薄い雲が流れては去り、三日月が陽の落ちた地上を静かに照らしている。深夜と呼ぶにはまだ早い、学園より少し離れた町外れ。ある草原の一角は、月の光に呼応するかのように淡い光を放っている。そして、その中心には二つの影が。
「……送る時には、こんな夜であって欲しいものだ」
とんがり帽子を被った、銀髪の男が呟いた。その隣で少女はこてん、と小さく首を傾げる。
「新月の暗闇も満月の煌めきも、主役である死者を引き立てるには少しばかり惜しい。だから、今日のような少しの月明かりと夜光草に照らされるなら、一番彼らも安心して眠りにつくことが出来るのではないか。少なくとも俺はそう思う」
時折吹いてくる肌寒い風は、ふわりと彼の髪を浮かせては靡かせる。
「確かに、こんな夜なら私も安心して旅立つことが出来そうです」
彼女はしゃがみながら、地に生えている夜光草を慈しむように指先で撫でる。
「おいおい、まだ死ぬ時じゃないぞ」
「あ、それもそうですね」
呆れたような彼の言葉に、少女はクスクスと笑い出した。すると、彼もやはり観念したように何がおかしいのか静かに笑い出す。
「お前はいつも、本当に楽しそうだな」
「だって、人生は楽しんだ者勝ちなんです。どこかの誰かの言葉ですけれどね」
「……そうだな。そういうことなら、間違いなく君は勝ち組ということになるのだろうな」
少しばかり声を詰まらせて男は答えた。もしかしてしくじっただろうか。けれど彼女は彼のその様子を不思議そうに見つめている。その瞳を見て彼はほっと息をついた。まだ、大丈夫。
「別に、私だっていつも楽しいことばかりだとは思っていませんよ?だけど、貴方とこうして話している時間は大好きなんです」
彼女は心底幸せだというような笑みを湛える。けれど彼にはその笑みがどうにも儚いものであるように思えてならなかった。
「俺も、お前とこうして話している時間は好きだ」
一見告白とも取れそうなその響きに、彼女は気まずそうに目を逸らした。けれど再びお互いの目が合い、思わず声を抑えて笑い合う。
「あーあ、いつまでもこうして笑っていられたらなあ」
彼女の言葉に、彼は思わず黙ってしまった。彼女はもう気づいてしまったのだろうか。彼は焦りと無力さを噛み締める。風も止み、何もかも音を立てない本当の静寂が訪れた。
「……知ってるよ。もうこれからはそんな日が来ることは無いことも。この世界は全て、全て夢の中の話で、貴方の精神魔法が絶えたら、もう私は、」
「言わなくていい」
目と目が合った。男の紅い瞳に、戸惑うような表情をした彼女が映っている。
「もう、良いんだ。お前は本当に良く頑張った。だからまだ、最期までは優しい夢を見ていて欲しい」
彼女は微笑んでありがとう、と言った。時間の経過と共に、世界がゆらゆらと歪んでいく。残念ながら、それは溢れてくる涙のせいだけでは無い。もう別れの時間みたいだ。
・・・・・
夜の暗い草原、三日月の下、一人の男が立っている。傍らには息絶えた少女。少し離れた場所からは、仲間の呼ぶ声が。何も、彼の仕事はこれだけでは終わらない。
「安らかに、眠れ」
もう動かない少女に夜光草を手向ける。これが天国への道標となって、彼女が天に昇るその時まで淡い光を放ち続けるのだろう。
「所詮は、理想論だ」
男は吐き捨てるように呟いたが、その声音からは愁いが零れるように溢れていた。つばの長い帽子を深く被り直し、死体を一瞥してその場を後にする。死神と呼ぶにはきっと、彼の心はあまりにも温かすぎたのだろう。
2019.04.03