3.
「……矢ッ張りそうか」
太宰は目の前にいる少女の様子を見て、低い声でそう呟いた。
爽子の足下には、真っ二つに両断された弾の残骸が散らかっている。
「爽子ちゃん、君は外国のとある異能力者組織の戦闘員だったんだね」
「ッ!」
太宰が放った一言に、爽子は驚いたようにバッと顔を上げた。
「そんなに驚く事でも無いさ。君の様子を見れば何となく察しはついたからね。
例えば手だ。君の手、歳の割にはマメが多いし荒れているだろう。其れは銃を相当使った事の有る証拠だ。私はね、君を保護した時から、屹度この娘は只者では無いのだと、ある程度見切りをつけていたのだよ」
「……そう云う太宰さんは、一体何者なんですか?」
爽子は太宰に負けじとそう云い返した。
「私かい?私はね、此の国の異能力者が所属する非合法組織−所謂ポートマフィアの幹部だよ」
「!」
爽子の目が、此れでもかという程大きく見開かれる。
だが同時に、彼女の中では何処か納得している自分もいた。
異能について知っていたり手を見ただけで銃を扱っていたことが判るだなんて、彼の方こそ只者では無い。
「……太宰さんが仰る通り、私は確かにとある異能力者集団の一員でした。
でも、其れはもう過去の話です。私はもう彼処に戻る心算は有りません」
「如何して?」
「此の能力(ちから)を使いたく無いから」
爽子はそう告げて顔を伏せた。
ふわり、と睫毛が寂しそうに揺れる。
「私の異能−『芝桜』は、指先から鋭利な花弁を放(はな)ってある程度硬いものでも切り裂く事が出来る能力と、花の香りを使って敵を翻弄する能力との2種類があります。
組織にとって、私のこの能力は使い勝手が良かったらしく、私は毎日のように人を殺して生きてきました。
でも、もう嫌なんです。
誰かを犠牲にしないと生きられない世界で生きていくのは」
「こんな下らない能力のせいで闇に塗(まみ)れた世界でしか生きることが出来ないのなら、いっそ死んでしまおうか、とも思いました。
でも私は臆病だから、其れすらも怖くて、出来なくて。
結局、私は逃げてるだけなんです。
自分に課せられた、運命から」
爽子は眉尻を下げて小さく微笑んだ。
その笑みは余りにも儚く、風に吹かれて舞い散る花弁を彷彿とさせる。
綺麗な娘だな、太宰は再びそう思った。
場にそぐわないので、決して口には出さなかったが。
「……君は、少しだけ私と似ているね」
太宰はそう呟いてそっと爽子の目尻をそっと拭った。
「私もね、死に場所を求めている筈なのに……此の酸化する世界の夢から醒めたいと、そう願っている筈なのに、未だ死ねずにいるんだ」
如何してだろうね、と彼は自嘲的に笑う。
「だから、若し君が生きるのに疲れて、且つ全てを終わらせる覚悟が出来た時には、」
其の時には、私が此の手で君を殺してあげるよ。
太宰はゆっくりと爽子の頸に手を掛けた。
ひんやりとした指が徐々に食い込んでいく感覚が判る。
「……じゃあ、若し其の時が来たら、私も太宰さんを殺します」
太宰の言動に一瞬目を丸くした爽子だったが、直ぐに顔に柔和な笑みを浮かべてそう告げた。