03
「なあなあ、他の寮はどんな寮なんだ?」
そのグリムの質問にトレイが答えるのを、クレアはおさらいのような気持ちで聞く。寮については入学前にクロウリーから簡単に教えてもらっていたが、生徒から見た各寮の印象にも興味があった。
この学園には、グレート・セブンに倣った寮が7つある。
まず先程聞いた、ハートの女王の厳格な精神に基づくハーツラビュル寮。
クレアが属する、百獣の王の不屈の精神に基づくサバナクロー寮。
海の魔女の慈悲の精神に基づく、オクタヴィネル寮。砂漠の大賢者の熟慮の精神に基づく、スカラビア寮。
美しき女王の奮励の精神に基づく、ポムフィオーレ寮。死者の国の王の勤勉な精神に基づく、イグニハイド寮。
――そして、茨の魔女の高尚な精神に基づく、ディアソムニア寮。
初めて聞く単語ばかりで覚え切れる気がしないユウは、授業以前に知らねばならないことが多そうだと苦笑した。それは隣で渋い顔をしているグリムも同じらしい。
「どの寮に入るかは、入学式のとき魂の資質で闇の鏡が決めるとされてるけど……なんとなく、寮ごとにキャラが固まってる感じはあるな」
「それはあるねー。めっちゃわかる」
「例えば……ホラ、あいつ」
トレイが指した先にいたのはジャックで、クレアの耳がぴくりと動く。それが見えていたトレイはくすっと笑った。
「はは、クレアの知り合いだったか?」
「同じクラスなの」
「犬の耳が生えてる…!?」
「あのゴツさは見るからにサバナクロー寮って感じだな」
「それな〜! 運動とか格闘が得意なタイプが多い寮なんだよね。肉体派っていうか、イカツイお兄系っていうか? 黄色と黒の腕章つけてるのはサバナクロー寮」
なるほど、他寮から見たサバナクローは肉体派のイメージなのか――クレアはふむと頷いた。ケイトが「あ、もちろんムキムキでもなく厳つくもないクレアちゃんはマスコット枠ね!」と笑っている。
「ほー。じゃあ、あっちの灰色と薄紫の紐を腕に巻いてるのは?」
「彼はオクタヴィネル寮だな。その手前のテーブルに座っている臙脂と黄色の腕章は、スカラビア寮の生徒だ」
次にグリムが前足で指した先には、クレアも入学式で見た記憶がある上級生が座っていた。確か、眼鏡をかけたオクタヴィネル生とターバンを巻いたスカラビア生は、それぞれ寮長を務めているはず。
「どっちも頭脳派揃いって言われてる。筆記テストはそこ2寮がデッドヒートってカンジだよね。あ、でもスカラビアの寮長は勉強はそこまでって感じで〜」
「はーい。これ話が脱線するフラグ」
ケイトが話し始めると、すかさずエースが阻止した。少しおしゃべりらしいケイトに慣れてきたようで、この話をこれ以上広げさせる気もないらしい。
「お前、順応早いなぁ。話を戻すと、あっちのやたらキラキラしいのはポムフィオーレ寮。紫と赤の腕章をしてる」
「……あ」
「? あの子もクレアちゃんの知り合い?」
「まだ話したことはないけれど、同じクラスなの」
トレイが指したテーブルにいるポムフィオーレ寮生の1人は、クレアのクラスメイトだった。確か名前は――エペル。そう呼ばれていた気がする。
女子だと思ったらしいグリムが騒いでいるが、エースが冷静に否定する。実際エペルは男子で、意外と声も低いのだ。
ここで再び話を脱線させたケイトが、エースに西校舎の肖像画の女の子らしいロザリアをすすめている。クレアは少し会ってみたくなったが、いくら可愛くても平面では困るらしいエースははっきりと断った。
「ま、ポムフィオーレは顔面偏差値&美容意識ハンパない連中ってことで。寮長も、フォロワー数500万人いるマジカメグラマーだよ」
「おいおい。顔面偏差値だけで話を纏めるな。ポムフィオーレ寮は魔法薬学や呪術が優秀な生徒が多いのも特徴だ」
「あはは、そーでした」
入学式のときに目が合ったのでポムフィオーレの寮長の顔を覚えていたクレアは、確かにあの美しさならマジカメで大人気だろうと納得して頷いた。
「んで、次はイグニハイド寮だけど……青と黒の腕章のヤツ、このへんには座ってないな。あそこの寮、なんかみんなガード堅くてオレも友達いないんだよね。陽キャラ揃いのハーツラビュルとは正反対っていうか?」
「根暗が多いってことか?」
「えっ、根暗?」
寮長の中でクレアが顔を知らない2人のうち、1人がイグニハイドの寮長だ。
どんな人なのかと想像するクレアの横でグリムが根暗と言い放ったせいで、脳内で顔がぼんやりしたままのイグニハイド寮長は部屋の隅っこで体育座りをしてしまった。
「こらこら! 言い方! 確かに大人しい奴が多いイメージはあるけど。魔法エネルギー工学とか、デジタル系に強い奴が多い寮かな」
トレイが付け足した説明を聞いたクレアは、入学式の日に声だけ聞こえていた寮長がいたことを思い出した。デジタル系に強いのならきっとその人なのだろう。
さて、残り1つの寮は――。
「ディアソムニア寮は……いたいた。あの食堂の奥の特等席に固まってるメンツ。黄緑と黒の腕章が目印。あそこはなんつーか、超セレブっていうの? オレたち庶民が話しかけづらいオーラ放ちまくりなんだよね。寮長からして近寄りがたさMAXっていうか……」
ケイトが指したテーブルには、数人の生徒が座っている。見える範囲でサッと顔を確認してみるが、確かに話しやすそうなタイプには思えなかった。
「あれ? 子どもが混じってる」
「うちの学校は飛び級入学がアリだからな。でも、彼は子どもじゃないぞ。俺たちと同じ3年生の……」
「リリアじゃ。リリア・ヴァンルージュ」
突然頭上にぶら下がってきたリリアと目が合ってにんまりと目を細められたクレアは、驚いて耳も尻尾も毛をぶわりと逆立てた。
「お主ら、わしの年齢が気になるとな? クフフ。こんなにピチピチで愛らしい美少年のわしだが、確かにそこの眼鏡が言うように、子どもとは呼べない歳かもしれんな」
「ピチピチ……」
トレイが分かりやすく引き攣った顔をしたが、リリアは気にせず話し続ける。
「遠くから見るだけでなく、気軽に話しかけにくればよかろう。同じ学園に通う学友ではないか。我がディアソムニア寮はいつでもお前たちを歓迎するぞ」
クレアはもう一度ディアソムニア寮生が座るテーブルを見たが、気軽に話しかけてくれと思っているどころか、用がないなら絶対に話しかけるなと直接言われたような気持ちになった。特に、つり上がった眉の彼に。
「クフフ。食事中、上から失礼したな。ではまた、いずれ」
ふわりと姿を消したリリアは、元の席に戻っていったらしい。近くに気配がなくなったことを確認してから、クレアはなんとなく伏せておいた耳を元に戻した。エースも小声で怯えている。
「あっちの席とオレたちの席、軽く20メートル以上離れてんのに、オレらの話が聞こえてたってこと? コワッ!」
「ま、まあ……そんなわけで、ディアソムニア寮は少し特殊な奴が多いイメージだな。魔法全般に長けた優秀な生徒が多い。寮長のマレウス・ドラコニアは、世界でも五本の指に入る魔法士と言われてるくらいだ」
それにうんうんと頷いたケイトが、マレウスの名に反応する。まだ会っていない寮長の話を聞いたクレアも、名前だけでも覚えておこうと頭の中のメモに付け加えた。
マレウス・ドラコニア――。
「マレウスくんは正直、ヤバヤバのヤバだよね。つか、それを言うならウチの寮長も激ヤバなんだけど〜」
「ほんっとにな! タルトをひと切れ食ったくらいでこんな首輪つけやがって。心の狭さが激ヤバだよ」
そう愚痴をこぼすエースの背後に立った人物を見たクレアは、ぱちりと瞬きをしたのちに目をきらきらと輝かせた。彼女とエース以外は顔を青褪めさせているが。
「ふうん? ボクって激ヤバなの?」
「そーだよ。厳格を通り越してただの横暴だろ、こんなん」
「エース! 後ろ!」
「でぇっ! 寮長!」
デュースに言われてようやくリドルの存在に気がついたエースは、びくりと肩を揺らして冷や汗を流す。ケイトが、ごまかすようにリドルに話しかけた。
「おっと、リドルくん。今日も激ヤバなくらいかわい〜ね♪」
「ふん。ケイト。あまりおしゃべりが過ぎると、そのよく回る口ごと首をはねてしまうよ」
「いやいや、勘弁してよ〜!」
すると今度はグリムがリドルのことを思い出したようで、大きな声を上げた。
「ふな゛っ!? コイツ、入学式でオレ様に変な首輪つけたヤツだゾ!」
「キミたちは、昨日退学騒ぎになった新入生か。人のユニーク魔法を『変な首輪』呼ばわりするの、やめてくれないかな」
リドルはグリムやユウ、エースたちを見ると顰めっ面で冷たく言ったが、クレアと目が合うと、睨まれることも何かを言われることも特になく視線が逸らされた。
「まったく。学園長も甘い。規律違反を許していては、いずれ全体が緩んで崩れる。ルールに逆らったやつは皆、ひと思いに首をはねてしまえばいいのに。学園長はキミたちを許したようだけど、次に規律違反をしたらこのボクが許さないよ」
顔に似合わず言うことが怖いと小声でボソボソ言ったエースは、愛想良くしようという努力が窺える顔でリドルに声をかけた。
「………あのー、ところで寮長、この首輪って……外してもらえたりしませんかね?」
「反省しているようなら外してあげようかと思っていたけど、先ほどの発言からしてキミに反省の色があるようには見えないな。しばらくそれを付けて過ごすといい」
やはり、先程のエースの『激ヤバ』がいけなかったのだろう。
「心配しなくても、1年生の序盤は魔法の実践より基礎を学ぶ座学が中心だ。魔法が使えなければ昨日のような騒ぎも起こさなくて、ちょうど良いだろう?」
……首輪は外してもらえそうにない。
「さあ、昼食を食べたらダラダラしゃべっていないで、早く次の授業の支度を。ハートの女王の法律・第271条『昼食後は15分以内に席を立たねばならない』。ルール違反は……おわかりだね?」
エースたちハーツラビュル寮生を見回しながら、リドルが目を細める。
「はぁ、また変なルール……」
「返事は『ハイ、寮長』!」
「「はい、寮長!」」
「よろしい」
「まあまあ、俺がちゃんと見張っておきますから」
「……フン。キミは副寮長なんだから、ヘラヘラしてないでしっかりしてよね」
声を揃えてエースたちが返事をしたことに満足したらしいリドルはトレイに宥められ、更なる小言はやめておく気になったようだ。
「ボクはハートの女王の法律・第339条『食後の紅茶は必ず角砂糖を2つ入れたレモンティーでなければならない』を守るために、購買に角砂糖を買いに行かなきゃならないから、これで失礼―――全く、シュガーポットに角砂糖を切らすなんて、重罪だよ……」
リドルがぶつぶつと何か呟きながら大食堂を出ていくと、クレアたちのテーブルだけでなく、他のテーブルからも溜息が聞こえてきた。