褪色するユートピア

「彼氏が、できました」

ナマエは、はにかみながら、改まったように二人につげた。
大学のカフェテラス。講義後、それぞれのアルバイト時間までの暇つぶしにと集まるのは、エース、サボ、ナマエの三人にとってお馴染みのことであった。
ナマエとエースは家が隣通しの幼馴染である。ある日、冒険ごっこに出かけようとエースを誘いにいったところ、「新しい仲間だ!」と紹介されたのがサボであった。小学校の高学年のときに家庭の事情でサボとは一時疎遠になったが、中学校に上がると再会を果たした。それから、高校、大学まで三人は同じ進路をたどり、「ここまでいくと私たちって腐れ縁ってやつだね」とナマエは度々その奇遇な関係を表現したのであった。そのたびに二人はそうだな、と特に感情の起伏もなく曖昧な相槌をした。

彼氏いない歴=実年齢のナマエにとっては、彼氏が出来たということは一大ニュースであった。恋人が今までいたことがないのは、三人の中でナマエだけである。エースとサボは幼いころから何かとモテて、恋人に困ったことはない。告白のお呼び出しに出くわすなんてことは、もう数えるのも面倒くさくなったぐらいだ。
テラスのテーブル席につくなり、二人が食堂の新メニューの話や、バイトの自給の話やらを始めたので、ナマエは話題が終わるタイミングを見計らって、恥じながらも二人に恋人ができたことを告げた。「お前も早く彼氏ができるといいな」と二人に言われていたので、てっきり二人は応援してくれて、この報告に喜んでくれると思っていた。
しかし予想に反して返ってきたのは、重く冷たい沈黙であった。

「どこのどいつだ?」
「え?」
「お前の彼氏って奴」
「えっと…バイト先の先輩」
「ちっ…あいつか」
「エース知ってるの?」
「…まぁな」

あからさまに舌を打ったのはエースであった。唇を噛んで、不機嫌であることを隠そうともしない。ナマエのアルバイト先のファミレスに二人が顔を出したことは何度かあるが、厨房担当でほとんど姿を客に見せない先輩と面識があるなんて思いもしなかった。
サボは口角を上げてこそいるものの、その目に熱はなく冷ややかだ。何を思案しているのか、ナマエには計り知れない。

「そいつの事好きなのか?」
「…かっこいいなとは思ってたけど」
「好きでもないのに付き合うのか」

痛い所をつかれた。確かにエプロン姿で厨房に立つ姿はかっこいいとは思っている。けれど好きなのかといえば、そうとは言えなかった。ちょっといいなと思っていた人が、たまたま自分を好きになって告白してくれたのだ。告白を受けた理由は、恋人への憧れが八割といったところだ。
ナマエの恋はなぜか昔から上手くいかない。好きになって、思い切って告白しても玉砕ばかりだった。同級生の友人たちは次々に恋を実らせて、恋人ができると、やれキスをしただの乙女を捧げたのだと騒ぎ立てた。ナマエはどうなの?と尋ねられる度に「まだ…」と返事をすることを惨めに感じていた。
「ナマエには二人の王子がいるからね」なんてエースとサボのことを揶揄われたこともあったけれど、二人は腐れ縁というやつで、間違っても色めいた関係ではなかった。というか、そもそも二人には恋人が絶えずにいたし。それに…。

「エースたちだって、好きじゃない子と手当たり次第に付き合ってたじゃない!」
「「・・・・・・」」

ナマエが言い放つと、二人はバツが悪そうに目を泳がせる。言い返す言葉はないらしい。

「これから、きっと、先輩のことも好きになれる…」

ナマエは自分に言い聞かせるようにいった。
やっと、やっと、恋人ができたのだ。やっと、夢にまでみた経験をこれからできるのだ。

「おい、ナマエ」

エースが声をかけた所で、ピピピピとスマホのアラームが鳴った。アルバイト先へ向かう時間を教えてくれる。言葉を遮られたことで不服そうなエースを一瞥してナマエは席を立った。

「じゃあ、バイトだから、行くね」

二人の顔をみれば、まだ何か言いたげなことは明らかだった。しかしナマエは追及する事なく足早に去ったのだった。
ナマエが去った後、二人は項垂れ、エースは机に突っ伏してサボは背もたれにもたれかかった。やがて顔をあげた二人は視線を交わせ、そしてどちらともなく言ったのだ。

「そんなこと、いいわけねェだろ」と。
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