら太宰がそう云うと、彼は「そうだな」と答えて小さく微笑んだ。


中也が首領に爽子の報告をすると、彼は両手の甲に顎を乗せ、思案顔で「……そう」と呟いた。


「太宰君とも中也君とも親しくしていたようだし……私も一度、彼女と話をしてみたかったというものだよ。組織の長としても、単純に一人の人間としてもね」

「太宰から聞きました。首領は爽がポートマフィアに加入する事を密かに期待していた、と」

「余り期待はしていなかったがね。太宰君の話に寄ると、彼女は裏社会からは足を洗いたがっていたようだったし。……唯、彼女が若し組織に入っていたら、双黒の力をより引き出して呉れる人材になり得たかも知れない」

「……」


中也は森の言葉を複雑な思いで噛み締めた。
爽子と一緒に仕事がしてみたかったという気持ちと、彼女には陽の当たる世界で幸せになって欲しいという気持ちが入り混じっている。


「何時かまた、戻って来て呉れると善いねぇ」

「……はい」


其れが『横浜に』を指すのか、それとも『裏社会に』を指すのかは判らない。
中也は唯、首領の言葉に頷く事しか出来なかった。





そして舞台は−4年後のヨコハマへ。


(2017.03.10)


ALICE+