番外編.以心伝心程遠く(200000Hit御礼)
※6/21現在で、コミックスには未掲載のネタバレが含まれます。コミックス派の方はどうかご注意下さい。
「牛島さん」
「なんだ」
「牛島さんって、寮暮らしなんですか」
「?そうだが」
今日、たまたま牛島さんと天童さんの会話が耳に入ってきて発覚した事実。驚愕した。
私は今まで割と結構な頻度で帰り道を牛島さんに送ってもらっていなかっただろうか。ただでさえ練習終了後でお疲れの牛島さんに、そんな遠回りなんて次元の話ですら無いことをさせてしまっていたなんて。一気に血の気が引いた。
それにしても、私も私でずっと同じ部の中にいて、よく気付かなかったものだ。少し興味さえ持てば気付くきっかけなんて今までいくらでもあっただろうに。マネージャーとして、そんな観察力的な意味での未熟さは、割と致命的なものなのではないかと思う。反省しなければ。
そして一方の牛島さんは「それがどうした」と言わんばかりに真顔だ。やっぱり牛島さんは、物凄く器の大きなひとらしい。きっと牛島さんにとっては「夜道は女性を一人で歩かせない」ということがもはや常識化しているのだろう。絶対王者なのに紳士って。本当にこの人には、隙という隙が無い。
・・・でも、
「牛島さん。今日から帰り、送って頂かなくて大丈夫です」
その事実を知った今、さすがに甘え続けることはできない。だってなんと言ってもこの人は絶対王者だ。宮城の、ひいては高校バレー界全体の宝だ。
たとえ今回(俄かに信じ難いことに)恋人という関係になったとは言え、そのあたりはしっかりさせておかないといけないだろう。いやむしろ、恋人になったからこそ、だ。
「・・・何故だ。」
牛島さんは一瞬目を見開いた後、睨むように私を見下ろしたのだった。というか睨まれている。こっわ。
一瞬で全身に緊張が走った。よくよく考えると、私の発言は牛島さんのご厚意を無碍にしたものに他ならない。それについては、否定のしようも無い事実。しかしそれとこれとは話が別だ。こればっかりは、いくら牛島さんに真っ向から対立する形となったとしても私は譲ってはいけないと思うのだ。
「寮、すぐそこじゃないですか」
「それがどうした」
「牛島さんの遠回りになるじゃないですか」
「それがどうした」
「・・・だから、遠回りに、なるじゃないですか・・・?」
「だからそれがどうした」
どうしよう。牛島さんがどういうわけか「それがどうしたしか言わないモード」になってしまった。しかしどう返せば良いのか分からず思わずただリピートしてしまった発言に対してすら、律儀に同じ言葉を再び返してくれるあたり、やっぱり牛島さんは紳士なのだと感じた。
「牛島さんに、迷惑をかけたくないんです」
しかし再三になるけれども、私だってそこは譲れないのだ。ひと睨みで全てを服従させることのできそうなその目を見上げそんなことを言うと、牛島さんは一転してきょとんとした顔をつくったのだった。
「・・・迷惑?」
そして少し首を傾げながら、牛島さんはそんなことを呟いた。
最近気付いたけれども、これは牛島さんが本気で状況を理解していないとき特有の仕草のようだ。
「あの、つまり、練習でお疲れのところ、わざわざ遠回りをさせてしまうことは迷惑なんじゃないか、と」
「ああ、そういうことか」
牛島さんはようやく真顔に戻ったのだった。とりあえずは、私の考えを理解してくれたらしい。
それはつまるところ、今に至るまでそんな私の意図は牛島さんへは一切伝わっていなかった、ということで、
「・・・なんで今一瞬怒ったんですか?」
とりあえず牛島さんが私の今回の提案を最初どのように受け取ったのかが、物凄く気になった。だから今回はストレートに聞いてみたのだった。
「最上が反抗期になったのかと思った」
「・・・反抗期?」
「夜道をわざわざ一人で歩きたいだなんて、反抗期の奴の思考だろう」
私は今まで反抗期に至った経験は無かったから、それは初耳だった。些か牛島さんの反抗期に対するイメージが極端な気もするけれども、牛島さんがはっきりとそう言うならきっとそういうものなのだろう。
「え、あ・・・私反抗期じゃないので大丈夫です」
「そうか」
牛島さんは私を真っ直ぐと見据えながら頷いたのだった。これは、私の主張を全て納得してくれた上で、認めてくれたということなのだろうか。
「・・・?」
「・・・?」
しかし牛島さんは程なくして、再び首を傾げたのだった。思わずそれにつられて、私も同じ方向に頭を倒してしまった。
「最上」
「はい」
「それとこれとは話が別なような気がするんだが」
「え、あ、そうですか」
「?」
「?」
しばしそのまま、二人で首を傾げ続けたのだった。
「・・・とりあえず帰るか。送る。」
「えっ」
「?」
今までの流れは、一体なんだったのだろう。なんと、状況は一歩分たりとも進展していなかったのだ。
やっぱり牛島さんの思考は読めない。これは絶対王者と平民という私たちの立場の違い云々の問題ではなく、単純に牛島さんの性格が起因なのではないかと思う。これも最近ようやく気が付いたことなのだけれども、牛島さんの考え方は常人離れしているというか、まぁストレートに言うと、牛島さんはなかなかの天然さんなのだ。
「あの、牛島さんの迷惑になるので、送って頂かなくても大丈夫です」
そして、再びそんなことを伝えてみた。するとやっぱり牛島さんはきょとんとしてしまうのだ。
「最上」
「はい」
「俺は最上に、暗い中を一人で歩かせることが心配だ」
「・・・お気遣い、ありがとうございます」
「そういう意味では、そんな心配をしなければならないことのほうが迷惑かもしれない」
「・・・申し訳ありません。じゃあ、親に迎えを頼ん「いや、それ以前に」
牛島さんは私の目を直視したまま、その大きな左手で私の右手を掴んだのだった。
「俺は、ぎりぎりまでお前と一緒にいたい」
あくまで真顔で、顔色の一つだって変えない牛島さんからそんなことを言われてしまったのだった。
「え、あ、ありがとうございます」
あまりにも淡々と言われてしまったものだから、こちらも淡々と返さざるを得なかった。
しかしてよく考えると、今私は牛島さんからなかなか凄いお言葉を頂戴してしまったような気がする。でも、再三になるけれども牛島さんはあくまで普段通りのあのテンションなのだ。
なんだかいろいろと状況が理解できなかった。まぁそもそも今の私が牛島さんの全てを理解できるわけもないのだけれども。
そうなってくるともはや私に何かできることがあるわけでも無い。だからとりあえずは、何も考えずに状況に身を任せてしまおうと思った。
そうだ。手を繋いでいること以外は、今の状況は普段通りのものでしかない。
そのはずなのに。
どういうわけか心臓が、自分でも信じられないくらいに五月蠅いのだ。
.
-
200000Hit御礼企画
テーマ:「トリトマに乾杯」番外編