番外編.永寿禍福を心から(2016.08.13)
どうしよう。こんな難問に直面したことなんて、かつてあっただろうか。でもうかうか悩んでもいられない。期限は刻一刻と迫っている。
こんなこと、誰にも相談できない。それに相談したところで何か進展があるとは思えない。でもそうこうしているうちにもうあと1週間。やばい。さすがに、やばい。
「…最上」
練習終了後の部室にてそんなことを考えていると、ふとその低い声で名前を呼ばれた。思わず身体が小さく跳ねたのだった。
「なんですか?」
無理矢理平静を取り繕いつつ、その人の顔を見上げた。その眉間にはどういうわけか皺が寄っていたのだった。そんな状況で、じとりという視線。果たしてこの人のそれに恐れおののかない人間なんて、この世に存在しているのだろうか。
「何を悩んでいる」
「え?」
「近頃のお前は、いつも眉間に皺が寄っている」
「………。」
まぁ、あなたも今そうですけれどもね。
そんなこと、どうして私に言えるというのだろうか。
「何かあるのなら、言え。俺に力になれることがあるならなんでもする」
なんて頼もしいのだろう。きっと牛島さんなら、大抵のことであればなんでも力づくで解決してくれそうな気がする。私のイメージにすぎないけれども、きっと実際そうなのだろう。
「いえ、大丈夫です」
でも今回は事情が事情だ。少なくとも、牛島さんに頼るという手段は選ばないほうが良いのだろう。いかんせん経験も乏しい私にはそれが果たして正しいのかどうなのかなんていう判断はできないけれども、なんとなく、そういう気がするのだ。
「……そうか」
すると、牛島さんはそう呟くとスタスタとロッカーの前へと向かって行ったのだった。心無しか、普段はビシッと伸びているその背が若干丸まっているような気がした。牛島さん、疲れているのだろうか。
だとしたら、私は一刻も早くこの部誌を完成させないといけない。きっと牛島さんのことだから、どんなに疲れていても私の帰りを待っていてくれるような、そんな気がする。自意識過剰かもしれないけれども、これは今までいっそ困ったことすらあったような経験に基づいた予測だ。だから早く終わらせてしまおう。
「おっつかれー!いやぁ、今日も絞られちゃっ……ん?何してんの若利くん」
「?」
その後10分程して、天童さんが部室へと戻ってきた。するとそんなことを呟いたものだから、私は顔を上げて牛島さんの姿を反射的に確認したのだった。
牛島さんは、部室の隅で体育座りをしていた。
「なんかこんな若利くん見るの、久しぶりカモ…」
その背中は、とても大きいはずなのにどういうわけか異常に小さく見えて。しかもなんだかどんよりとした空気が牛島さんを纏っている気がする。まるで、落ち込んでいる人の状況そのものだ。牛島さんが落ち込む?え?
そんな信じ難い光景に目を疑っていると、天童さんがしみじみとそんなことを呟いたのだった。
「というかさくらちゃん、若利くんいじめたでしょ?」
「?いえ、そんなことはないですけど…」
そして天童さんはそんなことを続けたのだった。この人も相変わらずぶっ飛んだことを言う。どうして私が牛島さんに対してそんなことをする必要があるというのだろう。いやそもそもできるはずが無い。むしろ、できたとしても牛島さんがなんらかの反応をしてくれるとは到底思えないのだけれども。
そんなことを目で訴えてみるも、天童さんは相変わらずじとりという視線で私を見てくるのだった。なんだか、意味が分からないのだけれども。
「ほら若利くん、覚お兄ちゃんに何があったか教えて~」
「………。」
そして天童さんは、牛島さんに向かって耳を傾けたのだった。うんうんと頷く天童さんの姿を見て、なんだかよく分からない罪悪感に捉われてしまったのだった。というか覚お兄ちゃんって。
「分かったありがとう!じゃあさくらちゃん、耳貸して」
「?」
そしてその直後、その人は私のすぐ近くまで駆けてきたのだった。そして口元に手を添えているものだから、私は反射的に右耳を天童さんのほうへ傾けたのだった。
「若利くん、さくらちゃんが頼ってくれないって拗ねてるよ?」
「は」
天童さんが小声で呟いたのは、これまた俄かに信じ難い内容だった。
さすがに私もいい加減学習した。きっとこれは天童さんの脚色が存分に入ったものに違いない。内心少しげんなりとしながらも、私は天童さんの話を大人しく聞くことにしたのだった。
「でもね俺、ピンときちゃった。さくらちゃんが悩んでたのって、あれでしょ?13日の件でしょ?」
思わず身体が小さく跳ねた。なんというか、さすがだ。もしかして天童さんは、本当にエスパーか何かの類なのではないだろうか。
「はぁ、まぁ…」
「だよねー。若利くん、そういうところは分かりづらいもんねぇ。」
「そうですね…」
「俺、若利くんに何が欲しいか聞いてあげよっか?」
「え?」
こちらがろくに返事もできないでいるうちに、天童さんは牛島さんのもとへと戻って行ったのだった。
これは、ともすれば私は天童さんに感謝すべきなのかもしれない。私はろくな相談すらしていないのに、全てを悟ってくれた。なんて頼もしい先輩なのだろう。やっぱりちょっと怖くはあるけれども。
「タオルとテーピング用のテープが欲しいって!」
そしてしばらくして、天童さんは完全に私の悩みを解消してくれたのだった。
良かった。そのあたりだったらほぼ確実に役に立てるだろうし、少なくとも迷惑にはならないだろう。早速明日にでも買いに行こうか。
そんなことを考えながら天童さんに向かって小声でお礼を伝えると、その人は何かを企むようにフフフと笑ったのだった。
「でもそれだけじゃつまんないからさ、ちょっと渡し方、サプライズ的なあれにしてみようよ!」
「…サプライズ?」
天童さんの表情を確認すると、いつものように口角を上げ、ニタリと笑っていたのだった。
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そんなこんなで迎えた8月12日。私はいつものように牛島さんと一緒に帰宅をしていた。
1週間前の牛島さんど凹み事件から、どういうわけか牛島さんはいつにも増して口数が減ったような気がする。気のせいかもしれないけれども。
そして玄関から牛島さんの背中を見送った後に、私は家の中へと入ったのだった。
「あ、さくらちゃん、おかえり~♪」
「………?」
するとどういうわけか、そこには天童さんがいた。あれ、おかしい。私は帰る家を間違えたのだろうか。
しかし天童さんに続いて、異常にニコニコしながら玄関先に現れたのは、たしかに私の実の母親だった。
「さくらちゃん、23:30には出るから用意よろしくネ」
「は」
「若利くんのほうは獅音たちに任せてるから~。もうねぇ、キミたち二人揃って早寝とか本当困っちゃうんだケド」
「?」
とりあえずは、天童さんと並んで食卓についてみたのだった。
今日の夕ご飯は、どういうわけか物凄く豪華だった。深夜徘徊の類については殊更厳しい母親が、天童さんのそんな話を聞いた上でも終始ニコニコとしているあたり、やっぱり天童さんって恐ろしいなぁと感じたのだった。
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「さくらちゃん、ちゃんとプレゼント持った?」
「あ、はい」
「よし、じゃあいざ出陣!」
「………。」
深夜23:45。私はどういうわけか男子学生寮に来ていた。果たして女子がここに入ってもいいのだろうか。そんなことを思えど、この時間、どうしても眠くて仕方が無くてそんなことを考えている余裕は無かった。ご飯もいつもよりも多めに食べたし、お風呂だってゆっくり入った。きっと今の私であれば、どこでだって寝られることだろう。
そんなことを考えていると、気付けば目の前にずらりとバレー部の面々が集まっていたのだった。一体、なんなんだろう。
「最上、眠いの?」
すると川西くんが、私の表情を見るや否や少し笑いながらそんなことを言ってきたのだった。私は素直に頷いた。すると隣にいた天童さんは「好都合!」なんて言ってはしゃいでいた。よく分からない。
「天童さん、いいですか。余計なことはしないで下さいね」
すると白布くんが、じとりという視線を天童さんに送りながらそんなことを呟いていた。天童さんはニタリと笑っていた。なんだか背筋がゾッとした。
「このくらいは、いいでしょ?」
「………。」
するとその直後、髪をわしゃわしゃといじられるような感覚があった。白布くんは私を見ながらげんなりとした顔をしていた。
果たして私は今、天童さんに何をされたのだろう。とりあえず自分の姿を確認しようとするも、近くに鏡が無かったものだから諦めた。
「よし!そろそろだ!若利の奴寝るときは即だから間髪入れずに飛び込めよ最上!」
「!」
そしてその後、私は瀬見さんに腕を引かれてある部屋の前へと立たされていたのだった。
背後では、カウントダウンが始まっていた。
「よし、行け!!」
「!?」
そして「0」がカウントされるとほぼ同時に、眼前のドアが開き、私は背中を思い切り押されたのだった。ふんばりが利かず、前方に手を付くと、背後のドアがバタンと勢いよく閉まる音がしたのだった。
「………。」
「………。」
状況を確認しようと顔を上げると、そこにはベッドがあって、そこに既に横になっていた牛島さんとまともに目が合ったのだった。
牛島さんは目と口を半開きにしつつ、どこか呆然とした様子で私を見ていた。きっと私も、同じような表情をしているに違いない。
「…最上」
「はい」
「何故お前が、ここにいる」
至極ごもっともなご意見だと思った。ともすれば不法侵入だ。思わず私は言葉を失ってしまった。
「う、牛島さん」
「なんだ」
「お誕生日、おめでとうございます…」
「………?」
だからとりあえず、取り急ぎ伝えたいことだけを伝えた。牛島さんは上体を起こした後、小首を傾げていた。そこで私は、タイミングを失う前にと、間髪入れずにプレゼントの包みを渡したのだった。
牛島さんは、まだ状況を理解できずにいたようだった。
「とりあえず最上」
「はい」
「その頭はなんだ」
「頭?」
「怪我でもしたのか?」
「?」
「包帯、か?」
「??」
そう言われ、自分の頭に触れてみると、たしかに何かが巻き付いていた。きっとこれは先刻天童さんにされたものだろう。一体なんなのだろう。確認しようにも、牛島さんの部屋にも鏡は無かった。
「若利くん!!お誕生日おめでとー!!!」
「「!!!」」
そんなかんじでしばし二人で呆然としていると、背後から天童さんの元気の良い声が聞こえてきたのだった。そしてどたどたと、数名分の足音も聞こえてきた。
そして程なくして、牛島さんは完全にプレゼントの山に埋もれていたのだった。それでもやっぱり牛島さんは終始きょとんとしていた。
「で、今日の目玉はこの子!俺たち全員からのプレゼントだから、今夜は好きにしてあげてネ☆」
天童さんはそんなことを言いながら、私の背を軽く叩いたのだった。その直後、お菓子の箱のような縦長の包みを牛島さんに投げた後、「良かったら使って☆」なんても言っていた。
そしてそれぞれが牛島さんにお祝いの言葉を告げ終わると、気付けばまた部屋の中には私と牛島さんの二人きりになっていた。
「あ、すみません。私も帰ります。失礼しました」
とりあえずは立ち上がり、依然きょとんとしている牛島さんに向かって頭を下げた。
まぁ、ひとまずお祝いの言葉もリアルタイムで言えたし、悩みに悩んだプレゼントだってしっかりと渡すことができた。だから長居は無用だ。
そう思ったのに。どういうわけか腕をがっしりと掴まれてしまったのだった。
「最上」
「…はい?」
「なんというか、すっきりとした顔をしている」
「?」
「悩みは、解消したのか?」
何を言われるかと思いきや、牛島さんはごく真剣な顔をしながらそんなことを言ってきたのだった。悩み、と言えば…
「牛島さんへのプレゼント選び以外には、特に最近これと言った悩みは無かったですけれども…」
「……そうか」
牛島さんは2度ぱちぱちと瞬きをした後に、そう呟いたのだった。なんというか、表情に大きな変化は無かったけれども、その声色はどこか安心したようなものだった。
…そんなことよりも、
「夜分に押しかけてしまって、大変失礼しました。私、帰ります」
とにかく、こんな時間に他人様のお部屋に押しかけてしまうだなんて、少なくとも高校生という立場で考えると物凄く非常識なことだ。今更すぎるけれども。
なんとなく、牛島さんはその点厳しそうだ。怒られる前に立ち去ろう。
そんなことを思ったが故の発言だったのだけれども、牛島さんは一向に私の腕を放してくれようとはしないのだった。
「最上、それは駄目だ」
「帰りはタクシー呼びます。携帯も財布も持ってきているので、」
「…最上」
「?」
牛島さんにこれ以上迷惑はかけられまいとそんなことを言うと、牛島さんは唐突に私の頭を撫でてきたのだった。
するとしゅるりという音が聞こえた後に、その手には赤色のリボンが絡まっていた。
「天童から、今日はお前を好きにするように言われた」
「は、はぁ」
「だから、好きにさせてもらう」
「!?」
直後、私の腕はぐいと引かれたのだった。咄嗟のそれに耐え切れず、私の身体はベッドの上に座る牛島さんと激突する形となったのだった。その衝撃に言葉を失っていると、身体がとても硬いもので拘束された感覚に陥った。
「ありがとう、最上」
「え」
私は、牛島さんに抱きしめられていた。
普段であれば、こんなの、逃げ出したくなるくらいの緊張ものだろうに。どういうわけか今は、なかなかどうして落ち着かないわけでもなかった。
きっと今、あまりにも眠いせいなのだろうか。
「………。」
「え」
そしてそのまま牛島さんは、ベッドへぽすんと身体を倒したのだった。
その腕の中にいる私も、自ずとそれに従って同じ体勢になるわけで。
そして程なくして、頭上からは規則正しい寝息が聞こえてきたのだった。え、牛島さん。もしかして今日一晩、この状態で眠るんですか。今、真夏なんですけれども。
そんなことを思えど、今更牛島さんを起こすわけにもいかなければ私が自力で脱出できるわけもない。
ああこれ、詰んだな。ここは大人しく、流れに身を委ねるしかない。
そう思う頃にはもう、私の眠気もまた、ピークに達していたのだった。
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「白布」
「牛島さん、おはようございます。最上は帰ったんですか?」
「ああ。先ほどランニングがてら送って行った。それはそうと、」
「?」
「これ、今回天童からもらったものなんだが…」
「!!?」
「水風船か何かか?」
「………!!!」
「…白布?」
「…牛島さん、すみません。今俺、あのゲス野郎をどやすべきか牛島さんの今後のためにそれの使用用途を説明すべきか、図りかねています…!!」
「?」
「宿題に、させて下さい…!!!」
「???」
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