うさぎの夜食

1日目の議論を終えた。今回はいきなり数度の決選投票があり最終的に3人程票が集中したが、検出されたグノーシア反応が少ない事もあり誰も冷凍しないとの結論を出し議論を終えた。
乗員全員が残るのも珍しいな、と思いセツと情報交換でもしようかと船内を歩き回っていた所、廊下でSQと出会した。

「お、丁度良いところにリツはっけーん!」

猛烈に嫌な予感がする。視線が合ったにも関わらず見なかった事にして来た道を引き返す訳にもいかず、機嫌良さそうに駆け寄ってくる彼女の相手をする事にした。良く見ると彼女の手には袋、のようなものが握られている。

「リツの事探してたんだよねー。はっ、思った瞬間に会えるなんて、もしかしてこれが運命……ってヤツ!?」
「大袈裟だね……。ところで何か用でも?」
「んー、そうデスな。ここだとちょっとアレかもだし、ちょっとこっち来て?」

誘われるがままSQに着いていくと娯楽に到着した。
誰かの嘘を見抜いたからその密告でもしに来たのだろうか。それとも他の人には言えない話でもあるのだろうか。何を切り出されても良いように心の中で身構えているとSQは手に持っていた袋を見せてきた。

「んっとね、今日の話し合いでリツ結構疲れてるみたいだったから気分転換にコレでも渡しておこうカナって思って」

そう言ってSQはゴソゴソと袋を漁り始めた。
確かにループの回数が嵩んで来た事、今日はいきなり決選投票が続いていた事から少し疲れていたのは本当だった。
感情論で行動するSQは能力こそ低いものの時折感を働かせ、誰かの嘘に気付く事もままあった。今回は私は嘘はついていないが、疲れた私の些細な変化も見抜かれてしまったのだろう。それを思ってわざわざ私を探してくれていたのだろうか。
嫌な予感がすると思っていてごめん……と内心彼女に謝っていると、SQは目当てのものを見つけたようでパッと表情を輝かせると「じゃーん!」と自慢げにそれを見せてきた。

「……………………SQ、あの」
「ん?何何?あまりの可愛さに声も出なくなっちゃった?」
「そうじゃなくて……それ、何?」
「ジョナス曰く、バニーガール?ってやつの衣装らしいよ」
「待って待って、ジョナスから貰って来たの?」
「うん。格納庫寄ったらジョナスがいてね、リツ励ましたいって言ったらくれた」
「ええ……?」

どこから何をつっこめば良いのかわからない。私を励まそうとしてくれたSQの心遣いはとても嬉しい。けれど彼女が手に持っている黒が基調の衣装は、布面積がとても少なかった。どう見てもその作りでは腕や脚がもろに出てしまうし、胸も半分くらいしか隠せないんじゃないだろうか。というか明らかに女性物のこれをジョナスが持っていたのか。

「ジョナス気持ち悪いな……」
「SQちゃんもぶっちゃけそれは思った」
「尚更何で持って来たの……」
「ジョナスは要らないって言ってたけど勿体無いし、気分転換には衣装替えが一番かなーって」
「ああ、うん……気持ちはわからなくはないけれども……」

よりによってこれを貰って来たのか……というか廊下でこれを出されなくて良かった。もしラキオあたりとすれ違っていたら侮蔑の眼差しを向けられていたに違いない。
戸惑いを隠せずに狼狽えているとずいっとバニーガール?の衣装を差し出される。

「というワケでリツ、これに着替えてみたらどう?これ着て気分も晴れやかにズバッとグノーシア問題を解決!なんちて」
「ごめん、それは無いかな」
「えー……でもSQちゃん、リツがそれ着てるのみたいなー」
「ここで『哀しむ』のはやめて」

頑なに差し出されるのでこちらが折れて衣装を受け取ると、改めてその布面積の少なさにうわぁ、と内心声が漏れた。
SQは何を期待しているのかこちらを見つめているが、衣装であってもこれは服として色々頼りなさすぎる。これの元々の所有者がジョナスという点も合わせて考えると軽く頭痛がしてきた。明日はジョナスに投票しようと現実逃避しているとSQは袋をまたも漁り出し色々私の目前に並べていく。
これは……網タイツ、ハイヒール、それから襟と蝶ネクタイだろうか。それらを見て益々意欲が下がる私には目もくれず、SQは不思議そうな顔をして袋をひっくり返したり中身を確認したりしている。

「ありゃ?もう1個あったと思うんだけど……んん、もしかして落としちゃった?あれが無くちゃバニーじゃないのに……困ったのう」
「SQ……あの、これ……」
「SQちゃん、ちょっと探しに行ってくるからその間にリツそれ着といてね」
「えっ、待って1人にするつもり!?」
「ダイジョーブ!すぐ戻って来るからさっ!んじゃ、ヨロシクねー」
「ちょ、待っ」

そう言うとSQは足速に娯楽室を出て行ってしまった。残されたのは私とバニーガールの衣装セットのみ。ここは娯楽室のはずなのに静寂が耳に痛い。
はっきり言ってしまえば着たくない。けれどSQなりの気遣いでわざわざこれを調達して持って来てくれたのだ。
ここで着替えなかったとしても、どうせ探し物とやらを持って戻って来たSQががっかりした顔をして哀しんでくるに違いない。彼女のあの顔には何故だか弱いのだ。
さっと着てSQに見せて、空間転移が始まる前に着替え直せば何ら問題は無いだろう。ずっと同じ時間を繰り返すのなら、偶には違う行動をして思い出を残すのも良いかもしれない。そう思って人目が無い事を確認して衣装を着てみる事にした。

「……や、やばい……」

どうしよう。思った以上に布面積が少ない、というかサイズが小さいのか少し肌に食い込んだり露出が多くなったりしてしまっている。胸も大分ギリギリで谷間なんかは丸見えだ。お尻の方も心許なく下げようと衣装を引っ張れば間違い無く胸が出てしまう。あと着けていないのは襟と蝶ネクタイだけだが、こんなものでは丸見えの胸元なんて何も隠せない。こんな所誰かに見られてしまったら私は真っ先にコールドスリープ室へ向かい自ら冷凍睡眠してやる。
最後にこれを着けるべきかと襟と蝶ネクタイのセットと睨めっこしていると娯楽室のドアが開く音がした。恐らくSQだろう。少しでも待たせた事に対して文句を言ってやろうとドアを見やった。

「SQ!遅い……よ……」
「…………あ?」

そこに立っていたのはSQ……ではなく沙明、だった。
暫しの間、お互い固まってその場を動けずに互いを凝視していた。しかし先に動いたのは沙明で、つかつかといつになく真剣な表情でこちらに早足で歩み寄ってくる。
それに気付いた私は咄嗟に持っていた襟と蝶ネクタイと沙明の顔面に向かって渾身の力で投げつけた。だがそれは呆気なく避けられてしまう。

「嘘!?」
「リツ……お前……」
「いやあの、これは違……!SQが持ってきて、私の趣味なんかじゃ……ひっ!?」

あたふたと慌てていると急に距離を詰めてきた沙明に手首を掴まれてしまった。振り解こうにも力はやはり男性のそれで簡単には解けなかった。視線が私の全身に注がれる。
手首を掴まれた所為で心許ない胸元を隠そうにも隠せないし、履き慣れていないハイヒールでは足元も覚束ず抵抗らしい抵抗も出来なかった。

「俺の為にその格好で待っててくれたんだろ?みなまで言うなって。流石にそこまで俺も無粋じゃねーっての」
「そんな訳ないでしょ!さっきも言った通り、これはSQが勝手に……!」

抵抗を続けるもぐいぐいと押され後退してしまう。すると膝裏に何かが当たり、がくんと背後に倒れて床にぶつかってしまう……かと思いきや、後頭部と背中に当たったのはぽすりと柔らかい感触だった。
娯楽室に常設されているソファだ。固い床に頭をぶつけずに済んだのは幸いだったが、何と沙明はソファに倒れ込んだ私にそのまま覆い被さってきた。

「やっ……は、離して……!」
「直接言ってくれりゃ良かったのによ。でも、これがリツなりのお誘いってヤツだろ。……悪ィな、察してやれなくて」
「な、何勘違いして……!?……っいや、お願、やめて」

この状況は本格的にまずい。そう思って抵抗しようと暴れたがその度に衣装がズレるのがわかり途端に動けなくなってしまう。脚をバタつかせた拍子で片方のハイヒールが脱げて床に落ちた。
膝を割って沙明の脚が入り込んで来た。いつものように厭らしい笑みを浮かべず、切長の瞳が私を射抜いている。顔が近付いて、は、と熱い吐息がかかった。
これは、本気で駄目だ。半泣きになりながらぎゅっと目を固く瞑れば、『ガスッ』という痛そうな音が響いた。直後、沙明の頭が肩口に落ちてきて「ひゃぅ!」と変な声が出てしまった。沙明が力を無くしたように私に全体重を乗せてくる。
何が起こったのかわからない。だが、その後も沙明が動く気配が無い。恐る恐る目を開けると沙明の頭が見えた。ぴくりとも動かないし、手首を掴む力も緩んでいる。
頭に疑問符を浮かべていると突如沙明が視界のから消えた。というより、ずるりと力無く私の上から転がり落ちて床と激突した。
自由に動けるようにはなったが、何事かと状況が飲み込めずにいると、バタバタと足音がしたかと思えば見慣れた顔が覗き込んできた。

「リツ!!大丈夫?何もされてないよね!?」
「え、あ……セツ……?」

セツが優しく手を引いて起こしてくれてソファに座り直す。何でセツがここに、と思っていると心配そうな表情でセツが口を開いた。

「SQが変な物を持ってリツがいる娯楽室に行くというから着いて来たんだ。衣装替えをしていると聞いたものだから。
……けれど、その前に沙明がここに来るのを見ていてね。嫌な予感がして来てみたら……案の定だったよ」
「セツー、これ変な物じゃなくてウサ耳って言うんだZE」
「私からしてみれば変な物に変わりはないさ」

SQも戻って来ていた。しゃがんでつんつんと倒れた沙明をつついている。
というか、やはり沙明は気を失っていた。何故こんな事に、と思っているとSQが何故か床に落ちていたウサ耳を拾い上げた。

「ていうかセツの豪速球……もとい豪速ウサ耳ヤバくNE?沙明の頭にクリーンヒットかつ気絶したんですケド」
「このくらいでもしなきゃあわや大惨事だっただろう。これで良いんだよ」

どうやらセツが投げたウサ耳が沙明の頭に当たって、それが原因で彼は気絶したらしい。先程の『ガスッ』という音はそれだったようだ。私は助かったが……大分痛そう、というかウサ耳という代物の割にやばい音がしたから沙明は大丈夫じゃないかもしれない。
セツは近くに置いてあった私の服を持ってきてくれるとすぐに着替えるよう促す。

「リツ、すぐに着替えよう。もうすぐ空間転移の時間だから自室に戻らなきゃいけないしね」
「あ、もうそんな時間なんだ……。ごめんね、セツ」
「ううん、このくらいお安い御用だよ。それよりも、何も起こってないようで本当に良かった」
「うん……ありがとう」
「ねぇー見てセツ、リツ。沙明コレどう見ても勃っ」
「着替えている間は私が見張っておくよ。後の事は私に任せて。SQも衣装を回収したら早く自室に戻るんだ。いいね?」
「はーい」

セツに言われた通り、手早く着替えを済ませて衣装をSQに渡す。SQは楽しかったようで上機嫌のまま自室へ戻って行った。
気絶した沙明はどうするのか、とセツに尋ねたが私を安心させるように微笑むばかりで「心配しなくても大丈夫」の一点張りで具体的な事は教えてくれなかった。SQに続いて私も娯楽室を出た後、廊下でずるずると雑に何かを引き摺る音が聞こえたが……きっと気の所為だろう。

eclipsissimo