#1

「すまないが、俺は君の事を生徒としか考えられないし、これからも変わらない。」
「君も学生なら本分である学業を全うしろ。この話はこれで終わりだ。」

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筆記用具一式が無い。
部屋中に散乱した段ボールをひっくり返しながら、なまえは本日何度目かのため息をついた。

「入学式当日に遅刻‥詰んだ」
静まり返った体育館にのこのこ入る私。はい、無理。想像しただけで冷や汗が出る。

高校入学を機に海外から単身帰国。晴れて一人暮らしを始めたものの、船便の遅れで荷物の搬入が入学式前日になり、現在に至る。あらかじめ発注してあった制服一式は届いていたからいいものの…筆記具だけが無い。段ボールの中だ。
オリエンテーションやら手続きやらで諸々記入するのだろう。だが時間がない。
諦めたなまえは新品のローファーを履くと、家を飛び出した。

(何とか間に合いそう!セーフ!)
校門が見えたところで安堵した瞬間‥先ほどまで走ってきた疲労のためか。そんなに大きくない小石に躓いた。
「‥!」
‥瞬間、腕を誰かに掴まれ、地面との衝突は免れる。顔をあげると、燃えるような髪に赤い瞳。
「あっ…ありが「大丈夫か!!!!!」」
(声でか!)
想像の10倍大きい声が下りてきて、思わず目をつむってしまった。

「新入生か!もうすぐ入学式が始まるぞ!急ぐといい」
腕を離すと、男は体育館を指差してにこりと笑った。どうやら教師らしい。
なまえはお礼を言うと、慌てて会場へと向かった。





入学式も無事に終わり、教室へ誘導される。
指定された席は、後ろから二番目の窓側だった。ラッキー!「猪突猛進んんんんん!!!」
ラッキーじゃなかった!後ろの人が怖い!
恐る恐る振り向くと、驚くほど綺麗な顔の男の子が座っていた。何故かボタンを止めておらず半裸だ。情報量が多いわ!

その彼を嗜めながらこちらへ来る男の子が二人。見るからに優しそうだけど入学早々ピアスキメてる子が私の前、隣の子は金髪だ。

「あああああ嘘でしょおおおおこんな可愛い子がいるなんて!!!しかも隣の席かよおおおおお嬉しすぎる!!!鼻血でそう!!」

なまえが「よろしく」と微笑むと、彼は本当に鼻血を出して椅子から落ち転げまわった。


(前の子がまともでよかった…凄く快くシャーペン貸してくれた)
オリエンテーションが終わり、手続きを済ませたなまえは帰宅すべく靴箱に手を掛ける。

校庭側へ開け放たれた扉からは爽やかな風と桜の花びらが吹き込み、春のにおいがした。
ふと風上を見ると、体育館の裏手に一際大きな桜の木が見える。
まだ昼過ぎだ。少し見ていこう。
そう思うとなまえは両手に大量の書類と教科書を持ったまま、足早に桜を目指した。

「うわぁ‥!凄い!」
見上げると首が痛くなるほど高い。青空が見えないほど大きく枝を広げた満開の桜。
ひらひらと舞い落ちる花びらが幻想的で、日本に帰ってきてよかったなぁ‥と幸せを噛み締めたのだが。


「煉獄先生、ずっと好きでした。付き合ってください!」
突如後方から聞こえてきた女子生徒の声に、条件反射で振り返れば。
10メートル程度の距離に、男女の姿を捉える。
女子生徒は後ろ姿だが、その前に立っているのは‥


「すまないが、俺は君の事を生徒としか考えられないし、これからも変わらない。」
「君も学生なら本分である学業を全うしろ。この話はこれで終わりだ。」

‥今朝助けてくれた先生だ、と認識すると同時にはっきりと聞こえた拒絶の言葉。思わずなまえは身を固くした。
今朝の溌剌とした声色では無く、諭すような、それでいて明々白々に拒絶の意思を込めた低い声。
当事者ではないが、これはキツい。息が苦しい気がして、なまえは胸に手を当てる。


拒絶された女子生徒は、肩を震わせ去っていった。同時に、赤い瞳がこちらを見た。やばい。何もやばくないけど、でも、ここから、
「ヘブッ!!!」

踵を返して走り出そうとした瞬間、地面に露出した木の根に躓き今度こそ倒れた。間抜けな声と共に。


「よもや!」
大丈夫か、と男が駆けより、腕を掴んでなまえを起こす。
色々と気まずい。なまえがフラれた訳ではないが、いやむしろ不本意に立ち会ってしまった可哀想な通行人Aなのだが‥今はスマートに立ち去りたかった。

「うぅ‥すみません、ありがとうございます」
何となく教師の目を見れず、ズキズキと痛むあちこちを我慢して散らかした書類を拾う。
煉獄と呼ばれた教師は無言でそれを手伝い、なまえに渡すと立ち上がった。


「君は‥普段からこんなによく転ぶのか?」
「はっずかしぃー!!!」
思わず勢いよく顔を見てしまった。
先ほど女子生徒に向けたピリついた雰囲気はどこへやら、煉獄は眉を下げて小首をかしげている。そして、ふ、と破顔した。

「‥!」
何かに頬を殴られた気がした。
心臓が煩い。‥まさか。


あぁ、落ちたな。
煉獄が去った後、なまえは空を仰いだ。
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