02
授業になんとか間に合ったクレアは、やはり待っていてくれたらしいジャックに何度も謝った。遅刻ギリギリだったことについても、時間に余裕を持って動けと小言をもらう。間に合ってはいたので先生からのお咎めはなく、ほっとした。
「今のところ、今日一番幸せだったことはルチウスが可愛かったことかなぁ」
「……可愛い…?」
授業後にルチウスを撫でさせてもらってほくほく顔のクレアは、微妙な顔をしたジャックと共に廊下を歩いていた。
次は教室の移動があるので、はぐれないようにジャックの制服の裾を掴む。最初は「しわが寄るから放せ」と嫌がられたのだが、「じゃあはぐれたら探してくれる?」とクレアが言うと黙った。
「ん? あれは」
「あ?」
ふと廊下の窓から外を見下ろしたクレアが立ち止まり、そのせいで制服を引っ張られたジャックも止まる。
「わかってはいたが、本当に往生際の悪いヤツだな…!」
「ふ゛な゛ぁっ!?」
「よっしゃー! 昼飯ゲット〜」
「さあ、グリム。大人しく授業を受けるんだ」
「やだやだー! つまんない授業は嫌なんだゾー!」
「黙らっしゃい! そんなんじゃ大魔法士になれないよ!」
「くそー! オマエ、なんか今日厳しいんだゾー!」
中庭での騒ぎを見てクレアがくすくす笑うと、片眉を上げたジャックも彼女の頭越しに覗き込み、何がそんなに面白いんだという顔をした。
後から追いついてきてグリムを叱りつけるユウに向けてクレアが手を振り、それに気付いたユウたちも軽く手を振って返した。
「……あいつらは……知り合いか?」
「うん、昨日仲良くなったの」
「昨日? ……ああ、退学騒ぎの件か」
「そう」
2人は話をそこまでにして、次の授業へと向かった。
▲▽
昼休み。午前中だけで疲れ果てているユウとは対照的に、グリムはビュッフェ方式で並べられた料理を見て上機嫌だった。
「ふわふわオムレツ! 鶏肉のグリルにベーコンエッグタルト!!!!!!!!」
「だーっ、声がでかい! 休み時間だけ元気になりすぎだろコイツは……」
「ユウ! オレ様、鶏肉のグリルがいい! 最後の1個なんだゾ! あとオムレツも! ジャムパンも! いっぱい取ってほしいんだゾ! ……あだっ!」
脱走したグリムを捕まえるのを手伝ってもらった礼に、エースにはチョコレートクロワッサンを、デュースにはアイスカフェラテを奢る約束だったユウが財布の中身を確認して溜息を吐いたとき、グリムが何かにぶつかった。
「あ〜〜〜〜っ!? オイテメェ! お前がぶつかってきたせいでパスタの温玉が崩れちまったじゃねえか!」
「おいおいおい〜ぷりぷりの温玉を崩すのはカルボナーラ一番のお楽しみだぜ? どう落とし前つけてくれんだよ!」
「慰謝料としてお前の取った鶏肉のグリルくらい譲ってもらわないと、釣り合いがとれねぇなぁ」
ギギギとぎこちなく振り向けば、グリムが柄の悪い不良に絡まれていた。エースとデュースもグリムと不良の上級生とを見比べて、まずそうだと目を合わせる。
「ふな゛っ!? い、嫌なんだゾ! この肉はオレ様のだ!」
「あ? 新入生のくせに先輩に対する態度がなってないんじゃねえの? ちょっと裏来いよ!」
「せ、先輩。校則に魔法での私闘は禁じると……」
「私闘〜? これは先輩から後輩への教育的指導ってやつだよ! 歯ぁ食いしばれ!」
デュースが止めに入るが上級生たちの気は収まらず、手が出始めた。あちゃあ、と頭を抱えたユウの目の前では、グリムたちが不良をボコボコに伸している。
「お、思ったよりやるじゃねぇか……」
「パスタが伸びちゃうから今日のところは見逃してやるっ!」
「へん!! 口ほどにもねーヤツらなんだゾ! おとといきやがれってんだ!」
「揉め事はご法度って言われたばっかりなのに……先が思いやられる……」
巻き込まれて参戦したエースとデュースもぐったりしていて、特に朝食を食べ損ねているエースは心なしか顔色も良くない。まさか名門校にあんなテンプレ不良がいるなんてと呆れるデュースに、君のワル語録もなかなかだけれどね、とユウは心の中でだけ言っておいた。
「では気を取り直して! いただきまーす! はぐはぐ! うま〜い! オムレツの卵がふわふわで、中からチーズがとろ〜り! はぐはぐ!」
ようやく食事にありつけたグリムがあれもこれもと頬張る横に、1人の生徒が腰を下ろした。皆が視線を向けると、そこには山盛りのパンケーキの皿を持ったクレアがいた。ユウたちを見つけたので、元いたテーブルから移動してきたのだ。
「クレア。いらっしゃい」
「うん、ケンカお疲れさま〜!」
「お前さあ、見てたんなら助けてくんない!?」
「ご飯食べてたから。食事中に席を立つのはあまり良くないでしょう?」
「こんなときばっかイイコちゃんして……つーかその皿、何ソレ?」
「食後のおやつ」
「おやつ…!? それが昼食なんじゃなくて、昼食後にそれを食うのか!?」
「同じテーブルの子に『さすがにその量は見てるだけで胸焼けがする』って言われたから、こっちに来たの」
「今度はオレらが胸焼けすんだけど!?」
エースとデュースに引かれるのも気にせず、クレアがパンケーキに手をつけると、顔のあちこちに食べかすを付けたグリムが目を輝かせて彼女を見た。ぱちんと指を鳴らしてやると汚れが落ちて綺麗になり、パンケーキを1枚とトッピングのクリームとジャムを分けてやった。
「やったゾ〜! う〜〜〜、あま〜〜い! あ。ところで、オマエたちの寮は今朝見たけど、他の寮ってどんなのなんだゾ?」
今度は口の周りをクリームだらけにしたグリムが、エースたちを見る。
「学園のメインストリートにグレート・セブンの石像が立ってたじゃん? あの7人に倣って、この学園には7つの寮があるんだよ」
「げっ! アンタは今朝の!」
「オレ様たちを騙して、バラに色を塗らせたヤツなんだゾ!」
エースでもデュースでもない声がグリムの質問に答えると、全員がそちらに振り返る。右目の下にダイヤのペイントがある、ケイトだった。彼はもう1人、隣に男子生徒を連れている。
「騙したなんて人聞き悪いなあ。オレもやりたくてやってるわけじゃないんだよ? 寮の決まりだから仕方なくやってるだけで」
「めちゃくちゃ笑顔でしたけど……」
「まあまあデュースちゃん。寮の外なら例のルールに従わなくていいし、今のけーくんは後輩に優しい先輩だから」
「ち、ちゃん付けはやめてください、先輩!」
ケイトはデュースの声を軽く流すと、クレアのパンケーキの山を見て一瞬顔を引き攣らせた。しかしそれは本当に一瞬で、彼と目が合ったクレアしか気付いていない。ケイトは何事もなかったかのようにニコリと笑い、「クレアちゃんていっぱい食べるね〜」とごまかした。
「つか、隣のアンタは誰?」
「おっと、悪い。俺はトレイ。トレイ・クローバー。ケイトと同じくハーツラビュルの3年だ」
眼鏡の人はトレイ――顔と名前を忘れないように、クレアは頭の中にしっかりメモを取る。新入生組に向けて自己紹介をしたトレイは、次にユウを見た。
「君はオンボロ……ゴホン。使われてなかった寮の監督生に着任した新入生のユウだろう? ケイトに聞いてる。昨日は、うちの寮の奴らが迷惑かけて悪かったな」
「あはは……いえ、」
「それで君は……そうそう。学園長の娘の…クレアだったか? 確か寮はサバナクローになってたな」
「うん。クレアで合ってるし、サバナクロー寮だよ。……あ、です!」
「はは、慣れないなら楽なように話して構わないよ」
ラギーやレオナは特に何も言わないが、トレイやケイトは敬語じゃないと気にするだろうか。そう考えたクレアが尻尾をぴんと立てて訂正するが、2人とも特に気分を害してはいないようで、お言葉に甘えることにした。
2人がちゃっかり同じテーブルに着くと、ケイトはいつも通りスマホを取り出して、この場にいるメンバーでのアドレス交換を提案した。
「お、おぉう……!? すみません、スマホは持ってません……」
「えっ、ユウちゃんスマホ持ってないの!?」
「そうなの!? ユウと連絡取れないね…」
ユウの連絡先も聞くつもりでいたクレアがしゅんと耳を伏せると、隣で彼女のアドレスを登録していたデュースが「耳が動いた…」と呟いた。
「マジヤバ! 天然記念物並みにレアじゃん。最新機種安くしてくれるお店、紹介したげるよ〜。今度スマホ選びデートとかどお?」
「ケイト。新入生が引いてるから、ほどほどにな」
「あはは、ごめんごめん! で、寮の話だっけ? いいねえ〜、会話がフレッシュ! 何でもお兄さんたちが教えてあげよう」
そう言ってにこりと笑ったケイトに真っ先に身を乗り出したのは、エースだった。
「つか、他よりまずうちの寮について教えて欲しいんすけど。あの『ハートの女王の法律』とかいう変なルールは一体なんなの?」
トレイとケイトは、伝説のハートの女王とハーツラビュル寮について話して聞かせた。
伝説のハートの女王は規律を重んじ、厳格なルールを作ることで、変な人たちばかりの不思議な国を治めていた。
そんな女王への敬意を表し、ハーツラビュル寮生たちは彼女のドレスの色である赤と黒の腕章をつけ、彼女の作った法律に従うのが伝統らしい。
「肩が凝りそうな寮なんだゾ〜!」
「どれくらい厳しく伝統を守るかは寮長の気分次第で、前の寮長はかなりゆるゆるだったんだけどね〜」
「リドル寮長は、歴代寮長の中でも飛び抜けて真面目でね。だから最大限、その伝統を守ろうとしてるというわけだ」
「げぇ〜〜。めんどくさ……」
度重なるトラブルのせいで現寮長のリドルから目を付けられている自覚があるエースは、自分の首にかかった首輪の重みが増した気がしてさらに肩を落とした。