09
リドルの怒りを買ってパーティー会場から閉め出されたエースたちは、バラの迷路で突然首だけを現した――首から下は消していただけで、身体はちゃんとあるようだ――チェーニャという青年と話をしていた。
「俺はアルチェーミ・アルチェーミエヴィチ・ピンカー。猫のような、人のような魔力を持った摩訶不思議なヤツ」
「アルチェ……なんだって?」
「みんなチェーニャって呼ぶかねぇ」
誰にも見覚えがないこの青年は、猫のように耳が頭上に生えてはいるが、グリムが聞いた限りサバナクロー寮生ではないようだ。服装も制服ではない。
「オレは暴君に理不尽な目にあわされて機嫌が悪いんだよ。どっか行け」
「リドルが暴君……フフフ。まあ、そう言えなくもないかもしれないけどにゃあ。ちっこい頃からあいつは真面目なヤツだもんで……フフフ」
「何か知ってるのか?」
「知っとるといえば知っとるし、知らないといえば知らにゃあ」
「どっちなんだゾ」
また変な人が増えてしまったなとユウやグリムから呆れた目を向けられても、チェーニャはにんまりと笑ったままエースたちをぐるりと見回している。
「なあにぃ? 君ら、リドルについて知りたぁの?」
「ああ知りたいね! どうやって育てりゃあんな横暴に育つのか」
「それじゃあ、あの眼鏡に聞いてみにゃあ」
「眼鏡って……クローバー先輩のことか?」
「あいつはリドルがちっちゃい頃からよう知っとるよ。リドルについて知りたいなら、俺ならまずあの眼鏡に聞くにゃあ」
どうやらリドルの過去について何か知っているようだが、自分から教えてくれる気はないらしい。トレイに聞いてみろとだけ言い残して、チェーニャは鼻歌とともにゆらりと姿を消した。
首輪がついたままでは授業が受けづらい。だがリドルに謝って外してもらうのも嫌なエースたちは、トレイを待ち伏せしようと図書室へ向かった。
▲▽
エースたちが謎の青年と話している頃。ハーツラビュル寮の談話室では、1人の寮生がリドルの前に呼び出され、かたかたと震えていた。
「ハートの女王の法律・第249条『フラミンゴの餌やり当番はピンク色の服を着用すること』。今日はキミが餌やり当番だったはずだよ。ピンク色の服は? 何故着ていないんだい?」
「申し訳ありません、洗濯中で……り、寮長! どうか、首をはねるのだけは!」
「キミがルールを破るのはこれで2度目だ。もう看過できない。『
首輪を嵌められた寮生の叫び声が響き、遠くから様子を窺っていた寮生たちが首を縮こませる。
リドルは首輪を嵌めさせた寮生に5000文字の反省文と庭の草むしり1週間を命じ、それが終わるまで魔法を封じられることになってしまった寮生は、ぼろぼろと涙を零して項垂れた。
「ボクだってやりたくて首をはねてるわけじゃない! キミたちがルールを破るからだろう!? ルール違反を軽視することは、キミたちのためにならないんだ。わかったね。トレイ、ケイト。彼を外へ」
「「………はい、寮長」」
▼△
寮から飛び出してきたクレアは、早歩きで図書室へ向かっていた。
さっきのレオナは何、どうして気持ちがそわそわするの――頭の中で浮かぶ疑問たちを、クロエとノアが笑うような気配がある。笑い事じゃないのにと、まだ少しだけ赤い頬を膨らませつつ廊下を進むと、向こうからエースたちが歩いてきた。
「みんな! もうパーティーは終わったの?」
「クレア。それが色々あってね……」
「オレ様まで首輪をつけられちまったんだゾ!」
「ほんとだ、エース以外にも首輪が…」
彼らの行き先も図書室らしい。なんでまた、と思いながら話を聞いていれば、どうやら例の
「――で、クローバー先輩をここで待ち伏せすることにしたんだ」
「へぇ…トレイとリドルって幼馴染なんだ……ああ、私まず本を返してくるね」
「うん。この辺にいるから」
「すぐ戻るね」
ユウが指した本棚を覚えてから、本を返却する。ついでに別の教科の予習に使えそうな本が視界に入り、1冊借りることにした。ユウたちがいる棚へ戻ると、返しに行っていたんじゃなかったのかとデュースが本を指した。
「次のを借りたの」
「薬学の本か……勉強熱心だな、僕も見習わないと。お、来たんじゃないか?」
「本当だ」
「クローバー先輩」
「! お前たちか……」
皆の予想通りマロンタルトのレシピ本を返しに来たトレイは一瞬だけ目を丸めたが、リドルのやり方に納得がいかないとエースが言い、デュースの口からチェーニャの名を聞くと、小さく息を吐いた。
「つーかよぉ、リドルよりオマエのほうが年上なんだろ? ビシッと怒ってやればいいんだゾ」
「もちろん、必要があればそうするさ。でも……俺にはあいつを叱ることなんかできない」
「なんで!」
「リドルの全ては、厳しいルールのもとで“造られた”ものだからだ」
トレイは、リドルの幼い頃のことを後輩たちに話して聞かせた。
リドルの両親は地元では知らない人がいないほど有名な魔法医術士らしく、特に母親は優秀で、リドルにも優秀であることを求めた。そのためリドルは、起きてから寝るまで学習プログラムが分刻みで決められた生活をしていた。
食事に衣服、消耗品から友達まで、全部が決められていた。それでも両親の期待に応えるために黙って全てをこなし、10歳であのユニーク魔法を完成させた。成績もエレメンタリースクールからずっと、学年首位を保持し続けている。
「――それがどんなに大変なことか、想像もつかない」
「つまり寮長がああなのは、親のせい?」
「リドルは、厳しいルールで縛ることが相手のためになると思ってる。厳しいルールで縛られて、恐れで支配してこそ成長できると信じてるんだ。かつて自分がそうだったように。そして、ルールを破るのは絶対的に悪だと思ってる。だって……」
「ルール違反を肯定すれば、ルールによって造られた自分の全てを否定することになる……ってこと?」
エースが言葉の先を言うと、トレイは肯定するように少し間をおいてから再び口を開いた。
「お前たちがリドルを横暴に思うのはわかる。リドルのやり方が正しくないことも。だけど、俺には……やっぱりあいつを叱ることなんてできない」
「…………今の話を聞いて、よーくわかった。リドル寮長があんななのは、アンタのせいだわ」
皆が黙り込んでしまう中、エースが不機嫌な顔でキッとトレイを睨む。もちろんトレイもデュースもグリムも驚いたが、ユウとクレアは真っ直ぐにトレイを見ていた。
「リドル寮長が親を選べなかったのはしょうがない。でも、アンタは少なくとも寮長の親が寮長にやってたことは間違ってるって、昔から思ってたんでしょ!?」
「それは……」
「今の寮長が親と同じ間違いしてるって思ってるなら、ちゃんと言えよ。直してやれよ。可哀想な奴だからって同情して甘やかして、どうすんの? アイツがみんなに嫌われて孤立してくの、見てるだけ?」
「………」
言い過ぎだというように止めに入るデュースを無視して、エースが捲し立てる。
「それとも何? アンタも首をはねられるのが怖くて黙ってるって? ダッセえな!! 何が幼なじみだ。そんなんダチでもなんでもねえわ!」
「コラ! 君たち! 図書室では静かにー!!! あっ! クレア、貴女まで一緒になって騒ぐなんて!!」
「ひゃあ!!」
「アンタが一番声でけぇんだゾ」
「おっと、失礼。ゴホン。まったく、図書室は静かに勉学や読書に勤しむところですよ」
保護者から突然怒鳴られて、クレアは耳を勢いよく伏せた。クロウリーの視線を逃れるようにデュースの後ろに隠れると、そのまま彼が睨まれることになったのか居心地が悪そうに身動いだ。
「すみません……学園長はどうしてここに?」
「ユウくんが元の世界に戻る方法について調べに来たんですよ。ちゃんと忘れていませんとも。私、優しいので。やはり調べ物といえば図書室ですからね。別に新しく入った小説の続きが気になって誰よりも早く借りに来たわけではありませんから。オッホン。ところで、みなさんお揃いで険しい顔をして、どうしたんです?」
それが、とデュースが訳を話し始める。合間にエースが私怨のこもった補足をするので、クレアは彼の背を「どうどう」と撫でる役に徹した。
「なるほど、そんなことが……。首輪を外してくれと謝るのも嫌だけど、穏便に寮長を説得できる気もしない、と」
「まあ、そんなとこ」
「そうですねぇ。そんなに寮長とウマが合わないというのなら、転寮するという選択肢もありますが」
クロウリーはそう提案したが、今所属している寮は魂の資質によって闇の鏡が選んだもののため、変えるとなるとかなり面倒な手続きや儀式が必要になると付け加えた。エースは渋い顔をする。
「転寮かぁ。でもそれって、アイツに負けて逃げてるカンジがしてスッキリしねぇなあ」
「ふむ。ではローズハートくんに決闘を申し込んで、君が寮長になっちゃえばいいんじゃないですか?」
にっこり笑ってクロウリーが言うと、図書室にクロウリーとクレア以外の全員の叫び声が響き渡り、あちこちから視線が突き刺さった。クレアだけは“その手があったか!”とわくわく顔でクロウリーを見ている。
「こらっ! 声が大きい!」
「学園長が変なこと言うからだろ」
「変でもなんでもありませんよ。ローズハートくんだって、そうやって寮長の座を手に入れたんですから」
このナイトレイブンカレッジでは、前寮長から指名されたり、現寮長に決闘で勝利したりなど、いくつかの方法で寮長になることができる。
喧嘩など魔法を使っての“私闘”は禁じられているが、正式な手順を踏んで学園長立ち会いのもとで行われる決闘なら、話は別だという。
トレイが言うには、決闘の相手に事前にハンデを課すことは禁止で、リドルに謝ることなく首輪も外してもらえそうだ。
「寮長に挑む権利は、入学した瞬間から全生徒に与えられていますよ。どうしますか? トラッポラくん。ローズハートくんに挑みますか?」
「おっし。ならいっちょやってやろうじゃん」
「なら僕も」
「オレ様もだゾ!」
エースに続いてデュースとグリムまで名乗りを上げるが、残念なことにグリムだけは、ハーツラビュル寮生ではないのでリドルに挑めないようだ。肩を落とすグリムの首輪は、エースが寮長になれたらリドルに命令して外してやるらしい。
「お前たち本気か? デュースまでそんなこと言い出すとは思わなかったぞ」
「そうですか? 男なら、一度はテッペンとってみたいじゃないっすか。挑むなら断然、チームのカシラっすよ」
「出た。ワル語録」
「えっ? 普通……だろ?」
「では、決闘の手続きは私が請け負いましょう」
「おじ様! 私、見学しに行ってもいい?」
「ええ、私が立ち会いますし。まあ大丈夫でしょう」
心底驚いた様子のトレイが冷や汗を流す横で、デュースがまるで殴り合いの喧嘩を始めるかのようにバキバキと指を鳴らす。
クレアは保護者から無事に見学の許可が出たので、にこにこと上機嫌になった。その隣に立ったユウが、何か作戦を立てたほうがいいと口を開く。
「だな。ってわけで、何かいいアイデアない?」
「うーん。正直、魔法では寮長に勝てるイメージが湧かないな。でも、拳でなら勝てるかもしれない」
「確かにアイツ貧弱そうなんだゾ!」
「あれ? でも……」
何か引っかかる気がしたクレアがクロウリーを見ると、目が合った彼は「あ」と思い出したように声を漏らした。
「おっと、言い忘れてました。この決闘では、魔法以外の攻撃は使用禁止ですからね」
「え゛っ」
「……だよね」
「はっはっは! ルールを守って楽しい決闘! 決闘手続きは明日には終わっていますので、挑むタイミングはご随意に。では、私はこれで。クレア、宿題と予習復習をわ」
「すれずに終わったよ、さっき」
「よろしい。ん? 貴女……なんか首筋が赤くないですか?」
「!! お、おじ様の気のせい! さあ早く行って決闘の手続きをしてあげて!」
「こらこら押さない! あと図書室では静かに!」
ぐいぐいと背を押してクロウリーを追い出したクレアは、とりあえずは問い質されずに済んだので大きな溜息を吐いた。
拳での攻撃が禁止と聞いて動揺しているエースたちには、クロウリーとの会話は聞こえていなかったらしい。ユウも「あの人本当にクレアの保護者なんだなぁ…」とポカンとしているだけだった。
「オレ様の首がかかってんだから! きばるんだゾ!」
「お前たち……」
「オレが寮長になったら、ぜってぇ『ボクが間違ってましたゴメンナサイ』って言わせてやるからな! あと変なルールで寮生を雁字搦めにするのも辞めさせてやる!」
「応援に行くからね、エースもデュースも頑張れ!」
▼△
「また不思議な夢?」
――鏡面が、揺れる。
自室で眠っていたユウは、今夜もあの“夢”を見ているようだ。
「言わせてもらうわ! なにが女王陛下よ! あなたはワガママで底意地の悪い暴君じゃない――」
「――フ、フフフ。お前、今なんとお言いだったね?」
「アンタはワガママで底意地の悪い暴君だとさ♪」
水色のワンピースを着た少女がハートの女王を指差して叫ぶと、ひくりと口の端を引き攣らせた女王が聞き返す。そこに現れたチェシャ猫が少女の言葉をそっくりそのまま繰り返せば、女王は怒りで見る見る顔を真っ赤に染めた。
「うぎいいいいいい、首をおはねーー!!!」
「女王の命令だぞ! 首を切れ〜!」
女王の声と同時にトランプ兵たちが大勢出てきて、少女を捕らえようとする。周りで見ている者たちは、ハートの王様を含めてその命令に誰も口を出さなかった。
「……なんで誰も、女王を止めないんだろう……」
そう呟きながらユウが目を覚ますと、そこはへんてこな国のおかしな裁判の風景ではなく、オンボロ寮のベッドの上だった。すっきりしない気持ちのままぐっと伸びをしているところへ、グリムとエースが入ってきた。
「ユウ〜! おっ、もう起きてたんだゾ」
「今日は決戦日だ! さ、行こうぜ。鏡舎でクレア拾わねーとだし」
「――うん。今行く」