14.
『汚濁』。
中原中也の異能の本当の姿である。
周囲の重力子を操り、自身の質量密度を増大させる。
爽子が中也の背中から飛び降りた瞬間、中也はヴェルヌに真っ直ぐに向かっていった。
そして、圧縮した重力子弾を次々と放っていく。
「は、はぁ!?規格外だろ、こんなの!」
今迄の余裕ぶった態度を消し去ったヴェルヌは必死で重力子弾を避けていた。
時折異能で壁を作るも、其れは重力子弾や中也自身によって一瞬で粉々に粉砕されてしまう。
そして、遂に中也の重力子弾がヴェルヌに直撃した。
轟音と共に辺りが砂埃に覆われ、視界が悪くなる。
「中也……?」
爽子は中也に向かって一歩踏み出した。
「爽」
今にも中也に近づかんとする彼女の手首を太宰は咄嗟に掴む。
「今、中也に近付くのは危ない」
「え?如何し−」
首を傾げた爽子の背後で再び轟音が響いた。
振り返ると、躰中に赤い刻印を浮かび上がらせた中也が、狂ったように笑い乍ら重力子弾を色々な処に投げつけている。
「『汚濁』形態の中也は、自分で力を制御出来ないんだ。放っておくと死ぬ迄暴れ続ける」
「え!じゃあ、早く止めないと−」
「私に任せて」
太宰はそう云うと、中也の方に向かって歩き出した。
「−異能力、《人間失格》」
青い光と共に、太宰の異能力が発動される。
全身を覆っていた赤い痣が薄れ、理性を失っていた中也の瞳にアイスブルーが戻った。
中也はゲホゲホと咳き込み乍ら、ドサリとその場に膝をついて座り込む。
「お疲れ、中也」
「……何が『お疲れ』だ糞野郎……。後で覚えてろよ」
「うふふ、期待せずに待っておくよ」
太宰が中也の頭の上にポンと手を乗せた。
「中也!」
爽子は中也の元に駆け寄ると、その場にしゃがんで中也の顔を覗き込む。
「もう戻ったの?大丈夫?」
「嗚呼……まあ、な……」
中也は小さく笑い、爽子の方に向かって倒れ込んだ。
「一寸、中也!?って、重っ……!」
自分の肩口に顔を埋める中也を見ると、彼はすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
「……全く、お気楽なマフィアもいたモンだよねぇ」
太宰は呆れ顔でそう云い乍らも、ゆっくりとした手つきで中也を床に横たわらせた。
何だかんだで太宰さんも優しいよなぁ、と、爽子は小さく笑みを溢す。
「そう云えば太宰さん。如何して私が此処にいるって判ったんですか?確か、中也と任務に行っていた筈でしたよね?」
爽子は太宰の方に顔を向けてそう尋ねる。
「嗚呼、其れはね、織田作のお陰なんだ」
「織田作さんの?」
爽子は少しだけ目を見開いた。
曰く、太宰は織田作に連絡を取り、自分達が任務に出掛けている間に爽子の居場所を突き止めて欲しいと頼んだそうだ。
織田作は最下級構成員といえど、その実力は折り紙付き。直ぐに情報を集めて呉れたらしい。
「いやぁ其れにしても、こうもすんなりと私の予想通りに事が運ぶと面白みが無いね。油断していた私を殴って彼が優位に立ったのも、彼処で君が彼を庇った結果、中也が『汚濁』を使う羽目になったのも全部、私の作戦通りだ」
「え?態と相手を自由にしてから闘ったんですか?」
「うん」
「しかも、『汚濁』形態まで使って?」
「うん」
「……如何して?」
「君に、『双黒』の闘いぶりを見て欲しかったから」
太宰は爽子の目の前にしゃがみ込み、真っ直ぐに彼女を見つめる。
「本来こんな大した事の無い相手に対して私達が『汚濁』を使う事は無い。でも、如何しても君に、相棒としての私達の姿を見て欲しかったのだよ。中也も同じ思いだったらしくてね、作戦を話したら直ぐに了承して呉れた」
そして太宰は、爽子に向かって頭を下げる。
「済まなかった、私達の我儘に君を付き合わせて仕舞って」
「い、いえ!頭を上げて下さい太宰さん!」
爽子は慌てて太宰にそう云った。
「……抑も私が悪いんです。勝手に組織を抜け出して、織田作さんや太宰さんに迷惑を掛けた挙句、中也に自分が異能力者である事を隠していたから。結果、私は皆を巻き込んで仕舞った」
本当に御免なさい、と爽子は謝る。
「本当は中也にもちゃんと謝りたいんですけど、状況が状況ですから」
爽子は中也の寝顔を眺めて苦笑する。
太宰はそんな彼女を見つめて暫く黙っていたが、不意に立ち上がってこう告げた。
「却説、私はそろそろ行くよ。其処の牧羊犬の事は宜しく」
「え、一寸太宰さん!?」
爽子がそう声を掛けるも、太宰はフンフンと鼻歌を歌い乍らその場を立ち去ってしまった。
後に残されたのは、寝息を立てる中也と、呆けた表情をした爽子だけ。
「……中也、起きて」
仕方無く、爽子は中也に声を掛けた。
それでも一向に目覚める気配の無い彼の躰を少し揺さぶると、中也は漸くうっすらと目を開ける。
「……爽?」
「あ、起きた。おはよう」
爽子は中也の顔を覗き込む。
中也は少しの間ぼんやりと彼女を見つめていたが、はっと我に返ると「近けーよ莫迦」と云ってから起き上がった。
「中也、御免ね」
中也が躰を起こすや否や、爽子は彼に頭を下げた。
「私が異能力者だって事、私が暗殺者だった事、黙ってて御免なさい。私のせいで負担を掛けさせちゃって御免なさい。それと……扶けて呉れて、有難う」
「……頭上げろ、爽」
中也は爽子の頭をクシャリと撫でた。
「俺も手前にポートマフィアの一員で太宰の相棒だって事を黙ってたンだ。お互い様だろ」
中也はそう云って手を止めると、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「無事で善かった」
「……うん、中也も」
爽子はそう云って小さく微笑んだ。