6,光を慈しむことなかれ


「え? 君、雲雀恭弥の誕生日のために僕の元へ?」

 六道骸は呆然とした顔付きだった。メイド服を着て踊り狂えとでも言われたかのような、そういう。

「え? 俺、そう言わなかったっけ?」
「初耳ですよ……」

 額に手を当て、骸がうめく。珍しい、と葵は思った。この男も雲雀同様、リアクションの薄いタイプだからだ。

「まあまあ。お菓子代は奢るから」
「報酬が安すぎません?」

 ずらり。黒曜ランドのソファに並ぶのは、六道骸本人と、色とりどりの菓子袋だ。
 もちろん、麦チョコもある。骸は不服のようだったが。

「そもそも、僕に何を頼むおつもりで?」
「せっかくの誕生日だし、雲雀と思いっきり闘ってくれないかなって」
「君、愛しの恋人が死んでもいいんですか」
「あはは、おかしなことを言うなぁ。雲雀は死なねぇよ」
「僕が死ぬ事前提ですか……」

 げんなり。肩をすくめた骸が、足を組みかえる。
 葵は立ちっぱなしだ。黒曜ランドは嫌いじゃないが、客人に勧めるイスが無いのはいささか残念だ。この男の誕生日には、来客用のソファなんかが良いかもしれない。

「で、どう?」
「君は馬鹿ですか? 無論、お断りです」

 馬鹿ですか、と来たか。ふっと、口元が緩む。
 六道骸とは、リボーンが絡む前に数回会った事がある。個人的には、好ましい。と、思う。
 会話の相性がいいから。

「骸の物言い、けっこう好きだな」
「はあ。それはどうも」
「ディーノに似てるしな」
「はぁ?」

 骸の目付きが物騒になった。

「僕と、あの気障ったらしいイタリア男の発言が、似ていると?」
「うん」

 気持ちをそのまま口に出す性格。まあ、当然相手は選んだ上で、だが。
 そういえば、雲雀もそういうタイプだった。輪をかけて凄まじい部分があるから、彼は誰にでも構わずハッキリ言うけれど。
 ある意味、平等主義だ。

「君はよくわからない人ですね」

 鼻を鳴らしそうな勢いで、骸がキッパリ言い放つ。
 それでもソファから動かない姿は、やはり、ディーノにダブって見えた。

「大体、君自身は何をプレゼントするんです?」
「ん? 指輪」
「ゆびッ……」

 なぜか硬直された。

「え、何? 別に婚約指輪とかじゃねぇよ?」
「そうだったら重すぎて引きます」
「もう引いてんだろ」

 冗談だよ。そう言って笑えば、骸は非常に複雑そうな表情を浮かべた。
 苦味と甘味が同時に到来したかのような。チョコ味の渋柿でも口に突っ込まれたら、人はこういう顔を浮かべるのかもしれない。

「君の冗談は笑えない」
「骸に大爆笑されても怖いわ」
「大体、そういうものは一生を誓える人間が贈るものですよ」

 は。
 
「……うわ」

 今度は、葵が絶句する番だった。
 立っていて良かった。そう思った。座っていたら、膝が痛んだフリをしてかがむことなどできやしない。

「君と雲雀恭弥の関係など、明日の天候並みに興味が湧きませんが、」

 かがんだつむじに、心底どうでもよさげな声音が降ってくる。

「物事は簡単に終わらせられるものだと思ったら、大間違いですよ」

 やはり、ディーノに似ている。そう思った。
 共通点など無いに等しいのに、どこか重なるのはなぜだろう。つかずはなれずの関係性のせいか。それとも、確信を突く発言のためか。
 マフィアとして生きてきた男は、みな、そういう一面が養われるのだろうか。

「大間違い、ねぇ」
「ええ。全て、巡るばかりです」

 抽象的な言葉のわりに、なぜか重みを感じた。頭に鉛が乗るように、ずしりと。
 巡るばかり、か。だとしたら、今、自分が雲雀にしていることも、巡り巡って、結局、互いの身に跳ね返るのだろうか。
 自分自身に跳ね返るのはかまわない。けれど、雲雀は駄目だ。

「お前って、俺より年下だよな?」
「クフフ。さあ、どうでしょう」
「時々、俺よりずっと長生きしてるような気がする」
「していたら、どうします」
「雲雀の事、お願いするかな」

 軽く言ったつもりだった。さっきの指輪と同じくらい、質量の無い話。
 だから、まさか。予想外だった。喉元に、冷たい感触を覚えるとは。まったく。

「……笑えませんよ。本当に」

 さすがに動けなかった。目だけで、向かいに佇む相手を見る。
 骸はソファから立ち上がっていた。人形みたく無表情で。人の首に三叉槍を突き付けておきながら。

「あんな重たいもの、僕に押し付けていく、なんて。冗談でも言わないでください」

 雲雀は、そんな重たくないと思うけど。とは、言えなかった。
 今、馬鹿な事を言ったら殺す。骸の目が、そう告げていたからだ。

「君は、あの男と1年は一緒にいると聞きました」
「正確には1年と3ヶ月」
「赤子なら歩いてそれなりに喋り出す年頃ですよ」

 育児経験があるんだろうか。やけに詳しい。
 何が言いたいのかわからなかった。まさか、育児自慢ではないだろう。

「幼児でさえ、言葉で感情を伝えられる年月だというのに」

 色の違う両目が、暗く光って見えた。
 骸の後ろ、夕焼けが射し込んでいるせいかもしれない。目を焼くような色だった。

「君達は、一体何を伝え合ってきたんですか」

 だから、夕陽のせいだ。
 胸を焼かれるような気分がするのは。

「……骸って、」

 三叉槍が降りる。そのタイミングで、口を開いた。

「なんですか」
「意外と良い奴なんだな」

 うげぇ。そういう効果音が似合いそうな顔で、骸が空いた片手を振った。

「とにかく、誕生日プレゼントは他の物にして下さい」
「え〜」
「このお菓子は有難く頂きますから」
 
 おもむろに両手を広げ、骸が菓子の山を引き寄せる。

「はあ?!」
「アドバイスの対価ですよ」

 前言撤回。
 こいつは、案外ちゃっかり者だ。

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