2.

目を覚ますと、知らない天井が目に映った。


「……」


(此処、何処?)


暫くの間微動だにせず天井と睨めっこしていた彼女だったが、


「あ、起きたのかい?お早う」


唐突に聞こえてきた柔らかい声に思考が停止した。
緩慢な動きで声の主の方に首を動かすと、黒いスーツを身に纏った包帯だらけの男が、稚気に富んだ笑みを浮かべながら此方に向かってひらひらと手を振っている。


「……」

「嗚呼、行き成りこんな態度を取ってしまって不躾だったね。此れは失礼。先ずは自己紹介からだけど、私の名前は太宰治。私の友人が倒れている君を港で見つけてね。私が彼の代わりに君を保護した、と云う訳なのだよ。
君の質問に一言で答えるとするならば、此処は横浜。具体的に言えば、横浜に在る私の住処だ」

「横浜?……じゃあ此処は、」

「うん、日本だよ。
……其の様子だと、君は外国(とつくに)から来た、って事で善いのかな?
其れにしては、随分日本語に長けているようだけれど」

「……はい。今迄彼方で生活してはいましたが、私は純日本人ですから」

「成る程。……因みに、貴女のお名前は?」

「申し遅れました。私は有吉爽子と申します。扶(たす)けて頂き、本当に有難うございました」


爽子はそう礼を告げて頭を下げる。


「否、礼には及ばないよ。実際に君を扶けたのは私では無いのだからね」

「いえ、でも本当に扶かりました。貴方と貴方のご友人に拾って頂け無かったら、今頃私は其処らで野垂れ死ンでいたかも知れませんから」


そう云うと、彼女は再び太宰に頭を下げる。


「爽子ちゃん、一寸質問があるのだけど」


太宰はそんな彼女を見て、ふと思い付いたように口を開いた。


「察するに、君は訳あって産まれ故郷を捨てて此の国に流れ着いた……って事だよね?」

「……まァ、仰る通りです」

「如何して此の国に来たの?」

「……私が、私でいる為」


爽子は暫く考え込んだ後、ぽつりとそう呟いた。


「詳しい事はお話できません。でも、多分私は、自分を見失いたく無くて……此れ以上、誰かが苦しむのを見たくなくて、彼の国を飛び出して来たんだと思います」

「……成る程」


太宰は一瞬目を細めたものの、直ぐに何時も通り顔にあどけない笑みを浮かべた。


「其れで、君は此れから如何するの?」

「未だ何も決めていません。でも、此れ以上太宰さんに御迷惑をお掛けする訳にも行かないので、取り敢えず私はお暇(いとま)しようと思います」

「……そう。なら、途中迄送るよ。丁度私も今から外に出る心算だったから」

「!すみません、引き留めてしまって」

「別に佳いよ。大した用事じゃ無いから」


太宰はそう云って爽子を玄関に行くように促した。
だが太宰に背を向けた瞬間、爽子は背後に僅かながらも殺気を感じる。


「っ!」


咄嗟に振り向くと、太宰が自分に銃口を向けているのが目に映った。
そして彼は、何の躊躇いも無く此方に向かって三発撃ち込む。


乾いた音が、部屋の中に木霊した。


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