2.千軍万馬の取り零し

例の“牛島さん脳天スパイク事件”については、俺もその場で見ていた。正直ぎょっとした。最上はよりにもよってあの牛島さんの頭を思い切りひっぱたいたのだ。
“最上お前何やってんだ”および“牛島さんあなた何やらかしたんスか”という2つの感想を同時に抱いた。恐らく俺に限らずあの場にいたチームメイトはもれなく全員そうだったのではないかと思う。最上のその突然の行動を頭ごなしに責めるには、あまりにも最上の性格が性格だった。最上は牛島さん並に喜怒哀楽が分かり辛い、ロボットのような奴だ。何事も淡々とこなすし、基本的に無口で言葉は必要最低限しか発さない。それでいて礼儀礼節は滑稽な程にわきまえているらしい。先輩方はもとより、どういうわけか同級生である俺らの学年に対しても無駄に腰が低いし基本的に敬語だ。そんな最上が助走とジャンプ付きで牛島さんの頭をひっぱたいたのだ。どよめきが起こって然るべきだ。“普段大人しい奴ほど怒ると怖い”とはなるほどこういう奴のことを言うのかと妙に納得した。
しかし別にその一件自体は部内においてそんなに大それたことでは無いと思う。最上は目に見えて気にしているらしいのだけれども。問題はその一件以降の牛島さんだ。


「…………。」

「?」


最近牛島さんは、練習中明後日の方向を見ていることが多い。そしてその視線の先には決まって最上がいるのだ。最上は牛島さんの視線に気付くと毎回びくりと身体を震わせて顔を真っ青にする。なんだか最上が“人間らしい”。最上にしてみたら至極不謹慎なのかもしれないけれど俺は思わず毎回少し笑ってしまうのだ。


―――――


「白布くん」

「なに」

「私、牛島さんに戦力外通告受けてるかもしれないです」

「は?」


ある日の昼休み。唐突に俺のクラスに来た最上はこれまた唐突にそんなことを言った。最上曰わくあの件以降牛島さんに嫌われてしまったらしい。なるほど最上は最近の牛島さんの言動をそう捉えていたのか。最上らしいと言えば最上らしい。そう考えるといろいろと辻褄が合ってしまうのだ。とは言え牛島さんってそんなことをずっと根に持つようなタイプなんだろうか。少なくとも俺にはそうは見えないけれども。


「それは考えすぎだろ」

「だって事ある毎に仕事奪われるんです」

「…それについてはさすがに俺も理由は分からないけど」


兎に角なんと言っても相手が相手だ。俺のような凡人では到底理解すら及ばない異次元に牛島さんは生きている。なんというかこう、牛島さんは物言いは至極はっきりとしているけれどもいつもいつも言葉が足りないのだ。なかなか理解に苦しむ場面も多い。俺もセッターとしてまだまだだなぁなんて思った。


―――――


「牛島さん」

「なんだ」


練習終了後の部室にて。俺は昼休みに最上から受けたそんな相談について、早速牛島さんの真意を探るべく直接話を切り出した。先刻今日も今日とて牛島さんから“鍵なら俺が閉めるからさっさと帰れと言っているだろう”という言葉を淡々と投げかけられ、とぼとぼと帰って行った最上。さすがにその姿はあまりにもいたたまれなかった。


「最近最上を早く帰すの、どうしてですか?」


そんな質問を投げかけてみると牛島さんはきょとんとした。そして若干眉間に皺を寄せていた。


「女子が一人で街灯も少ない夜道を歩くなど、危険だろう」


牛島さんの言っていることは非の打ちどころが無いくらいに正しい。しかしいろいろとツッコミどころはある。まず何故今更なんだとか、そもそも牛島さんそういう気遣いとかするようなタイプだったんだとか。
とにもかくにも案の定遠回しな戦力外通告だなんて最上の勘違いに過ぎなかった。牛島さんはさも当然だとでも言うようにそんなことを言ったのだ。どういうわけか俺までほっとした。そうだ、そもそも良くも悪くも何事もストレートな牛島さんが戦力外通告をそんな遠回しな形でするはずがないじゃないか。


「できればそれ、最上にも直接言ってあげてもらえませんか」

「?何故だ」


そうなると最上の無言の葛藤なんて知る由も無いであろう牛島さんは、首を傾げた。


「最上が気にしてたんで。牛島さんに嫌われた、って」


牛島さんは、こう言ってはなんだけれども自分自身がストレートなだけにあまり行間を読めないタイプだと思う。だから少し最上には悪いと思いつつも、そのままを伝えた。牛島さんはそんな俺の言葉に対して特に表情を変えたりはしなかった。
ただいつも通りの無表情のまま、床に手を付いて崩れ落ちたのだった。えっ


「若利くん!?」

「若利!?」


そんなエースの異様な姿に、俺は勿論その場に居合わせた天童さんと大平さんもぎょっとしていた。牛島さんは牛島さんで床に向かってぶつぶつと何かを呟いているし。なんなんだこの人。


「げ、元気出しなって若利くん!」

「そうだぞ若利。最近のお前はいい感じだ。ただ少し言葉が足りなかったかもしれないな。たしかによりにもよってお前にいきなり仕事手伝われれば最上だって驚くだろうな。悪い、俺の見込みも甘かった。」

「でもでも!逆にギャップ的な意味では若利くん今すごく有利かもよ!?さくらちゃんにしてみたら“嫌がらせ”だと思っていたことが全部若利くんが“さくらちゃんを思ってのこと”だったんだから、ね?」


天童さんと大平さんが牛島さんの背中に投げかける発言を聞いて、なんとなく状況が理解できた。しかし理解はせど俄かに信じがたい。だってまさか牛島さんが。よりにもよってあの牛島さんが。俺はあれだけ牛島さんの姿を見てきたにも関わらず全く気付かなかった。予想すらしなかった。しかしもしも本当に“そう”であれば、ここ最近の牛島さんの最上に対する謎の視線や行動の意味に全て説明ができてしまうのだ。いつから?きっかけは?というかそもそもあの牛島さんにそんな感情があっただなんて。しかも相手は最上。なんだか状況を理解するに従っていろいろと次から次へと新たな疑問が生まれてくるものだから、混乱してきた。相変わらず牛島さんは床に向かってぶつぶつ何か言っているし。


「というか牛島さん。最上に夜道一人で帰らせるのが不安なら、一緒に帰ってやれば一石二鳥じゃないですか…?」


思わずその背中に向かって声をかけると、3年生3人の視線が一斉に俺に向いた。天童さんと大平さんも“その手があったか!”と言わんばかりの表情だ。


「白布…お前、天才だったか」


牛島さんの呟いたそんな言葉を受けて天童さんと大平さんは揃って拍手をし始めた。
俺は“白鳥沢バレー部って、バレー以外に関しては思考能力働かないのだろうか。大丈夫かな”と純粋な不安を抱いてしまったのだった。

.

ALICE+