あの子のロッカーの中身が見たい

※わん!時空。



掃除係を命じられた為、社内を掃除する事になった敦。
それを見かけた太宰が敦を手伝ってくれる事になったのだが、「社員達の私物ロッカーの中だって掃除しないと!」と云い出し、掃除という名目で社員のロッカーを勝手に開けて中を見ようとし始めた。
人のロッカー開けたらダメでしょ!と止めたのだがそう云った処で太宰が止まる筈もなく、あれよあれよと国木田、乱歩、そして太宰のロッカーの中身を見る羽目になってしまった。(与謝野のロッカーは怖かった為スルー)
思ったより面白くなかったのか自分のロッカーを敦に見せて満足したのか、なんか飽きてきたね〜と太宰が云い出した。もう掃除はやめて餡蜜でも食べに行こうか☆とか彼は云っているが掃除なんて何も進んじゃいない。散々振り回されただけでどっと疲れてしまった。
まぁ個人のロッカーを勝手に掃除する訳にも行かないのでその提案に乗ろうとした処で急に太宰が「あっ!」と声を上げた。
また何か思いついたのかと思って太宰を見るとしまった、とでも云いたげな表情をしていた。急にどうしたんだろう。また何か変な事を云い出すんじゃないだろうな。

「私とした事が重要な事を忘れていたなんて…」
「えっ何ですか急に……」
「祈のロッカーまだ見てない!」
「えええええええええええ」

まだ懲りてなかったんですか!と非難の声を上げたがそんな事で彼は止まらない。寧ろ祈のロッカーの中身を見られるという事に先程よりも目が輝いている。
だがおかしなものを見続けた所為か、正直敦も祈のロッカーの中身が気になっていた。だって国木田、乱歩、太宰のロッカーを見たが皆普通じゃなかった。国木田のは同じカレンダーが幾つも並んであった。乱歩のは駄菓子のほかに本人も収容されてた。太宰のは首吊り用の縄がぶら下がっていた(通常運転とも云う)。与謝野のは隙間から赤い液体が漏れ出ていたから怖くてスルーした。
ここまで来たら祈さんのロッカーを開けても開けなくても大して変わらない気がする…と敦の感覚がおかしくなりかけていたが、正気を取り戻してぶんぶんと頭を振った。否流石に駄目だろう、幾ら何でも。異性のものだし見てはいけない物が収納されてる可能性が十分あるじゃないか。(与謝野医師みたいに)
そう考えていると嬉々として祈のロッカーを開けようとする太宰が目に入った。それにぎょっとして慌てて祈のロッカーと太宰の間に割り込む。

「いくら何でも駄目ですって太宰さん!こんな事したって意味無いですよ!」
「退き給え敦君。私には祈のロッカーの中身を見なければならないという使命があるのだよ」
「何云ってるんですか!?そんな使命ある訳ないでしょう!」
「たった今思い出したのさ。それに祈のだけ見ないというのも不公平だろう?ここは公平を期す為に…」
「いやいやいやいや今からでも遅くありませんまだ引き返せますやめましょう」

敦君早く退いてと云われたが、こうして立ちはだかった以上そう簡単に退く訳にもいかない。じっとこちらを見下ろしてくる太宰は正直云って怖い。思わずたじろいだが敦の良心がこれ以上進ませる訳には行かないと云っていた。

「退いて」
「無理です」
「良いから退いて」
「出来ません」
「何で?」
「何で……何で?いやそれどっちかというと僕の台詞なんですけど」
「何もしないよ?」
「先刻まで色々してたじゃないですか」
「大丈夫一寸中を覗くだけだから」
「それ全然大丈夫じゃないです」
「さっと開けてさっと見るだけだから」
「スピードの問題でもないです」

暫くこんな感じで攻防を続けていたのだが太宰は一向に諦める気配を見せない。
このままでは埒があかない。云うべきか否か迷っていたが、彼を止めるにはもうこの手しか無さそうだ。意を決して敦は口を開いて大きく息を吸い、思った事を口にした。

「祈さんに嫌われても知りませんよ!」

敦の言葉にピシャーンと太宰の背後に稲妻が走るのが見えた。祈に嫌われるかもしれない、その言葉は太宰を沈めるには十分な威力を持っていたようで先刻までのこちらを威圧するような恐ろしい表情から一変、この世の終わりのような悲壮な表情を浮かべてorzの体勢になって項垂れていた。
本当に祈さんの事になると必死だなこの人…と太宰を見下ろして敦は思う。まぁ流石にこれで諦めてくれただろう、と思ったが太宰が突然ガバリと顔を上げてふふふと笑いながら再び祈のロッカーに手を掛けた。突然の事に驚きながらも敦は太宰を後ろから羽交い締めにする。

「ちょっ!?何やってるんですか!」
「だってさぁ大切な人の事はどんな事でも知りたくなるのは普通だろう?それに祈に気付かれなければ大丈夫大丈夫」
「うわ力強っ!?て云うか駄目ですって!何かこう、プライベートな物が入ってるかもしれないじゃないですか!」
「えぇ?そんな物あっても私は驚かないよ。寧ろ隠されている方が悲しい」
「祈さんのプライバシーとか無視ですか!?冗談じゃなく本当に嫌われますよ!!」

「敦くんと太宰さん…?こんな所で何をしているんです?」

背後から突如聞こえた声に二人は同時に固まった。ギギギ、と二人揃って首を後ろに回すと其処には祈が立っていた。
今来たばかりで状況が掴めないのかきょとんとして二人を見つめている。そういえば彼女は出張に出ていて今日戻ってくる予定だった事を思い出す。太宰に構っていた所為でその事をすっかり忘れていた。だらだらと冷や汗が流れる。

「敦くんその格好……あっ、社内のお掃除ですね。お疲れ様です」
「えっ、あ、はっはい…祈さんも出張お疲れ様です…」

笑顔でそう云ってくれる祈に敦は疲れが吹っ飛んでいくような気がした。今日は仕事と云う仕事をしていないが主に太宰の所為で既に疲労困憊である。
祈さんも疲れているだろうに、本当に良い人だなぁと敦が感動していると「祈おかえりー!ただいまのちゅーしよー!」と太宰が敦の拘束を振り解いて[FN:名前]に走り寄った。本当にマイペースだな此の人。あとさらっととんでもない事云ってる。「太宰さんまたサボりですか?」あっ祈さんスルーした。

「違うよ〜敦君の手伝いだよ」
「太宰さんが手伝いを…?その様には見えませんでしたが」
「いやいや、先刻まではきちんと手伝っていたのだよ?その甲斐も有って掃除も早く終わった事だしこれから餡蜜でも食べに行こうかな〜って」

ね?敦君、と突然振られたが、もう云い返す気力も湧かずソウデスネ、と投げやりに返答する。結局掃除なんて1ミリも進まないまま太宰に連れられ祈と一緒に餡蜜を食べに行く事になった。そういえば国木田さんのノートゴミ箱に捨てたままだけど良いんだろうか…。
準備するので待っててください、と祈が自分のロッカーを開けた隙を狙って太宰が中を覗こうとしたが全力で阻止した。今日の太宰は何時にも増して面倒臭かった…と敦は思った。
疲れている様子の敦を見兼ねて敦の分の餡蜜は名前が奢ってくれたのだが、それを見ていた太宰が「祈って敦君に甘いよね私も甘やかしてよ」とか意味不明な事を云い出してまた面倒臭い事になった。ちなみに後日、太宰のロッカーは国木田によって本当に棺桶と化した。


「にしても太宰さんが諦めてくれて本当に助かった…」
「え?諦めてなんかいないけど」
「は!?」
「判ってないなぁ。本人が居ない所でこっそり覗き見るのが浪漫なんじゃないか」
「最低だ…」

eclipsissimo