永遠の箱庭


解答


 ヴァニタスがこの町でコールと再会した時とは違う、夜の浜辺は昼間とは違う暖かさはなく、冷たく、風があまり吹くこともなく波音は静かだった。
 コールとヴァニタスはあの時とは違って座って話をするのではなくお互いその場に立ったまま、星と波うたぬ海を眺めるようにしていた。

「夜に来ると、また雰囲気違うよね。私は夜の方が好きだな」

 コールの言葉に、ヴァニタスは口を継ぐんだ。彼女は、話をする気はあるのか、なかなかに切り出さなかった。先程から星と海を眺めているだけで、どこか消えてしまいそうな声で話を逸らしているように感じた。

「おい」

 ヴァニタスがしょうがなく話を切り出すと、コールは目を細めて「なぁに」と首を傾げる。

「そろそろ話せ。"アレ"は何で、お前は何者だ?この世界はなんだ?」
「……」
「おい」

 切り出したはいいもの、コールは細めた目を開いて、笑うこともなく、悲しそうでもない顔をして黙りこくるが、その瞳に光はない。まるで、バグで姿を変えていた"アレ"の変えた姿に重なる。話したくないのか、どこか彼女の身体は震えているようにも見える。

「……私は、コール。本物の。それは分かるよね?アレは私の、思念のようなもの」
「一体何を…」
「この世界は……私のエゴが産んだ思念の作った世界。眠りの世界。」

 やっぱり、何も覚えてないの?とコールが悲しそうに眉を顰める。その顔は、この世界ではない、どこか別の、ここに似た砂が立ち込める場所でヴァニタスは見たことがある。そう、あれはまるで荒地のようで、先程コールが手にしていた鍵が大地に突き刺さっている。……そう、まるで墓場の様に・・・。

『ヴァニちゃんの邪魔をしないで』

 そう言って鍵を握りしめて、泣くコールの姿が脳裏を過ぎる。だが、脳裏を過ぎただけで、そのコールを自身がどうしたのか、何も思い出せない。何故、彼女が泣いてるのか。自身に背を向け、誰から守っているのかすら、何も分からない。

「アレは姿を変えたでしょう。あれは、本当の世界の私。いや、私だったものもいるけど、私のことに変わりは無いの」
「じゃあ、あの本は…」

 ヴァニタスは、アレの本の様な姿がずっと気に掛かっていた。どこかで見たことのある様な紋に、やけに分厚い背表紙。中には一体何があるのだろうか? あの本もコールだと言うことだろうか? 
 コールはそれに応えることなく、ただ優しく微笑んだ。

「──予知書」
「は?」
「ううん。なんでもない」

 何か言いかけたコールは下手くそに誤魔化して、ヴァニタスは彼女にイラつきを覚えた。彼女は今まで、このことを黙って過ごしていたのだから、当たり前だ。そもそも、何処までが本当のコールで、何処からがアレと過ごしていたのかすら、ヴァニタスは知らないのだから、イラつくのも当然だ。

「そろそろ、ヴァニちゃんに選んでもらわないとだね」

 不意に、風の音が耳元を掠めるとコールの手にはまた鍵の様なものが握られていた。

「おい」
「ヴァニちゃんには「おい」……。」

 無理やりコールの言葉に食いかかると、彼女は困った様に首を傾げる。月が、二人を照らしていて、コールの手を離したあの日を連想させてしまい、ヴァニタスは思わず一歩下がる。
 不思議と記憶の中の月は、なぜかハート型なのは何故だろうか?

「何も話せなくて、迎えが遅くなってごめんなさい。……でも、今の貴方には選んで貰わないと、そろそろ私が通って来たポータルが閉じて二度と現実世界に戻れなくなる」
「…ほんと、意味がわかんねぇ」

 ヴァニタスは、口中に血が滲むのを感じて、鉄の味に顔を顰める。

「勝手に消えて、見つけたと思ったらさっきまで会ってた奴はニセモノで、ニセモノが消えたと思ったらお前が殺してて。この世界もニセモノだって?…ふざけるな」
「……」
「いつも、お前は勝手だ。いつも、"いつも"!!」

 自分で言っておいて、ヴァニタスの脳内は、"いつも"とはいつだっけ?と疑問が生まれる。コールがあの街に越してきたこと? コールが消えたこと? それよりもっと前に──。


『貴方、ゼアノートおじいちゃんのお弟子さん?』
 微笑んで仮面を覗き込むコール。

『ここにいる時ぐらい、仮面を取ってよ!』
 与えた住処に様子を見に行く時には仮面を取れと頬を膨らますコール。

『今はゆっくり、おやすみなさい。ヴァニタス』
 聖母の様にヴァニタスの頬を撫で、何の曲かわからない鼻歌を歌いながら膝にヴァニタスの頭を乗せて寝つかせるコール。


 記憶のかけらが頭に流れ込んできて、目をちかちかさせたヴァニタスに、コールは踵を返して歩き始め、足首まで波が立たぬ海に浸かる様にすれば、言葉を続ける。

「選んで?私か、この世界か。それしか方法はないの」

 また、頭がずきりと痛んで、ヴァニタスは右手で頭を抱え、空いた左手をコールに向かって伸ばす。また、彼女が月を背に消えてしまいそうだ。今度こそは離してはならないと、ヴァニタスの本能が告げる。
 その手はとどくことは無く、彼女の言う「選んで」という言葉が脳で反響する様に響いていた。彼女の声はひどく落ち着くが、それよりもヴァニタスの必死さが勝り、彼の鼓動は激しく動いた。選ばなくては。コールがこのまま消えてしまう。 

 この世界での暮らしは、これまでにない"幸せ"だったとヴァニタスは思う。双子の兄も、下の弟たちも自分に良くしてくれた。そこにコールがいて、まさにヴァニタスの理想として暮らしがこの世界にあった。でもそれが、"コール"が、この"世界"が偽物だというなら、もう二度と、本物のコールに会えないというなら、ヴァニタスの答えはもう決まっていた。
 顔をあげ、海水を蹴る様にして遊ぶコールに向かってヴァニタスは息を飲み、閉まっていた喉と口を開く。

「俺は──────」

 ヴァニタスの言葉に、コールは優しく微笑んだ。

 ──いっしょにいこう。

 月に向かって、消える影が二つ。
 二人の姿を見たものはもう誰もいない。誰もいない浜辺には微かに聞こえる夜凪の音だけが頼りに、この世界は息をしていた。


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