5,逆再生のハッピーエンド


 ひらり。白いシーツが青空にはためく。
 気持ちいい快晴の下で、まるで飛び跳ねているかのようだった。

「君、意外とイタいこと言うよね」

 うきうきしながら感想を伝えれば、これだ。
 雲雀恭弥にはロマンスが無い。

「詩人っぽいねとか言えよ、せめて!」
「今年で何歳だと思ってるの、自分の事」
「20歳ですね〜!」
「自覚があって良かった」

 今日の雲雀は、いつにもまして毒舌家だ。
 天気の良さが舌の滑らかさに影響を与えているかのように、次々と暴言が飛んでくる。昔はトンファーだったことを思えば、まだマシなのかもしれないが。

「今日、休みなのかい?」
「うん。仕事が早く終わったから」

 昨晩、標的がさっさと根を上げてくれたから。とは、さすがに言えない。

「ゆっくり過ごせばいいのに。洗濯なんて、ハウスキーパーに任せて」
「それは、俺がイヤだ」

 自分はほとんどこの家に帰らない。そして、葵がいない時は、雲雀もこの家には寄り付かない。
 だから、週一でハウスキーパーの手が入る。今日がその日だった。キャンセルしたのは葵自身だ。

「俺は、雲雀と一緒にシーツを干したかったの」

 開けっ放しの窓から、心地いい風が入ってくる。2階ゆえの特権だ。
 その風を受けた雲雀が、目を細めた。白塗りのベランダが、眩しかったのだろうか。

「……2人で干しても、シーツの手触りは変わらないよ」
「そう思うか?」
「なに、その得意げなかお、えっ」

 雲雀の上ずった声が、耳元で弾けた。
 珍しいことだ。傲岸不遜を固めたようなこの少年が、素で驚いた声を出すなんて。
 バサバサと、シーツが全身に絡まりつつ落ちる。その音を聞きながら、おかしく思った。

「ちょっと、葵……!」
「なに?」
「シーツ、なんで急に落として、」
「いーじゃん。もう大体乾いてるだろ」

 ふわっ。シーツの海から、雲雀が顔を出す。
 窓際に寝転がったせいで、シーツの白さが目にしみる。太陽の匂いがした。自分と雲雀を包む、ツヤツヤした大きな布から。

「ほら、気持ちよくない?」

 横になったまま、問い掛ける。眉を寄せていた雲雀が、不意に目を閉じた。

「……あなたは、気持ちよさそうだね」
「太陽のにおい、好きなんだよな。干したてのさ、こういう」
「猫みたいだ」
「ネコ?」
「そう。猫」

 もぞり。シーツの下から、雲雀が手を伸ばしてくる。
 頬を撫でるのかと思えば、ぽん、と頭に手が乗った。

「ネコかぁ。まあ確かに、夜はネコだしな」
「そういう意味じゃない」

 ゆるゆると、前髪を撫でられる。心地良くて目を閉じた。
 太陽のにおいと、あたたかさと、雲雀の手の感触。すきなものに包まれている。しあわせだ。

「あなたは、色々な動物に似てる」

 ぼんやり、声を聞いていた。優しい手付きに、つま先の先まで力が抜けていく。
 こういう時、雲雀に別の何かを垣間見る。物が二重に映って見えるように、雲雀自身に、遠い日に置き去りにした誰かを見る気がするのだ。

「どうぶつ、……」
「初めて会った日は、狼に似てた」

 父性とか、情愛とか。そういう、もう覚えてもいないような、曖昧なものを。
 多分、それが理由だった。葵が雲雀に抱かれる、その。
 
「でも、あなたはどんどん犬っぽくなるね。今度は、猫」
「……わるぐちか?」
「まさか。小動物はすきだよ」
「なんで、?」
「僕の手元にいるから」

 よくわからない理由だと思った。
 頭が回っていないからかもしれない。雲雀の言っていることが、いつも以上に理解できない。

「ねむ……」
「寝ていいよ。仕事で疲れてたんでしょ」

 人は、一生執着するという。十代の頃に得られなかった物事に。
 自分が雲雀に惹かれ続ける理由は、おそらくそこが根本だ。葵には確証はないが自覚はあった。
 じゃあ、雲雀はどうなのだろう。まだ十代の彼は、これから何を得て、何を。

「あなたも、僕の手元にいたらいい」

 自分は、雲雀に何を与えられるのだろう。
 雲雀が得るであろうものを、妨害していないだろうか。

 全身が暖かくて、きっとそのせいだ。目頭まで、とても熱かったのは。

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