美しき乙女のかんばせに

見慣れたこの部屋は、もう木の葉も枯れた季節だというのに暑く、壁を覆い尽くす赤が熱く、入道雲のような煙が厚く広がっている。
苦しい、苦しい!だんだんと酸素が消えていく恐怖に涙を流すことしかできない。いや、それよりも怖いのはきっと迫り来る???とわたしの横で血を流した?????。口に広がる苦味、酸味。これらの底なしのような不快感はつい先程?????により口に入れられた果物が残していった。
「リシェ、これは?????だ、お前の……???が、ぁぁ…生きろ、…生きるんだ…ぁ…愛してるよ、」

暗転。





──これは何だったか、この言葉は、誰が発したのか。
うなされる自分の声で覚醒した意識の中で、そんなことが脳裏をよぎったが、思い出せないということは、必要ない記憶なのだろう。
─随分長い夢を見ていたようだ。眠りすぎた自分に文句を言うかのように、身体は重く、すぐには動かない。海辺特有の、忌々しいほど清々しくカーテンから差し込む朝日に、リシェは目を細めた。





海軍中将、リシェ。その名を知らない者は生まれたての赤子ぐらいなものであろうか。
海賊絶滅、そう掲げた女海兵は突然世界に現れ、異常な速さで名を広めた。その強さはかの鬼大将、赤犬も認めたという。そして、極め付けには花も恥じらうその美貌。これからの海軍もこれで安泰であると、民衆からの支持も高い。


「のはいいんだけどさぁ…」

凍りついた海の上で、青雉は眉を下がらせた。頬を掻きながら、話題の中将によって犠牲になった目の前のガレオン船を見上げる。
帆に大きく描かれたジョリーロジャー。まだ痛みの少ない鮮やかな塗装を見るに、この海に出てきたばかりの海賊達だったのだろう。それがこんなことになるなんて、可哀想に。

そこへ、華奢な少女がコートをたなびかせ、太めの高いヒールをコンコン、と鳴らしながら、甲板に姿を現した。この少女こそ、今世間を賑わせている張本人である。もっとも、彼女はそんなことなど興味のひとかけらもないようだったが。

少女時代をあと少しで過ぎようとしている彼女の、白くまろやかな肌にこびりついた鮮血は、紅玉のアクセサリーのようで、彼女に背徳的な色香を纏わせている。絶えない戦闘任務の中、惜しみなくさらけ出された大腿部は傷一つない。きらきらと光を吸い込みながら、ガラス細工のように輝くブルーの瞳が青雉の姿を捉えると、リシェはすぐに敬礼の形をとった。

「大将青雉、いらっしゃっていたのですか!」

「ん、あぁ〜…まぁ、ね。リシェちゃん1人で心配だから見にきただけよ。」

「お気遣い感謝いたします、が大将のお手を煩わせることはございませんので。」

「…そうみたいだね」

姿勢を崩さぬまま、腹の底から声を出すリシェを、青雉は呆れ半分で見下ろす。そんな青雉を見上げるリシェの顔は自信に満ち溢れていた。
はあ。と、青雉は心の中で溜息をついた。

(いつもの事ながら、まったくめんどくさい子だ。)

リシェ中将。
民衆の間では支持されてはいるが、海軍にとってリシェは問題児の域を超えに超え、海軍上層部を悩ませていた。戦った海賊を1人残らず惨殺し、その上貴重な証拠、盗品が残った船すら沈めてしまう。海賊全滅、とはなんとも頼もしい正義だが、青雉はそれだけではこの世界がどうにもならないことを知っている。純粋無垢といえば聞こえはいいが、無知は時に最悪の結果をもたらすこともあるのだ。

化粧っ気はないが、桃の様に熟れた唇を可愛らしく結び、誇らしげに青雉を見るリシェに声をかけた…が、心配なんて嘘に決まってる。困った様に青雉は頬を掻いた。むしろ心配で可哀想なのは海賊達の方だ!(仮にも大将の言うことではないが)と口から出かけたのを抑え、じゃあ帰ろうか、と沈みゆく船に背を向けた。

(大将青雉、腰を触らないでいただけますか。セクハラです。)
(これはエスコートって言うんだよ…って武器向けないで!)
(どさくさに紛れて撫でる事は私の知るエスコートではありません!)


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