1.
桜舞い散る春、虎の刺繍を背負い、右耳のイヤーカフから十字架とフリンジを揺らしてあの日ぶりの風雲児高校へと足を運ぶ。
東エリアの商店街を通ると、風雲児の生徒が数人、サボりか屯ったりしている。それをぼーっと眺め、歩いていると肩に振動を感じ、ふと我に返る。こんなデジャブ前にもあったと、「すみまへん。」と軽く会釈して前へと進もうとすると「おい、まてやぁ!」とぐっと強い力で肩を引き止められる。が、それは俺の虎の刺繍を目にした途端、手の力が弱まり、かすかに震えた。一体なんだと思い、再び向き直る。
「お、お前…その刺繍…。」
「これか?かっこいいやろ?」
にっと笑うと完全に力なくした相手の手は俺の腕から擦り落ちた。彼の顔は先ほどの血の気の盛んな顔より面白い程真っ青だ。「体調でも悪いなら家帰っ寝とき」と背を向けてやっと転校先に向かって止めていた足を進め、右手をひらりと振る。後ろからは、「虎だ…」と小さく怯えた声が聞こえた気がした。
2.
「吉田智樹っていいます。ほな、よろしゅう」
突然転校生が来ると言われて、目の前にいる男子生徒を見る。前髪を染めているのか菫色で毛先も菫色のグラデーション。大きい瞳は紅くて、目は獣のようにつり上がってるが、瞳は大きい。
第一印象はそう、派手な見た目で目をつけられそうな生徒だ。まぁ、僕の関わりたくない生徒であることは、間違いはなかった。
あの席に座れと先生は僕の隣の空席を指差す。言われた転校生は何食わぬ顔で僕の隣の席に向かって来た。近くで見ると顔がキラキラしてるのが分かる。月倉町の戦いのとき会った白星の寿史くんとは別ベクトルで顔がいい気がする。僕の隣まで来ると、「ほな、よろしゅう」とニッと笑って席に座る。
じっと転校生.......吉田くんを見ると、視線に気づいてはこちらを見て笑う。こちらまでドキッとしてしまうほど眩しい。
「なぁなぁ、教科書見せてくれん?俺まだ教科書買えてなくて」
「う、うん。」
急な言葉に戸惑ったが、とりあえず机をくっつけるため、軽い机を音を立てて吉田くんの机とくっつけて、僕の教科書を真ん中へ持っていく。そうすると「ありがとう。」と関西風の訛りが返ってくる。
風雲児の授業は授業と呼べるほど静かなものでもないが一瞬空気が変わったようにぽつん。と吉田くんの頭に向かって消しゴムをちぎった塊が跳ねる。ああ〜〜〜〜〜これは僕のせいかもしれないと、恐る恐る彼の方を見る。彼は何食わぬ顔で頬杖をして先生の話を聞いているが、どこか口をゆがめて目が細めた気がした。
それを面白くないと思った生徒は沢山消しゴムのちぎった固まったを彼目掛けて投げたが、所々僕の方にも飛んできて、その日の授業はいつも以上に集中できなかったと思う。
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お昼休み、吉田くんは立ち上がりトイレにでもいくのか颯爽と歩いていく。彼の向かう先には授業中に消しゴムを投げていた生徒がいる。吉田くんはその生徒の目の前で立ち止まると「なぁ。」と声をかける。僕はそれをみて、寒気がした。吉田くんが満面の笑みで"笑って"いたのだ。
「悪戯は良ないで〜?そっちが喧嘩売ったんやさかい買わせてもらうなぁ。」
朝、教壇の前で自己紹介をして、僕の隣の席の吉田くんは温厚だと思っていたのだが、それがいまは真逆だ。風雲児の生徒らしく喧嘩早く、目がギラギラしてる。喧嘩してる時かイーターを倒してる時の矢後さんの目に似ている。
刹那、吉田くんの目が怪しく紅く輝いた気がした。
「キミ、隣高の女の子に告白したのはいいけど、ごめんって言われたあとあんた誰?って言われたやろ」
一瞬教室が静まり返る。全員何言ってるんだこいつみたいな顔して口をあんぐり開けてる。僕もその一人だ。当の本人を覗いては。
吉田くんに消しゴムの塊を投げてた生徒は肩を震わせていたと思うとガバッと勢いよく顔を上げて赤面でうわあああああああああああと叫び始めた。彼はそれを見てケラケラと笑っている。一体これは何が起きたんだろう?一部始終この目で見ていたけど誰もこれを理解出来ていなかった…と思う。
「なんでお前がそんなこと知ってるんだよぅ!!」
「言ったやん、その喧嘩買うって。でもさぁ、俺殴り合いの喧嘩とかした事ないし、顔に傷つくのもちょっとなーって思ったんよ?だからさぁ?」
_________心を視させて貰ったんよ。
艶めかしく吉田くんはらぬるりと相手の心臓を左手の中指で指差して顔を近づけてそう言った。
相手はさらに顔を真っ赤にして再び叫んでどこかへ走り去った。彼が戻ってくるのは次の授業が終わった後ぐらいになるだろう。激しく同情する。
吉田くんは相手に笑顔で手を振り、見送るとふぅ、と一息つき自身の席に戻って来た。そうして鞄から出て来たのは何やらどこかで見覚えのある派手の刺繍のしてある黒い布で、彼は自身の学ランと交換するようにその黒い布を着ていく。それは本当に見覚えのあるもので、自身も嫌々ながらにそれを毎日のように目にしてる。目がNoと受け付けたくないのに彼のそれを二度見してから大きく息を吸い込む
「ええええええええええええええええええっ???!!!!」
3.
正直、転校初日からこの虎刺繍の学ランを着るのはあまりにも恥ずかしかった。だから朝、風雲児の生徒にガンつけられた後、一度脱いで学校でもう一度着ようとしていた。
隣の席の男の子、こと久森クンは俺が学ランを刺繍の学ランと交換したところを目の前で見て今にも椅子から転げ落ちそうな勢いだ。
その声を聞き付けたクラスメイトが「久森副長どうしたんスか?!」「まさか副長もコイツに心読まれて.......??!!」とわらわらと寄って囲まれた。久森くんは、わなわなと首を振るもいなや、俺の学ランの刺繍を指さすと、必然とクラスメイトの視線が集まる。「と、虎??」「嘘だろ、誰もこいつに刺繍なんて!」「なんでこいつが??!!」とざわめく。正直騒がしいったりゃありゃあしない。
とりあえず「これで俺もお仲間に入れてくれます?」とにこり、と笑うとどこからが「悪魔の笑みだ」と聞こえた気がするが、計算外の読心術を使った事もあり、少々疲れた。午後の授業は寝てしまおう。
4.
「いっやーーー、久森クン驚かせてすまんなぁ。」
「びっくりしたよ、もう誰かが吉田くんの学ランに刺繍したのかと思ったから。」
朝より空が橙色に染まり、夕焼けが目に入ってきて眩しい。愛教にいた時より彩度が高くて蛍光色を目にしたように目がチカチカするから、ふと眉を寄せて目を細める。
「なんでその刺繍の学ラン持ってるの?」
「あぁ、これな。転校する前にここらであったセンパイと意気投合して貰ったんよ〜」
「えええええ?!どういうこと?!全く意味がわからないよ???!!」
はは、と笑って右耳からぶら下がる十字架を撫でる。
こんな会話、きっと愛教に居たら卒業するまですることは無かっただろう。あんな箱の中に閉じ込められて、本家で散々叩き込まれた教本を読む毎日。死んだ魚の目をして、軍隊のように同じことをするクラスメイト、ここでは愛教とは真逆に毎日が違う色の学生生活が遅れる。現にこうして同級生と帰路についている。
どうでもいい雑談をしながら。そう思うと、今生きていてよかったと思う。それに、愛教にいたまま、退屈で命を絶っていたら当たり前だが洒落にならない。まぁ、良輔に今一度会うまで死ぬ気はサラサラないが。
「______ん。吉田くん!!!」
「あ、すまん、考え事してたわ」
ふと、無意識にぼーっとしていた頭を叩き起して隣の久森くんに向き直ると、無意識に読心術を発動してしまい、彼の心の中を覗いてしまった。「大丈夫かな」「まぁ、転校初日だし疲れてるよね」そう見えて、一瞬目を見開くが、気づかれないようにするため直ぐに目を細める。
あぁ、きっと久森クンは心から優しい人なのだ。というか、風雲児の生徒は大体そうであろう。確かに怖い見た目をしているものが多いが、中身は心優しい人だ、虎刺繍の男然り、久森クン然り。
だがその優しさに溺れないようにと俺は一線を引いてしまうだろう。俺には目的があるから。守りたいものがあるから。別に理解なんてされたいわけじゃない。同情なんかいらない。その為には友達であろうと同級生であろうとも、容赦はしない。邪魔をするなら蹴落とすまで。神サマはいない、神サマは見えない。それなら、きっと"何をしたって許される"から。だから、優しさには溺れない。母がなくなったあの日にそう決めた。
「ごめん、久森クン、俺きょうこっちやから。」
そう言って指さすのは中央区、ALIVEのある方向だ。実はヒーローは辞めたと言うもの、放課後に呼び出しをくらってしまった。久森クンは目を丸くするも、すぐに微笑んで「そっか、じゃあここで。」と立ち止まる。俺は「んじゃっ」と手を振ってから彼に背を向けてALIVEの方向に歩く。