開幕合図は童謡

 

 ザワザワとざわめく廊下を歩きながら周りに目を向けてみると遠くに体育教師と校長が立って話しているのを見付けた。
 二人の表情は困惑してるような、げんなりしたようなものだった。
 それを見たあからさまだな、と思いつつ私はまた何か良くないことでも話しているのかな?と小首を傾げてイヤホンを外し二人に近づく。


「なんで――――傷害―――生徒―――受け入れ―――」

「――決まった事だ。――――騒ぎを起こせばすぐに退学――」


 周りの音が大きいことと距離があって詳細を聞くことは出来なかったけど、どうやら転校してくる彼のことを話していることは断片的な情報からでも簡単に判断できた。
 それにしてもそう言った話を誰が聞いてるか分からない廊下こんな所で話すなんてこれからやってくる彼に対しての配慮とかが一切無い事にため息を吐いた。


「悪い噂が立ったら困るのは自分達だろうに……」

「何がだ?」


 急に後ろからそう声を掛けられ、びっくりした風を装って振り向けば、そこには首を傾げながらコッチを見る友人が立っていた。


「ビックリしたぁ……驚かさないでよ、坂本」

「そんなに驚いてねぇクセによく言うぜ。で?何が困るのは自分なんだよ」

「ん〜?嫌がらせのつもりが最終的には自分の首絞めてるってだけの話」

「あ?んだそれ?………お前嫌がらせされてんのか?」

「は?されてないけど??」


 真顔になって訊いてきた彼に私はキョトンとした顔をしながら首を横に振った。
 何で私が嫌がらせを受けているという事になったんだ。コイツの頭ん中でどんな流れになったんだ?
 私の返事に坂本は深く息を吐いて、ならいい、と言うと帰っていった。

 坂本と別れ、学校を出て駅までの近道に使っている路地に入れば、前からスーツを着た男が電話をしながら歩いてきた。
 私はぶつからないように少しだけ体を横にずらして避ける際に男のスーツの上着ポケットから鍵をスり盗った。

 男はスられたことに気付いた様子はなく、そのまま行ってしまった。

 私はスッた物を手の中に転がして遊ぶ。
 それはプラ札の付いた小さな鍵だった。


「……渋谷駅に設置されてるロッカーの鍵かぁ」


 追加のお仕事かなぁ、と思いながら小さな鍵をスカートのポッケに仕舞っているとスマホが振るえた。
 スマホを出して見れば、そこには思った通り、お仕事の追加と詳細を渋谷駅のロッカーに入れてあるという簡素な内容のメールだった。


「フンフンフフ〜ン♪」


 私は鼻唄を口ずさみながら駅へと向かって足を進めた。

 どんなお仕事でも絶対にやり遂げなくてはいけない。
 だってそうしないと、


「棄てられちゃうもんね」


 人の喧騒によって私の独り言は誰の耳にも届くことは無かった。


*****


 ポケットに手を当てながら遠ざかっていく学生の後ろ姿を信じられないモノを見る鍵をスられた男、風見はスマホを仕舞いながら路地から出ると車を置いてある駐車場に向かって歩く。


「(彼女が、降谷さんの言う“シープドッグのイロハ”、か)」


 降谷からの話で犬ではなく、個人的に持っている協力者なのだろうと思っていたが、まさか女子高生とは思ってなかった風見は彼女に鍵をスられたことに驚いた。
 しかし前もってあの路地で物をスられても取り返そうとするなと言われていたので放っておいたのだ。

 公安警察として情けない事に鍵をスられたことに気付くのは彼女の鼻唄が聞こえてからだった。
 彼曰く、彼女の鼻唄は受け取りました、という合図らしい。

 鼻唄はその時の気分で変わるから何の曲かは分からなかったが、犬のおまわりさんを口ずさんでいるのが聞こえた瞬間、こちらを馬鹿にしているのかとさえ思った。

 苦い気持ちが胸中に広がるのを感じながら車に乗り込んだ風見はこれ以上、彼女の事を考えないようにしながら車を出した。