それは突然だった、喋ることのできなくなった私は主に、自分専用のバケッシュの『シュリ』を用いて周りの人とコミュニケーションをとる。
そんなシュリが急に腕の中で「連絡、連絡、指揮官から緊急連絡ッシュ〜!」と暴れて、ここ、ラ・クロワ学苑のヒーローを集めろと言ってきた。
何かと思って、保健室を飛び出せば、すぐに向かうのはあまり入りたくない三年生の教室。ラ・クロワのリーダーのいる教室だ。
『楓、あそこッシュ、あそこにいるッシュ!』
教室の前のドアからひょっこり覗くと、そこには彼がいる。
彼、頼城紫暮の席の近くに行こうと教室の中に入るが、周りからは「一年生がなんでここに?」「知らないの?あの子は…」と、声が聞こえて思わず声をなくした日のことを思い出して身がすくむ。
「楓?…何でここにいるんだ?まさか俺に会いに…?!」
『シグレ!指揮官から連絡ッシュ、巡と柊も呼ぶっシュ』
目の前に私がきたことに気づくと、ぐいっと距離が近くなる紫暮に身を除けるように上半身を引いて、シュリを紫暮の前に押し付ける。
シュリの話を聞いた紫暮はすぐに理解したのか「巡を呼んでくるから柊を呼んできてくれ。外で会おう。」と巡くんの教室に脚を巻いて行ってしまった。
とぼとぼと一人で歩く廊下は少し怖い。
声が出なくなってから、周りの人が怖くて、教室に入るのも怖くて学校に来れても保健室で養護の先生と話したり、課題をしたりとあまり人とか変わらずに過ごしてきた。だからか、紫暮を呼ぶのに教室に入るのも怖かったし、ここに来るまでもずっと足は震えてた。
怖くて余り足は進まなくて、思わずその場にしゃがむ。怖い。周りの目が怖い。周りの声が怖い。私は声をなくしてから一歩も進めてないんだ。
『楓、大丈夫っシュか…?無理ならシグレが来るのを待つッシュ…。』
強く抱きしめたシュリもシュンっとしてレンズが悲しげに閉じる風になって、私に問いかける。
私は「大丈夫だよ。」というようにシュリの取手を撫でる。でも、もう少し、もう少しだけここにこうしてしゃがんでいたい。
『一応、柊にシュリから楓の端末に繋げてチャットを送ったっシュ…だから、ゆっくりでも大丈夫ッシュよ。』
シュリの声はロボットの機械音声だが、私に聞こえてくる声は周りの人の声よりも優しく聞こえる。
私はそっとため息をついて目を閉じる。
「楓、…楓!」
聴こえてきた世界で一番落ち着く声に目を開けて顔を上げる。
顔を覗き込む私と同じ顔、オッドアイの瞳は不安げに揺れていて、少し罪悪感が湧いてくる。
『よかったっシュ!柊が来てくれたッシュよ、楓。』
「楓、大丈夫?体調良くない?」
私は思わず首を横に振れば、お兄ちゃんの制服の袖を握ったまま校門へと半端引きずる感じで歩いて行く。
お兄ちゃんがいれば、怖くない。大丈夫。一人じゃなくて二人だから。周りの声も、気にならない。
早く、早く行かなきゃ、と足早に向かうから「楓、ちょっと…」とお兄ちゃんから苦情が来そうだけどそんなのも気にしない。早く、早く紫暮のところに行かなきゃ、太陽に眩しい人のところに。
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『全員集まったシュね!指揮官からの連絡事項を伝えるッシュ』
「ふむ、わざわざシュリを通して連絡をしてきたとは、よっぽど大事な連絡なんだろう。」
『…連絡事項、連絡事項、四校目の認可校が決まったッシュ。』
認可校、その言葉に紫暮と巡くんの瞳が揺れる。北地区はここ最近南地区担当の認可校、白星に任せていたらしく、認可校が決まらなければ北エリアの担当が変わるらしい。
『晴れて北地区の認可校は崖縁工業に決まったとのことっシュ〜!』
「…なるほどわ北地区の代表に崖緑が滑り込んだか。」
「めんどうな学校じゃなければいいがな。足手まといならたくさんだ。」
崖縁。北地区にある工業高校。私は一度崖緑にお世話になっているし、崖緑には確かあの子がいる。一緒に施設で過ごした優しい男の子。今でもよくお兄ちゃんと一緒に連絡をとっている。
私は崖緑なら安心かなとシュリを抱きしめながらふと息をつくき、隣にいたお兄ちゃんと目を合わせる。お兄ちゃんも同じことを思っていたのか、一緒になって微笑む。
『そういえば、指揮官田荘から楓に追加連絡ッシュ!』
その言葉にすぐに正気に戻ればシュリをじっと見つめる。指揮官補佐としての仕事のことかと内心ドキドキしながらシュリの言葉を待つ。
『シュリのメンテナンス、忘れてないか?とのことッシュ…シュリとしては、行きたくないシュが…。』
心臓が止まる。ドキンとして止まる。
いけない、忘れてたとわなわな肩が震えれば、紫暮に「大丈夫か?」と言われるけど、全くもって大丈夫じゃない。怒られる。絶対怒られる。
(あの崖縁の悪魔ことシュリの生みの親に怒られる!!!)
怒られることを想像すると自然と涙目になる。どうしようどうしようと、あわあわしていると制服のブレザーの裾を引っ張られる。
「楓、行ったら?どうせこれからパトロールだし。」
お兄ちゃんの言葉にぴんっとアンテナが張る、そうだ、今すぐいけば何とかなるかもしれない。善は急げと言うし。
私はお兄ちゃんに向かって「行ってくる。」とでない声で口を動かせば、頭を撫でられて「いってらっしゃい」と微笑まれる。
すぐ様お兄ちゃんのいる方向からUターンで駆け出す。
後ろから紫暮の「どこに行くんだ楓!」と言う言葉と巡くんの「やれやれ。」と言う声が聞こえるけどそんなものは無視して北地区の崖縁に向かって走り出す。
どうか間に合いますように。