ただの幼馴染だなんて

影山幼馴染夢主



「そういや影山、お前何で苗字先輩に対しては敬語使わねぇの?」

いつものように寝ぼけ眼のまま自販機に立ち寄った際、昼休みを利用して一人でトスの練習をしていた日向に捕まった。無理矢理振り切って逃げ切ろうと思ったが見つかったのが運の尽き。練習付き合ってくれるまで逃がさん!と言わんばかりにしがみつかれ渋々練習に付き合う事になった。そうして何度目かわからないトスを上げていれば不意に日向そんな事を言われ影山は目を丸くした。

「あ?」
「苗字先輩って2個上じゃん。上下関係には厳しい……というか敬語なのに苗字先輩にだけはそうじゃないよなって前から不思議に思ってたんだ。なぁ何で?」
「そんな事聞いてどうする」
「いや別にどうもしねぇけど。ただ他の先輩と対応が違いすぎるから気になって聞いてみただけ」

というかいちいち突っかかる言い方するなよ!とかこれだから影山はとかぷんすこ怒る日向からのトスを受け取って暫し逡巡する。これだからとかは余計なお世話で思わずイラっとした。
彼女とは別に隠すような間柄ではないがいちいちひけらかすようなものでもない。何なら聞かれるまで答えない主義だ。だが何故か日向からのその問いに答えるのに抵抗感が生まれた。今までこんな気持ちになった事は無かったのに、何故今。
だが答えないのも不自然だ。影山は滅多にしない難しい顔をすると重たい口を開いた。

「…………んだよ」
「え?何て?」
「だから、幼馴染なんだよ。ちゃんと聞いてろよボゲ」
「はいその一言余計すぎ!ていうか、へー!苗字先輩と幼馴染なのか!意外すぎる……」
「あ?そうか?」
「だってお前に女の人の幼馴染とか想像できねぇ。というかそれ本当に幼馴染なんですか?いくら苗字先輩が良い人だからって影山の妄想だったりしない?」
「しねぇよボゲェ!事実だっつの!」
「ぼへーっ!」

イラつきに任せていつもより近い距離で日向目掛けてアタックを決めればレシーブで受け止めようとした日向がその威力を受け止めきれずに吹っ飛ばされた。
暫し地面にひっくり返っていた日向だったが持ち前の身のこなしの軽さで起き上がると影山に対し非難の声をあげた。

「何するんですか影山クンは!」
「うるせぇ!お前が変な事聞いてくるからだろうが!」
「だからってこんな至近距離で打つなよ!」
「レシーブできねぇ方が方が悪い!このど下手くそ!」

いやレシーブされたらされたで嫌だけど!苦虫を噛み潰したような表情で日向を睨みつける影山と睨み返す日向。双方向の睨み合いが続くと予鈴のチャイムが鳴った。チッと一つ舌打ちをして日向から視線を外すとすたすたと教室へ戻るべくその場を後にする。日向もボールを拾い上げると不服そうな表情で影山の数歩後ろを着いてきた。着いてくんなとも思ったがそういえば同学年だった。

「でもさ、仮にも先輩な訳じゃん?他の先輩には『さん』付けなのに苗字先輩にだけタメ口とか変な感じしねぇ?」
「……いや別に。昔っからこうだし」
「ふーん。幼馴染ってそんなもんなのかぁ。おれそういうのいねーからわかんねぇや」

そんな他愛も無い話を交わしているとあっという間に1年の階層に到着し、じゃあまた部活でな!と日向は1組の教室へ戻って行った。影山も続いて3組の教室に戻り自分の席につけば程なくして本鈴のチャイムが鳴り午後の授業が始まった。
呼び方、変えた方が良いのだろうか。
いつものように睡魔が襲い来る中、ふと日向とした会話を思い出す。中学時代は全く意識しなかったが、相手は幼馴染と言えど2つ上の先輩。確かに彼女だけタメ口というのも今考えればおかしな話だ。そもそもよく考えれば同学年の女子にでさえ敬語を使うのにどうしてか彼女に対してはそれが出来ない。
やはり昔から互いをよく知っている幼馴染という関係性だからだろうか。幼い頃から気付けば名前は傍にいて、家族やチームメイト以外でバレーボールに付き合ってくれる貴重な人。友達、という括りに一番近いのかもしれないが何故か彼女との付き合いをその言葉に当て嵌めたくなかった。
だがやはり上下関係はきっちりさせておきたい気持ちもある。幼馴染というものを抜きにすれば澤村や菅原、東峰や清水に対してタメ口をきいているようなものだ。そう考えると実は凄く失礼な態度を取って来たのでは……と影山は急に少しだけ不安になった。
そんなこんなで授業の殆どを睡眠で費やせば時間は流れてあっという間に部活が始まり、いつものように夢中になって過ごせばあっという間に終わった。他の部員がモップがけやらポールやネットの片付けやらに勤しむ中、らしくもなくおずおずと影山は名前に話しかけた。決してサボりとかではない。

「あ、あの……」
「飛雄?何かあった?」
「その……」
「?どうしたの?あ、ごめん何か不備があった?」
「いや、そうじゃなくて、その」
「スポドリでも切れてたかな。手が回せなくってごめん。次からは気を付ける」
「それでもなくって!えっと、今度部活終わりにボール出しを……」
「あ、トスの練習?ぽーんて高く投げるやつだよね?いいよ」
「は、はい……よ、よろしくお願い、します……苗字、先輩」

よろしくお願いします苗字先輩苗字先輩苗字先輩……(エコー)
ピシャアアンと雷が落ちて全身がビリビリ痺れたような衝撃を名前は受けた。あの影山が私に突然敬語を……しかも苗字先輩って……。急に余所余所しくなった幼馴染の態度に名前は動揺を隠せないでいた。中学どころか最近までそんな素振りなかったのに。
影山も何だか言い辛かったのか視線をこちらに向けないで口をつぐんでいる。何でいきなりこんな事、と思ったがもしかして部活と私生活は分けたいという表れだろうか。
確かに上級生の中でタメ口を使われているのは自分だけだし、不平等というか何か違和感を感じたのかもしれない。幼馴染だから、という色眼鏡で彼を見ていたけれど本来ならば敬語を使われる立場なのだ。それならばこれは飛雄が正しいな、と急激な態度の変化に戸惑っていたがそう考えればすとんと何かが腑に落ちる音がした。

「う、うん。わかった。でも散々言われてるだろうけどオーバーワークは程々にね」
「う……うす。よろしくお願いしあす」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「「……………………」」

2人の間に奇妙な沈黙が流れる。突然先輩後輩という関係性を持ち出して来た幼馴染とまぁそれも致し方ないよねという思考の名前。さて、これからは先輩としてどう対応するべきかな、と早速思考を切り替えようとしていると影山が突然大声をあげた。

「ああああああああああああああクソッ、やっぱ調子狂う……」
「え?」
「日向に言われて変えてみたけど、やっぱこれじゃ調子出ねぇ!今の無しだ!無し!」
「へ?あ、そう……?」
「つーわけでボール出し!いつもみたいに頼む!」
「え、ああ、うん、了解」

結局幼馴染という関係を持ち出さず、先輩後輩という立場として対応しようとした影山の葛藤は数分も保たなかった。何がしたかったんだろう……と名前は正直思ったが影山がそうしたいと言うのならそれに従うまで。幼馴染と言えど選手とマネージャーであるという線引きは変わらずしつつ、これからもいつも通り対応する事にした。
影山もいつも通りになった事だし片付け終わらせて帰ろうと名前が準備している傍ら、モップ掛けを終わらせて一部始終を見ていた田中が恐ろしい形相でずずいっと影山に詰め寄った。

「何だよお前青春かよふざけんなよコラリア充ですか自慢ですかてめぇコラ」
「(りあじゅう?)自慢……?何がっすか」
「サーブもトスも上手くて?天才って呼ばれて?それで苗字さんみたいな幼馴染がいるとか人生恵まれすぎのイージーモードかよふざけんなよてめぇコラ」
「田中見苦しいぞ。お前らもさっさと片付けて帰れ」

と、澤村が田中に忠告するが田中は変わらず影山にガンを飛ばす。何で田中さんこんなにキレてんだ?と違和感を感じていれば昼休みにあった出来事が脳裏にチラついて合点がいった。

「……?あ!日向てめぇ!話しやがったなコラァ!」
「だって皆気になってるって言ってたし!隠すものでもないじゃんかよー」
「ふらふら他人に言いふらすてめぇの頭ン中どうなってんだ!」
「隠してたって事はアレですか、苗字さんとはあんな事やそんな事やこんな事とかしててやましい気持ちがあるからですかコラ」
「?まぁバレーは昔から一緒によくやってましたけど」
「いーや絶対それだけじゃねぇはずだ!幼い頃から傍にいる異性、進学してもその距離は変わらず今では部員とマネージャーの仲……そんな2人に何も起こらないはずもなく……」
「敬語使う上級生の中で唯一苗字だけタメ口だもんなぁ。まぁ他の人とは少し関係性が違うのかなって思ったけど」
「もしかしてお前ら実はもうデキちゃってるとかそういう事っすかクソが!」
「はいはい、その話はもうやめてさっさと帰れ!田中も他人のプライベートに首を突っ込むもんじゃない」
「でも大地さんあいつナメてますよ!幼馴染だからってタメ口使って公私混同しやがりまくってますよ!?」
「ナメてないっす」
「というか公私混同でもないだろ。幼馴染だからお互いタメ口でも不思議じゃないんじゃないか。長年の癖みたいなものだろうし」
「田中。そんな言い方してないで素直に『女子の幼馴染がいて羨ましいです』って言えよ」
「スガさん!そうですけど!くっそ影山お前はこっち側だと思ってたのに!裏切られた気分だ!」
「(こっち側ってどっちだ?ていうか何だ?)」

田中の言葉が理解できずに首を傾げていると視界の端に着替えを終えて戻って来た名前が映った。その姿を見て自分も帰るかといそいそと準備を始める。
体育館を出たら校門前で解散。坂ノ下はついこの間行ったばかりだし今日は皆そのまま帰るだろう。
なら今日も一緒に帰るか。ジャージを羽織りながら自然とそんな事を思っていた。

お題元:子猫恋様