08
「我らがリーダー! 赤き支配者! リドル寮長のおなーりー!」
「リドル寮長、バンザーイ!」
ハーツラビュル寮のパーティー会場に、寮長のリドルが現れる。彼は会場である庭をぐるりと見回すと、ひとつ頷いた。
「うん。庭の薔薇は赤く、テーブルクロスは白。完璧な『なんでもない日』だ。ちゃんとティーポットの中に眠りネズミは入ってるんだろうね?」
「もちろん。もしもの時の鼻に塗るジャムも万全です」
「よろしい」
この時点で何を言っているのか分からずに頭上にクエスチョンマークを散らしているユウは、グリムの声で我に返った。ハーツラビュル寮の寮服が羨ましいらしい。
ハートの女王の法律でもパーティーの日は正装と決まっているため、ユウたちに付き添っていたケイトがマジカルペンを振り、1年生たちの服も着替えさせた。
「おお……!」
「おーっ! めっちゃイケてる!」
「にゃっはー! かっけーんだゾ!」
「すごい、オレまで……みんなよく似合ってるよ」
ケイトは同寮生のエースとデュースだけでなく、ユウのネクタイやグリムのリボンも特別にハーツラビュルらしい赤と黒のデザインに変えてくれた。
「クロッケー大会の前にまずは乾杯を。ティーカップは行き渡ってるね? では、誰の誕生日でもない、なんでもない日を祝して! 乾杯!」
着替えを済ませた彼らがマロンタルトを持ってハーツラビュル寮生たちの乾杯に混ざると、今がチャンスじゃないかとケイトがエースに耳打ちする。
「よし………。あの〜、寮長」
「キミは……ああ、タルト泥棒の1年生か」
「えーっと、タルトを食べちゃったことを謝りたいと思って、新しくタルトを焼いてきたんですけど」
「ふぅん? 一応聞くけど、何のタルトを?」
「よくぞ聞いてくれました! 旬の栗をたっぷり使ったマロンタルトです!」
するとリドルは驚いて、たちまち顔を険しくさせた。嫌な予感がしたユウは、サッとグリムやデュースと目を合わせる。
「マロンタルトだって!? 信じられない!」
「えぇっ?」
「ハートの女王の法律・第562条『“なんでもない日”のティーパーティーにマロンタルトを持ち込むべからず』。これは重大な
法律は一体何条まであるのかと1年生たちが驚くが、リドルは全810条を全て記憶しているらしい。先程までの笑顔を引っ込めたケイトがトレイに耳打ちをする。しかしトレイでも第350条までしか暗記できておらず、タルトのルールは初耳のようだった。
「ハートの女王の厳格さを重んじるハーツラビュル寮長であるボクが、この違反に目を瞑ることはできない。マロンタルトはすぐに破棄しろ! それから、こいつらを寮外へつまみ出せ!」
「ちょっと待てよ! そんな無茶苦茶なルールあるか!」
「そうだゾ! 捨てるんだったらオレ様が食う!」
リドルがタルトの破棄を命じるが、苦労して作った物をはいそうですかと黙って捨てさせるエースたちではない。反論するエースとグリムの前に、トレイとケイトが進み出た。
「寮長、申し訳ありません。マロンタルトを作ろうと言ったのは俺です」
「そうそう。まさかそんな決まりがあるなんて、全然思ってなくて」
「作ったことが重要なんじゃない。今日! 今、ここに! 持ち込んだこと“だけ”が問題なんだ!」
ぽかんとして成り行きを見ていたユウが、きゅっと眉を寄せる。本当にどうかしている――そう思ったときには、口が動いていた。
「……そんなおかしなルールに従ってるなんて馬鹿みたいだ。頑張って作ったのに、その言い方はないんじゃない?」
「そうだよ。さっきから聞いてりゃ、おかしなルールばっか並べやがって。馬鹿じゃねーの」
「馬鹿……だって?」
エースもユウに同意する。2人が口々に言った“馬鹿”という言葉にリドルがひくりとこめかみを引き攣らせると、これ以上はまずいとすかさずケイトが止めに入った。
「ちょ、ストップ! それは言っちゃダメなやつ。あとリドルくんも、こいつらまだ入学したてほやほやの新入生だからね」
「いーや言うね。そんなルールに従ってタルトを捨てるなんて、馬鹿だって思うだろ。ふざけんなよ」
「俺もエースに賛成です。もちろん、ルールは守らなければいけないものだとは思いますが……さすがに突飛すぎる」
庇ったケイトの言い訳も虚しく、デュースまでもがリドルに意見する。
「ボクに口答えとはいい度胸がおありだね。いいかい。小さなルール違反が、大きな問題に繋がるんだ」
「他の奴らも、魔法封じられるのが怖くて言い出せないけど、こんなのおかしいと思ってるんだろ!?」
「へえ、そうなのかい?」
自分たちを取り囲んでいる寮生たちにエースが問い掛けるが、いつ爆発してもおかしくない状態のリドルにぎろりと睨まれては賛同できるはずがない。全ては寮長の決断次第だ、とリドルが望む返事を返すだけの寮生たちに、エースは舌を打った。
「ボクが寮長になって1年。ハーツラビュル寮からは1人の留年者・退学者も出していない。これは全寮内でハーツラビュルだけだ。この寮の中でボクが一番成績が優秀で、一番強い。だから、ボクが一番正しい! 口答えせず、ボクに従っていれば間違いないんだ!」
トレイが難しい顔で黙り込む。エースたちの登場でざわざわとしていた寮生たちは、しんと静まり返っていた。
「ボクだって、やりたくて首をはねてるわけじゃない。お前たちがルールを破るからいけないんじゃないか。――ボクに従えないのなら、まとめて首をはねてやる!」
「みんな、ほら、“はい、寮長”って言って」
頼むから、という顔でケイトが言うが、1年生たちは真っ直ぐにリドルを見る。
「…………言えません」
「………自分も、嫌です」
「こんなワガママな暴君、こっちから願い下げだ!」
「今、なんて言った?」
「オマエはおこりんぼでワガママで、食べ物を祖末にする暴君って言ったんだゾ!」
リドルは怒りで震え始めていたが、グリムが余計な尾びれ背びれまで付けて言い直したことで、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「『
「ぐええ! またこの首輪なんだゾ!!」
「くそっ、外れない!」
「トレイ、ケイト! こいつらをつまみ出せ!」
「「…………はい、寮長」」
デュースとグリムにまで首輪を嵌められてしまい、味方してくれていたはずのトレイとケイトもこれ以上リドルを刺激するわけにはいかず、エースたちをパーティー会場から追い出すしかなかった。
「それじゃあエースちゃんたち、まったね〜」
「謝れば寮に戻れるように、寮長はなだめておくから」
「くっそーー!! ぜっっってぇ謝らねえからなーー!!!」
リドルに逆らった1年生たちが閉め出された後のパーティー会場では、リドルの機嫌が直らないままピリピリした空気でプログラムが進められていた。
「ふぅ……まったく。さあ、気を取り直してパーティーの続きだよ。今日はクロッケー大会もしなくちゃいけないんだから。ああ、予定から15分も押してしまっている! 最悪だ!」
「はい、寮長……」
「……お前、ほんとにこれでいいわけ?」
「………俺にはどうすることもできないよ」
こそりと低い声で言うケイトに、トレイは緩く頭を振るだけだった。
▼△
その頃クレアは寮の談話室でおやつを食べながら、エースたちは上手くいったのだろうかと考えていた。ぼんやりしながら頬袋いっぱいにクッキーを詰め込んでもりもり食べ続けるクレアの横では、レオナが怠そうにあくびをしている。
レオナの指示でわざわざ購買部のミネラルウォーターを買ってきたラギーは、そのだらしのない光景を見た途端、本日すでに3度目となる溜息を吐いた。
「アンタら見てると気が抜けるッス」
「うるせぇな」
「クレアはそんなに一気に食べない! リスみたいになってるッスよ、はい水」
「んむむ」
「はいはい、飲み込んでからでいいから」
礼を言っていることぐらいは分かるので、分かった分かったと適当に頷く。レオナとクレアが2人だけでいるのも珍しいような気がしたが、入学から4日目では珍しいも何もないかと、ラギーは考えるのをやめた。
「ハーツラビュルのヤツらと何かあるんじゃなかったんスか?」
「パーティー終わったら感想聞きに行くの。それまでジャックと昨日の課題しようと思ってたのに、もう済ませたから筋トレするんだって断られた」
「へー」
「だからレオナを起こしたの」
「へー……えっ」
勝手にクレアの皿に手を伸ばしていたラギーが、クッキーをぽとりと取り落とす。
――起こした? オレが出てった後に二度寝したのであろうレオナさんを? 絶対、相当に機嫌悪かったと思うけど?
「えっ……人の課題見てやるために起きてくれるような人じゃないッスよこの人……」
「あ?」
「うん。全然起きないから、課題見てってお腹の上で暴れたら起きたよ」
「あんなの、うるさくて寝てられるかよ。あとお前、1人で男の部屋に入ってくるな」
「どうして?」
本当に分からないらしいクレアの頭を、飛び出してきたノアとクロエがそれぞれ引っ叩く。レオナとラギーはどこか遠い目をしながらそれを眺めていた。
「痛い!」
「どうして? じゃねーんだよ!」
「食べられちゃうかもしれないでしょ! 男はみんな狼だと思いなさい!」
「? 私が知ってる人で狼らしいのは今のところジャックだけだよ」
「ちげーよ! ちげーよ……」
いまいち伝わらずに「もういい…」とげっそりしながらノアがすっと姿を消す。クロエは可哀想なものを見る目でクレアの肩をぽんと叩いた後、やれやれと首を振って消えた。
「痛かった……2人ともひどい。今のはなんだったの」
「あー……いいッスいいッス、もうこっちで気をつけるんで」
「何を?」
「…………」
「ちょっ…レオナさん?」
徐に腰を浮かせたレオナが、きょとんとしているクレアに顔を寄せる。至近距離まで来られても身構えもしない姿にラギーは軽い頭痛がしたが、次の瞬間には目眩にまで襲われることになった。
――がぶ。
「!??」
耳と尻尾の毛をぶわりと逆立たせるクレアを見ながら、ラギーは混乱していた。近くにいた寮生からも見えていたのか、何かをバラバラと床に落とす音が聞こえてくる。
――えっ。今この人何した? クレアの首筋噛んだししかも舐めなかった? うっわ歯形クッキリちょっと痛そ……じゃなくて!
「何してんスか!? ノアたちこんなときは出てこないし!」
「「いい薬になるかと思って」」
「それで黙って見てたんスか……」
「……食われるぞってのはこういう意味だ、分かったか?」
「わた、わたし、おいしくない」
「食ってみねぇと分からねぇだろうが」
「……!!!」
舌舐めずりをするレオナを見たクレアは、ずざざと後退ってラギーの後ろに隠れた。少しは意味が理解できたのか、顔から歯形の残る首筋まで丸ごと真っ赤に染まっている。
「わ、わ私……使った本を図書室に返してくる! クッキーは食べていいよ!」
「えっ、ちょっ」
課題と予習のために読んでいたらしい本を抱えて、クレアがぱたぱたと駆けていく。その背が見えなくなるのと同時に、ラギーは咎めるような目をレオナに向けた。
「……あーあ、レオナさんがいじめるから」
「いじめてねぇ。箱入りのお嬢サマに親切に教えてやったんだろうが」
「学園長にあんな歯形見られたら何言われるか」
「知るか」
「………」
椅子に座り直して面倒そうにあくびをするレオナの尻尾は、クレアの反応にいくらか気を良くしたのかゆるゆると揺れている。
――食ってみねぇと分からねぇだろうが。
もちろん揶揄いの意味が強かったであろう、あのとき。その目にだけは獲物を狙うような色が滲んでいたことに、一番近くで見ていたラギーだけが気付いていた。
「……はーぁ、クッキー食べよ」