#87

「この前時透に会ったらさ、みょうじが煉獄先生と歩いてるの見たって言ってたんだけど‥」

「「「「‥‥‥‥‥」」」」

不死川家にて。
まるでバトルかの如く鉄板の肉に手を出していた面々が、玄弥の発言で一斉になまえに注目する。

不死川と伊之助は真顔、炭治カは笑顔、善逸は歯をギリギリと食い縛っており‥悲喜こもごもだ。

「あ、うん、彼女にしてもらった」
困惑し過ぎて、真顔で答える。

ブーッ
思い切りお茶を吹き出した不死川にタオルを差し出しつつ、泣き始める善逸にティッシュを渡す。

煉獄にも周りに話していいと許可は貰っているが‥何だか気恥ずかしい。


そうか、そうか‥ついにか‥と、ホロリと感涙する炭治カの胸ぐらを、何故か善逸が掴む。

「何泣いてんだ、紋逸?あいつ良いやつじゃねェか」
既に興味を失った伊之助は、どさくさに紛れて鉄板の上の獲物を端から全て自分の皿によそった。

困惑する炭治カをがくがくと揺さぶりながら、鬼の形相で善逸が振り返る。
「そんなことは分かってるし、‥‥‥分かってた!」

でもいざ聞いたら心が折れたんだよぉぉー!‥と、食卓に突っ伏すと、おいおいと泣き出してしまった。


ようやく吹いたお茶を拭き終わった不死川が、頬杖をついてなまえを見る。

「お前に彼氏ができるのは良いことなんだろうが‥相手が煉獄だと‥‥なんか、複雑だァ」
「え?‥不死川先生も、煉獄先生の事を‥?」
「違うわァ!!!」

バンッ!!‥と食卓を叩いた教師は、怒りに任せて生焼けの人参ばかりをなまえの皿に盛りだした。どういう感情!?


‥‥‥というのが、二週間前の事。





「あのぅ‥‥‥‥」
隣でニッコニッコと気味の悪い笑顔を振り撒く宇髄の重圧に耐えきれず、なまえは周囲に視線を泳がした。

とある居酒屋の一角。
悲鳴嶼、響凱、宇髄、なまえ、善逸。
向かい席に、
伊黒、炭治カ、不死川、冨岡、胡蝶、伊之助。

"飯食いに行くぞ!18:00な!"
という伊之助のメッセージにお腹をすかせて参上したところ、待ち構えていた宇髄に捕まったのだ。‥大方伊之助が、奢るからなまえを連れてこいとでも‥差し向けられたのだろう。


「あの‥これは、何の会でしょうか?」
何も言わない宇髄に怯えつつ、意を決して質問する。
「ん?煉獄を締め上げる会だけど?」
(ええええええ)

心の中で泣くなまえ。悲鳴嶼、響凱、冨岡あたりは「え?そうなの?」という顔で宇髄を見ている。

「悪ィ、職員会議で言っちまった」
(不死川先生ーーーーー!!!)

どこで発表してんだ!
なまえは頭を抱えた。

「でも、悲鳴嶼先生は気付いてたってよ」
(何で!?)
まさかの悲鳴嶼アイに驚愕する。猫グッズにせよ‥女子力!!!

折角先生方とまた会えたのに、何だか思ってた再会と違う。


「まぁそうビビりなさんな!ここの飯、旨いし楽しんどけって!」
「グェッ」
ご機嫌な宇髄に背中をバンと叩かれ、目から火花が出た。

‥確かに、お店はとても良い雰囲気だ。
駅から少し離れたこの居酒屋は、外観から和の空間が広がっており、ここのように個室も完備していて味も美味しい為、キメ学教師陣のお気に入りらしい。


そこへ。
「すまない、宇髄、遅くなった!」
あああ煉獄先生ーーー!!

ガラリと個室の扉を開けて、煉獄が入ってくる。突如現れた美しい焔色に体温が上がった。‥恋人になった今ですら、煉獄の姿が見えると高揚してしまう。

「ん?」
‥だが当人は、生徒達の姿を見て目をぱちくりと瞬いた。可愛いっ‥!
‥というか、煉獄先生にも知らせてなかったんかい!


「おう煉獄、みょうじ借りるぜ」
ニヤニヤしながらなまえの頭をがしりと掴む宇髄に、煉獄は事態を察知したらしい。
「‥いじめるなよ」と言いながら、悲鳴嶼の隣に腰を下ろした。


‥あの静かそうなゾーンに自ら行く煉獄先生、そういうところ好き‥!

惚けるなまえと対照的に、
「キィィーー!この彼氏感‥!」
などと言いながら善逸が机に頭を強打する。

だがすぐに、
「胡蝶先生ぇ、なまえちゃぁん!何飲みます?」とくねくねメニューを差し出してくるあたり、安定の善逸だ。


「色々あるなー!」
手にしたメニューを見つめる。とりあえず倒れない事は分かったので、少しずつ自宅で飲む量を増やしてみている。‥まだ自分の限界を知らないし、ソフトドリンクにしよう。

黒ウーロンにしようかな、と言うと、宇髄が「いや、下戸じゃ無いなら飲めや」などと言いながら、メニューを覗き込み圧をかけてくる。近い近い、肩がぶつかってます!

「アルハラ的なやつですね?」
「何とでも言え。卒業式で約束しただろォが」

まるで雑誌のモデルのようなイケメンで、特に下心無く距離が近い。‥生徒の時とは違う距離感に、あぁ、この人はモテるだろうなぁ‥などと、謎の上から目線で考えてしまった。






夕飯時の店内は、あちこちから楽しそうな笑い声や、若者のコール、店員の掛け声が聞こえてくる。少し薄暗い店内に、心地よい暖色の灯り。体に染み渡るアルコール。宇髄の近さも気にならなくなってきたし、胡蝶の美しさにドキドキが止まらない。


「‥で?どうやってあの堅物を落としたんだ?」
ビールを豪快に飲みながら、宇髄が絡む。

「まぁ!堅物だなんて酷いわ!」
「事実じゃねーか」
胡蝶のフォローに、素で返答する宇髄が凄い。なまえも善逸も、彼女が話すだけでホワホワしてしまうのに。


なまえは梅酒ソーダを飲みながら、記憶を探る。

「落とせた記憶が無いのですが‥よく私を見て笑ってらっしゃいました」
「ギャグ採用かよ!それは新しいわ!」

ははは!‥と、宇髄が笑う。

「みょうじは‥ギャグ採用なのか‥」
真っ直ぐな藍色の瞳がこちらを見つめる。
冨岡先生!お箸を止めてまで反芻しないで!

なまえは恥ずかしくなり、慌てて刺身に手を伸ばした。
今気づいたが、冨岡と伊之助が黙々と食べているから、話していると食事が無くなりそうである。(特に伊之助。というか伊之助)

刺身8点盛り、串盛り合わせ、枝豆、サラダ、軟骨唐揚げ‥いわゆる居酒屋メニューが新鮮だ。なまえはわくわくしてしまう。

初めて飲んだ梅酒にハマり、もう何杯かおかわりしている。甘過ぎず、風味豊かでとても好みだ。飲んでは食べて、幸せ。居酒屋楽しすぎる‥!

「お、空になってんな。すいませーん!梅酒追加で!」

ニコニコと酒を勧められ、言われるままに飲んでしまう。隣の善逸も胡蝶と同じペースで飲んでいたら限界を超えたらしく、なまえちゃぁんと腕に絡み付いてきた後、ニヤニヤしながら机に突っ伏してしまった。

ガヤガヤとした店内の喧騒が心地良い。
あぁ、楽しいなぁ。ふわふわするなぁ‥何か、全てが楽しく感じる。


ヘラヘラと笑いながら宇髄と話していると‥肩に誰かの体温を感じた。


「みょうじ‥大丈夫か?」
煉獄であった。

薄暗い店内の灯りに照らされた赤い瞳が酷く美しい。なまえの視線は瞳から、真っ直ぐな鼻筋‥少し潤った唇にうつり、今すぐ彼にしなだれかかりたいような誘惑に襲われた。

「煉獄先生!」

宇髄や胡蝶、冨岡といった‥教師陣に囲まれている事で、まるで高校時代に戻ったかの様な錯覚に陥っていた。その中で煉獄がこのように触れ‥彼が今や恋人であることを急速に思い出し、まるで天にも昇るような気持ちになったのだ。


「大丈夫です!梅酒が美味しいです!」
だがそんな邪な思考は隠さねばならない。
自身の胸の内を隠すよう、元気に梅酒を持ち上げ後ろを向いたなまえの髪が‥さらりと宇髄の肩にかかった。



「‥‥‥‥」
「‥待って。俺今すげェ面白いもん見てんだけど」

二人を見ていた宇髄が口元を手で隠す‥が。
じとりとした煉獄の視線を受け、声を上げた。
「はーい、席替えー!」
「!」


突然の大声に、隣のなまえはビクリとグラスを揺らした。

「あ、じゃぁお化粧室行ってきます‥」
わらわらと人が動いたタイミングで、席を立つ。私も付き添うわ、と胡蝶が微笑むと同時に、煉獄は宇髄と伊之助に連行されていった。

「‥‥」
立ち上がると、予想より足元が危うい。だがまだ取り繕える範囲だ。



ふわり、ふわり。
胡蝶と楽しく会話しながら、お手洗いに向かう。

何だか、とても楽しい。懐かしい先生たちに会えて、煉獄先生が心配してくれて、嬉しい‥!今さら、キーケースの中に煉獄の合鍵が入っている事を思い出し‥えもいわれぬ多幸感が押し寄せた。

「ふぅ‥」
鏡にうつるなまえは、少し頬が赤い。酒のものか、居酒屋の熱気によるものかは分からなかった。





「そろそろ帰るぞ」
悲鳴嶼の一声で、各々が帰り支度を始める。なまえも自身の荷物を持ち、立ち上がるが‥ふらりとふらつき、伊黒にぶつかってしまった。

「‥‥飲み過ぎだ、馬鹿者」
腰に回された腕で、何とか転倒は免れる。
優しいなぁ、助けてくれた‥と、へらへらしていると‥
「いだっ」
ズビシと伊黒の指が額に刺さった。懐かしい痛みに更に頬が緩む‥‥が。

「‥しばらくは飲みに行かせない方がいいな、煉獄」
「全くだ!」

真後ろに煉獄がいたことに気付く。少し呆れたような声に‥汗が出た。



「俺はみょうじを送っていく!またな!」
外に出ると、ガヤガヤと二次会の場所への移動が始まっていた。

「おー、送り狼になるなよ!」
「ならない!」
耳がァ!

タクシーを止めながら真後ろで聞こえた声に、久々に耳がやられた。ぐるぐる回る視界も相まって、何だか頭痛もしてきた気がする。

「‥吐き気は?」
「ありません、ぐるぐるするだけ、です‥」
「‥‥‥」

タクシーの扉が閉まる。少しの沈黙の後‥煉獄が、なまえの知らない住所を告げた。




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