1.
「それじゃあ、何かあったら連絡するように。こっちから連絡しても、連絡がとれるようにしてね。私達は一度ALIVEに戻るね。」
指揮官はそう言って話を聞くそぶりを見せない崖縁を見ると微笑んでその場を後にしようとする。と、すれ違いざまに部屋に入ってきた大きな身体に思わず体がよろけるが、隣にいた神ヶ原に肩を掴まれれば、「ありがとう。」と微笑んだ。
目線を上げると、見覚えにある人がそこにいて、指揮官の口からは「あれ、志藤くんがここに…?」と首を傾げる。
「指揮官さん、こんにちは。僕もいるよ。」
志藤の影からピョコリと顔を覗かせたのは、透野光希。その姿に驚いた指揮官は「ぴぇ」っと変な声を出し、その後にため息をついて「びっくりした。」と胸を撫で下ろす。
「志藤くん、ここには何で…?」
「あぁ、崖縁に祝言を…後は例の"あの事"を伝えようと思って。」
指揮官は「あの事って?」と聞き返したかったが、ふと、隣の神ヶ原のその顔を見るとそれを辞めた。「分かった。じゃあよろしくね。」と言うと、今度こそその場を後にした。
2.
「三津木くんは何のために戦うの?」
「何のために…?」
透野の問いに、三津木は頭を悩ませるが、突如としてそれは途切れる。2人の目の前を横切るのは菫色の派手なブレザー若草色のリボン。揺れる銀髪。
横切った影はスカートを揺らして凄い砂埃を立てて、自分たちが先ほどいたであろう部屋に向かって消えていった。
「何だったんだろう…?」
「何だろうね…?」
その答えを知るのは二人の横を猛スピードで通り過ぎた本人…霧谷楓しか知らない。
─────────────
勢いよく開けた扉により、その場にいた全員の視線が楓に向くが、彼女はそれをびくともせず、シュリを目の前に突き出す。
『いやっ、いやっシュ〜!!メンテナンスなんてしなくてもシュリは元気ッシュー!』
ふとの腕の中で暴れるシュリに今度は視線が向くが、たった一人、楓から視線が反らせない人物がいた。
「楓…楓、なのか?」
楓に近寄るのは橙色の髪、緑色の瞳、崖縁の一年でもあり、楓と柊、伊勢崎と共に施設で過ごした中である。
楓はその声を聞くと、ふらふらの頭を上げて、目を合わせる。と、一瞬、一瞬だけ光の宿っていない彼女の瞳には一人が宿って、出ない声は良、く、んと動いた。それを見た佐海は「楓、お前、どうしたんだ?!」と肩を掴んで少し揺らすが、すぐに楓の瞳は光を失ってシュリを抱きしめる。
「やっと来たのか、ちまいの。」
「浅桐さん、どういうことなんすか?!何で楓がここに?てか何で楓は喋れないんですか??」
佐海の浅桐への質問攻めを見て楓は唇を噛み締めてシュリを佐海の前に突き出す。
『そのことについてはシュリが話すッシュ、楓は万里乃…指揮官の補佐をしてるッシュ。声は色々あって出なくなったッシュ、だからシュリがいるッシュ!』
「お前はこっちだリボンバケツ。」
『あ、ちょ、いやっシュ、あーーー楓〜!!!!』
スルッと楓のてからシュリは容易く浅桐によって奪われるがら楓は無表情のまま、ポケットからメモとボールペンを取り出せば、慣れたように文字を書いていけば、それを佐海に見せる。
「ヒーローしてた…でももう辞めたって、楓、お前ヒーローに?!」
「彼女が初めてここに来たときにはもう彼女の声は出なかった。」
戸惑う佐海に向かって口を開いたのは戸上だった。楓は続きを伝えるべく、佐海に見せる。
「だから浅桐さんにシュリを?楓、もっと相手を選んだ方が…。」
楓は佐海のその言葉に首を横にゆっくりと振ると、メモ帳の次を捲る、そこには大きな字で「この人じゃなきゃダメなの。」と書かれていて、それを見た佐海は目を見開いたが「そっか。」とすぐに微笑んだ。
もちろん、楓が浅桐を選んだのには理由がある。それは自分の先輩である頼城紫暮に勧められたのもあるが、楓はシュリに一つ、秘密の設計を考えており、それは普通の技術者では難しい。そこで考えたのがあの天才で崖縁の悪魔である浅桐真大にシュリの改造を頼んだのである。
「ほれ、終わったぞ、ちまいの。」
と、シュリを楓の腕元に向かって急に投げ飛ばしたと思うとそれはちょうど良く彼女の胸にすっぽりも埋まった。楓はごめんね、の意を込めてシュリを撫でるとシュリは「楓〜〜!!!」と擬似的な涙を流し、楓を抱きつき、楓はそれを、少し口元を緩めて微笑んだ。
「あ、えと…これはどういった状況ですか?」
開かれた扉から入ってきたのは楓の見知らぬ顔だった。詳しくは楓が先程崖縁に入ってきたときに初めて顔を合わせた人物だったが、彼女はラクロワからここまで、『いかに早くつけるか』ということしか考えていたために彼のことを覚えておらず、戸上の後ろにすぐ隠れる。
「大丈夫だ。彼は三津木慎。崖縁の新しいヒーローだ。」
その言葉で、揺れる楓の瞳は三津木の真っ直ぐな瞳を見つめて、戸上の背から一歩前に寄ると、戸惑う三津木を気にせずシュリを顔のそばへと近づける。
『承認完了、ヒーロー番号24番 三津木慎ッシュ。』
シュリの承認に楓はこんなに自分よりナヨナヨ弱そうな男の子がヒーローになったのかと息を飲む。こんな子にヒーローが務まるのだろうか。
「まぁ、そう警戒すんなよ、慎はこれでも俺と小学校が同じなんだぜ。」
そう言って「な?」と三津木と目を合わせて笑う佐海を見て、いつか誰かが言った言葉を思い出す。
『俺、小学生の時はここにいてなぁ、そこで会ったんよ、良輔とあと慎クンっていう子に。』
あぁ、そうかと楓は納得したように顔を上げる。今頃東エリアにいる"彼"の言ってたのは本当だったんだと、心のどこかでホッとして、手を差し伸べる。
楓は声を失って初めて誰かと握手をするために手を伸ばした。今まで彼女は逃げいた。人と深い関係になる事を。それは声を失った時みたいに、学校みたいに、いつ誰に嫌われるのか怖かったからだ。楓は三津木とは"彼"の事もあり、何か自身と繋がるものを見つけた。だからこそ三津木と握手をするために手を伸ばしたのだ。
楓が初めて崖縁に来た時、同じように戸上は楓に手を伸ばしたが、その手を握らなかった。そのことを覚えていた戸上は思わず目が話せなかったし、浅桐もじっと楓と三津木のことを見ている。
「えっと、よろしくね霧谷さん。」
そう言って三津木は楓の手を握る。楓は、安心したように三津木の目を見て微笑む。それは、ここに来てから初めての笑みだったかもしれない。楓はでない声のまま、『よろしく』と口を動かして伝えると、三津木もまた、微笑んだ。