07

 昨日と同じく朝早く叩き起こされたクレアは、目の下に隈ができていた。放課後に行方不明になっていたことについて、レオナたちから説明を求められたからである。

 土下座のまま素直に「ドワーフ鉱山でモンスターと戦っていた」と話すと、彼らが驚いたのは一瞬だけで、すぐに思い出したくもない酷い顔で睨まれた。
 巻き込まれたのであって不可抗力だと必死に訴えたら信じてはもらえたが、二度とするな、しばらくは誰かしらサバナクローの寮生と行動しろと叱られた。

 レオナたちとは出会ってまだ2日目、話したことのある寮生もまだ数人しかいない。そんな状況で彼らが――クロウリーに何か言われては堪らないという理由だったが――自分を探してくれるとは、クレアは思っていなかった。
 一度も関わりのない寮生からは当然、放っておけとか、だから女はとか、腹が減ったら戻るだろうという声も上がったようだが。
 クレアと面識のある寮生だけ集めて、レオナが探させたらしい。

「レオナは意外と優しいのかなぁ」
「それはどうかしら」
「おい、隈消すからこっち向け。クロエ、それ取って」
「はいはい」

 ラギーとジャックは怒らせたら怖いと学んだし、特にジャックには申し訳ないことをした。事情を説明した後さっさと部屋に戻っていった彼は、夜10時にはベッドに入る習慣らしい。昨夜は相当眠かっただろう。

「起きて……るッスね」
「ラギー」

 とても怒っていたし、今日はラギーは起こしに来てくれないのではとクレアは思っていたが、存外普通の顔をしていて安心する。ラギーはベッドに座ると、クレアの頬をギュッと摘んで引っ張った。

「いひゃい!」
「痛くしてんだからそりゃ痛いでしょ」

 前言撤回、まだ怒っているようだった。ラギーの気持ちは理解できるからか、ノアもクロエも特に止めなかった。

「……結構心配したんスよ」
「え?」
「なんでもないッス、さっさと支度してレオナさん起こすの手伝ってほしいんスけど」
「今終わるって、ちょい待ち」

 隈を消して化粧で顔色を整えてくれていたノアが満足げに頷き、クレアの顔の前で指を鳴らす。化粧が落ちないように魔法をかけてくれたらしい。

「……えっ、ノアくんたちって魔法使えるんスか……?」
「? なに今更、当たり前だろ」
「私たちクレアの魔法でできてるから、使うのはクレアの魔力だけどね」
「クレア本体の魔力が尽きなければ魔法も使える……ますます便利ッスねぇ」
「……クレアに頼まれれば考えなくもないけど、オレは基本何も手伝わねーからな」
「ちぇっ、ケチ」

 化粧を終えたクレアが今日使う教科書やマジカルペンを確認しているのを眺めながら、ラギーは昨日のことを思い出していた。

「レオナさん、昨日からどうしたんスか?」
「あ? 何が」
「なーんか様子おかしくないッスか? 昨日は入学式の後に何か考え込んでたし、今だって、いつもなら面倒だから放っておけって言いそうなもんなのにクレアを探してるし」
「…………」

 レオナが目を逸らすので、ラギーは確信した。やはりクレアに何かある。少し踏み込んで聞いてみるかと口を開いたが、先にレオナが話し始めた。

「……お前、アイツといて何も感じねぇのか」
「何……って、何がッスか?」
「…………甘ったるい匂いがすんだよ」
「甘ったるい? 雄とは違う匂いってことなら分かるッスけど、甘いとかは特には」
「………」

 ラギーはますます分からなくなった。

「香水か何かってことッスか?」
「香水ならお前だって分かるだろ」
「まあ、そうッスけど……とりあえず、その匂いが嫌ってことッスか? ずっと微妙な顔してますけど」
「…………いや。別に嫌いな匂いじゃねぇ、むしろ――」

 ――どうしようもなく、食ってやりたくなる。

 あれってやっぱ……そういうこと……ッスよね……? つまり何? 衝動的に食べちゃいそうになる匂いがすんの? レオナさんは本能的な一目惚れでもしたんスか? 相手は何も知らなそうな箱入り仔猫、しかも保護者がクロウリーっスよ? マジ? マンガとかおとぎ話以外でそんなことってあんの? レオナさん本人は自覚ナシか認めたくないのか分かんねーけど、だってあのレオナさ――

「ラギー? レオナ、起こしに行くんじゃなかったの?」
「っ!!」

 ――危な……声に出てなくてよかった。

 目と鼻の先に現れたクレアの顔に驚き、ラギーはベッドを下りて数歩離れた。
 レオナのこともあり、さりげなく化粧中に意識して観察していたクレアの容姿は、結構整っているほうなのでは、ということまで気づいてしまった。
 そして世間知らずの箱入り仔猫には、まずは他人、特に男との距離感をよく言い聞かせる必要がありそうだと思った。

「……レオナさんとこ行くッスよ」
「? はぁい。変なラギー」
「うるさい」
「朝ごはん何にしようかなぁ」
「…………」

 すでに朝ごはんのことしか考えていないクレアも、クレアに毛布を剥がされるなり不機嫌そうに唸るレオナも、そのレオナが腹いせに投げた枕が顔面に飛んでくる理不尽に怒っているラギーも、いつもより少しだけ遅く起きてしまったジャックも。

 この後クレアが2日連続でトラブルに巻き込まれることを、まだ誰も知らない。


 

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