フォー・ユー

・バドエン(死ネタ含)
・10年後



 絶望。
 この感情は、絶対に人を屈服させる。雲雀恭弥、お前もだ。絶対に。


 やあ。お帰りなさい、恭弥。
 今日の任務は順調だったかい?ところでご飯とお風呂、それからお・れ、どれにする?
 なんて、ふざけてたら殺されそうだな。まずは手を洗って、とか言わずに筆を進めた方が良さそうだ。まあ黙ってこの手紙を読み進めてくれ。よろしく頼む。

 多分、ここまでで既にお前は萎えてると思う。知ってる。アレだな、俺がメイド服でベッドインしてた時並みだろ?悪かった。あの時は俺が悪かったよ。まさかお前がセーラー服派だとはな。

 お前と同棲を始めて早半年。慣れって怖いな。最初はお互い、ココが地獄か?みたいな顔して、同じアパートの同じ部屋で向かいあってたっていうのに。なんせ、俺は元・敵マフィアの構成員だし、お前はそのマフィアを壊滅させた張本人だ。

 ボンゴレが潰した組織の生き残りと、ボンゴレの幹部。

 字面が最悪だな。
 全て取り計らった沢田綱吉だって、その2人がまさか半年後には付き合い出すだなんて、これっぽっちも思ってなかっただろう。俺だってビックリだ。
 ちょっとした演技のつもりが、こんなにお前に入れ込むだなんて。

 俺はずっと惨めだった。
 居場所であったファミリーを壊滅させられて、敵幹部と同居。だったら、地下牢にでも監禁された方がまだマシだった。中途半端な自由と、最強の腕を持つ監視役。つくづく、沢田綱吉は人が悪い。精神の追い詰め方をわかってる。
 おっと、まだ目を離すなよ。思い出話はもうすぐ終わるから、あとちょっと耐えてくれ。活字を読むのは嫌いじゃないだろ?

 惨めだった。ずっと、惨めだったよ。
 ちょっと不審な素振りを見せれば、即攻撃。寝首をかこうとすれば返り討ち。お前には、一度だって勝てなかった。同居が同棲に変わってからも、口ゲンカはお前の圧勝だ。
 お前は最強だ。間違いない。
 孤高のプライド。高みにあり続ける精神。人をねじ伏せるためにあるような攻撃力。
 褒め殺しだな。貴重なデレだ、堪能してくれよ?


 どうして、俺を生かした?

 「たまたま」だって、お前は嫌そうな顔で言っていたな。確か、2度目に会った時だ。俺はお目こぼしだってワケだ。ヒバリさんにしては珍しい、って沢田は苦笑してたな。
 その「たまたま」が、お前の最初で最後の敗北の原因だ。

 この半年、幸せだった。これは、本当だ。嘘じゃない。 
 俺は料理が上手くなった。お前は相変わらず戦闘狂で、でも俺を見る目が優しくなった。休みの日、水族館に連れてってくれたのは忘れない。ガキかよ、なんて言いながら、俺は本当は嬉しかったんだ。でも、お前が真剣な顔で「ペンギンって飼えるのかな」って言ったのには、わりと引いた。
 俺が読みたいって言った本、枕元に置いてあった日は爆笑して悪かった。いやでも、お前も素直に渡せよ。「サンタクロースじゃない?」って、さすがに下手すぎるだろ。クリスマスでもあるまいし、俺は何歳児なんだ。
 あっでも、メイド服でのベッドイン、殴られたのは一生恨んでやるからな。あれでも俺は真剣だったし、わりとノリノリだったんだぞ。それなりに可愛く見えるよう整えて、そこに布団めくったお前が一発。「そのままの君の方がいい」とか、ベタなせりふ吐くなよバカ。


 このあたりにしておこうか。
 俺は別に、思い出を振り返りたいわけじゃない。そんなものはお前の記憶の中にたくさんあるだろうし、ずっと残っているだろう。
 だから最後に、もう一度だけ言っておく。

 絶望。この感情は、必ず人を屈服させる。絶対に。

 さて。お帰りなさい、恭弥。
 今夜の仕事は、ボンゴレのアジトの居場所を突き詰め、乗り込んできた組織の壊滅。あってるだろ?
 リモート・コード実行機能から脆弱性の無いIDSまで、ごってごてに固められた5種類のセキュリティ対策。プラス、RC4で暗号化された上にダミー付のダブルパスコード入力。それらを突き崩して侵入してきた相手には、さすがの雲雀恭弥様も驚いたんじゃないか?
 無事、お前が壊滅した組織のリーダーが告げた、情報屋の名前にも。

 二重スパイだなんてやるもんじゃないな。なんて、遅すぎるんだから、やっぱり俺はお前の言う通り、馬鹿なんだろう。

 こんな形でお前を裏切ったこと、申し訳ないとは思ってる。
 ボンゴレは最後まで恨んでたけど、それでもやっぱり、お前の事は好きだったから。
 お前だけは、本当に。


 便箋がそろそろ終わる。これで、最後にしようと思う。
 今夜、俺の抹殺命令を受けているお前へ。この手紙を読み終えたら、まっすぐベランダに向かってくれ。落ちてるUSBに、俺の情報の全て、つまり犯歴が詰まってる。それを調べれば、俺が「情報屋」としてつながってる組織の全てがわかるから。

 手紙を読み終えたら、ベランダの下を覗いてくれ。人の生死を分かつ時間は20秒だ。その時間内に助からなければ、人間はちゃんと絶命する。
 窓からの脱走を防ぐための地上10階が、こんなところで役立つなんてな。

 お前がドアの鍵を開けた瞬間。その時の音を、合図にしようと思う。
 最後にお前に勝つために、俺は笑って飛び降りるつもりだ。


 さよなら、恭弥。愛しているよ。
 どうか、お前が絶望してくれますように。


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