4.

「一応、君の事はウチの首領に伝えておくよ。異能力者を見つけた以上、私も幹部の1人として報告はしなければいけないからね」


太宰は爽子にそう説明する。


「其れと、聞くまでも無い事かも知れないけど―爽子ちゃんは、ポートマフィアに入る心算は無いのだろう?」

「有りません」


爽子は太宰の問いに間髪入れずに答えた。


「だろうね。……で、此れからの事なのだけれど、」


太宰は納得したように頷いてから話を切り換えた。


「丁度此の近くのアパートに私が所有している部屋があるんだ。爽子ちゃんさえ良ければ、其の部屋を君に貸してあげよう」

「え、本当ですか?」

「勿論」


驚く爽子に、太宰は愛想の良い笑みを浮かべてみせた。

斯(か)くして、有吉爽子は、此の横浜の街に住まうことになったのである。


◇◆◇


其れから、約半年後。
爽子は漸く横浜での生活にも慣れ、近所の居酒屋でバイトをしながら細々と日々の生活を送っていた。
始めは頻繁に爽子の元を訪れていた太宰も、今では月に1度来るか来ないかのペースに落ちつつある。
そんな生活の中で、爽子はある1人の少年と親交を深めつつあった。


「あ、今日もいらしてたんですね、中原さん」

「おう、来てやったぜ」


バイト先の居酒屋の常連客−中原中也である。
爽子が中也と初めて会ったのは、彼女がバイトを始めてから1週間が経った頃の事だった。
始めは単なる客と店員としてのコミュニケーションしか取っていなかったのだが、ある日中原の方から「アンタ俺が此の店来ると何時もいるよな」と話しかけてきたのである。
それからは、爽子が中也の元へ注文を取りに行ったり酒を持って行ったりする度に、少し雑談を交わすようになったのだ。


「今日は何をお呑みになりますか?オススメはつい先日入荷したばかりの日本酒ですが」

「あー……何時もので佳いぜ。明日早番だからな」

「成程。了解しました」


数分後、爽子は中也のお気に入りの酒瓶を片手に戻って来た。


「何だかお仕事大変そうですね」

「あー……まァな。先方と一寸揉めててよ」

「嗚呼、商品の取引とか売買契約とかなさってるんでしたっけ」


未だ若いのに凄いなぁ、と爽子は純粋に感動する。

爽子は中也がどんな職業に就いているのか知らなかった。
以前一度だけ聞いたことがあったものの、ざっくりとした説明をされただけで、詳しい話は余り聞けなかったのだ。
若しかしたら聞かれたくなかったのだろうかと察した彼女は、それ以来彼に職業を尋ねた事は無い。

中也は先程の爽子の問いに曖昧な微笑みを見せると、「ンな事より、」と話を切り替えた。


「有吉、明日の夜空いてるか?」

「明日ですか?多分空いてますけど……」

「お前、この前美味い肉食いたいって云ってただろ?丁度善い店見つけたから連れてってやるよ」

「え、本当ですか?」


思わぬ誘いに爽子の顔が綻ぶ。
最近、中也は時間がある時に爽子を食事に連れて行ってくれるようになった。
初めて誘われた時は戸惑ったものの、今ではすっかり中也との一時(ひととき)が日常の中の細(ささ)やかな楽しみの1つとなっている。
爽子は帰ったら早速カレンダーに予定を書き込まなきゃな、と胸を踊らせた。


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