13.姉と悪友


果たしてあの場合、何が模範解答だったのだろう。
少なくとも赤葦くんから「天然ですか?」という問い掛けを受けてから、私の中では様々な疑問が駆け巡った。赤葦くんの言う「天然」とは、どういう意味だったのだろうか。
言葉的には、「天然ボケ」もしくは「天然or養殖」という意味のどちらかだろう。そして今考えると前者である確率が高い。だってどうしてあの話の流れでいきなり後者を持ち出される必要があるというのだ。
でも仮に前者と仮定したところで、果たして赤葦くんがどんなニュアンスでそれを言ってきたのかが分からない。少なくとも私は「天然ボケ」の属性は持ち合わせていないように思うけれども、その質問の経緯が分からないことには、頭ごなしに「いや違う」と返してしまうのは些か失礼なことだと感じた。そこで咄嗟に返したのが、あの見ようによっては痛くすら感じられてしまうであろう言葉だった。
そしてそもそも、何故彼は唐突にそんなことを聞いてきたのだろうか。
まず第一に頭に浮かんできたのは、「嫌味」という可能性だ。つまるところ、あれは膝枕自体がトラップだったのではというところだ。教師を志す人間として、あんなイケメンとの、傍から見たらイチャイチャシチュエーションに他ならない状況、早い段階で突っぱねて然るべきだったのではないか。それを私は、甘んじてしまった。でもまぁその場合、私がすんでのところで繰り出したあの返しは、見ようによっては誤魔化しとして効果的でもあったんじゃないかと思う。同時に、私は今後「天然キャラ」を無理矢理演じていかなければいけないという不必要な設定を付加してしまったような気もするけれども。
第二に、単純な「呆れ」の可能性だ。具体的にどれがどうきっかけになったかは分からないけれども、赤葦くんの常識的に、どこか私の言動がズレていたところがあったと仮定する。ちなみにそれについては、少なくとも赤葦くんと接する上では自分自身でもなかなか心境と言動が支離滅裂だったりということがこれまで多々あったわけだから、否定はできない。しかしこの前提で考えると、私はなかなかどうしてとんでもないことをしてしまったんじゃないだろうか。
木兎くんの人となりを考えると、彼こそがそもそも「天然さん」だと思う。そして今回その指導役を仰せつかった立場である私まで実はそうだった、なんて思われてしまったら、赤葦くんはどう思うのだろう。少なくとも「頼りない」とは思われて然るべきだろう。最悪クビもあり得るかもしれない。
つまるところ、状況が状況で焦っていたとは言え、今回の私の発言はどう考えても失言だった。失敗した。許されることなら全力で訂正したい。けれどもやっぱり、今更何をどうこう言おうが焼石に水だと思ってしまうのだ。
先刻赤葦くんは、休憩を終え体育館へと戻っていった。その足取りがどこか軽快ですらあったことが、一層私の後悔を掻き立てた。


「魚見おつかれ!本当、悪いねぇ…」

「!雀田ちゃん、おつかれさま」


そんなことを考えながら頭を抱えていると、他校チームのサポートをしていたらしい雀田ちゃんがドリンクを持ってきてくれたのだった。


「どした?顔色悪いけど…。もしかして木兎の馬鹿さ加減に悩んでた?だとしたら申し訳ないとしか言いようが無いんだけど…」

「違う違う!木兎くん程いろんな意味で教え甲斐がある子はいないと思うよ!!」

「それ私、良かったって言っていいのかな」

「ただ、」


言いかけて、反射的に口元を抑えた。今私、何を言おうとした?よもやここで、彼女に対して愚痴を零そうとしなかっただろうか。
そんなこと、許されるわけがない。だって赤葦くんを木兎くんのお母さんだと仮定するなら、雀田ちゃんや白福ちゃんは木兎くんの姉だ。そんな彼女たちに対してそんなことをするなんて、許されるわけがない。


「どしたの?」


案の定、雀田ちゃんはどこか不安げに私の顔を覗き込んできたのだった。これは、まずったかもしれない。


「…やっぱり、山でも夏は暑いなぁ、って」

「あー…。そうだよね。ごめん、せめて魚見用にクーラー効いた部屋でも用意できれば良かったんだけど」

「いやいや!そういうことじゃなくて!なんというか、この暑さ乗り越えられたら私も受験大丈夫そうだなぁって」

「受験勉強差し置いてあの馬鹿に時間割いてくれるとか、もう、もう…!!」

「あー!!だから!!!」


雀田ちゃんが土下座のフォームに入ろうとするところを、必死で食い止めた。
誤魔化しのつもりで言った内容が、かえって気を遣わせてしまうことに繋がるなんて。私もまだまだ未熟だ。これは本格的に反省しなければ。


「…私は、小学校の先生になりたくて大学に行くんだから、それを考えたらこの期間はただ家で受験勉強してるよりもずっと有意義です!!」


今度はそんな誤魔化しでもなんでもない本心を口にすると、ようやく雀田ちゃんも笑ってくれたのだった。


「私に将来子どもできたら、絶対魚見に担任してほしいわ」


そしてそんな有り難すぎるお言葉も貰ってしまった。素直に嬉しく思うと共に、自分の中で何かが吹っ切れるような感覚があった。


「っ!!雀田ちゃん!!ありがとう!!!」


そうだ。私は、そもそもPTAに気に入られることを目的に小学校教諭を志したわけじゃない。目的は、あくまで「勉強を教えたい」というところにある。
だから私は今回、注視すべきは赤葦くんの存在如何ではなくて、何を差し置いても木兎くんの成績UPだ。なんでこんな、基本的なところを忘れていたのだろう。教師として許されざるのは、PTAに嫌われることではなくて、その心象を意識しすぎて本来の目的を見失うことではないだろうか。ときにはPTAとも衝突しつつ、自分の確固たる信念を持ち続ける。私が憧れたのは、そんな教師像だったじゃないか。
そんなことを改めて再確認すると、どういうわけか目に涙が浮かんできたのだった。


「!?どしたの急に」

「私、頑張るよ雀田ちゃん!赤葦くんには負けない!」

「え、赤葦どっから出てきた?」


_


なんということだ。
あの女神、まさかの天然属性も持っていたらしい。
これは由々しき事態だと思う。だってなんというか、そんなの完璧な女性よりも完璧なんじゃないだろうか。自分でも何を言っているのか分からないけれども。
男とは、非常に馬鹿で単純な生き物だと思う。だからみずくさんみたいなひとが一瞬でもあんな隙を見せようものなら、コロッといってしまって然るべきなんじゃないだろうか。現に俺自身、彼女のそんな一面が見れて嬉しいと感じてしまっているところもある。そうか俺、やっぱり男だったのか。いやずっと男だけれども。


「なぁなぁ赤葦」

「…なんですか黒尾さん」


そしてそんな中、例の音駒主将がいつも通りにへらへらとした顔で俺に歩み寄ってきたのだった。なんだか、一瞬にして冷静になれた。こういうときばかりはこの人にも感謝だ。


「木兎とも話してたんだけどよー。今日夜、肝試しやんね?」

「やりません」

「えー」


何を言ってんだこの人は。いやむしろ何を話してんだ木兎さんは。あなた夜は補習があるでしょう。


「…少なくとも木兎さんには、そんなことをしている暇はありませんから」

「お前本当PTAみてぇだな。なに、小一時間程度だって。自主練にも木兎の補修にも響かせねぇから」

「無理です。絶対響きます。どうしてもと言うのなら、全て終わった後に黒尾さんたちで勝手にやってて下さい」


…とは言え、この人たちの一度決めたら曲げない性分も理解はしている。少なくとも全て終わった後だったらみずくさんにも迷惑はかけないだろうし、この人たちが勝手にやって監督からどやされる分には俺は何も文句は無い。そんなことを目で訴えると、黒尾さんは何かを企むようにニッと笑ったのだった。


「了―解。ちなみにセンセーも誘うからな」

「先生?」

「みずくチャン、だっけ?」

「!!!」

何言ってんだこの人。反射的に俺は黒尾さんを睨んでしまった。
でもよくよく考えたら、みずくさんがそんなくだらないことに賛同するはずも無い。落ち着け、落ち着け。


「勝手にしていいんですよネ?保護者サン」

「…どうぞ。みずくさんが参加するとは思えないので」

「そうか?」

「?」


そんなことを返すと、黒尾さんはまた不敵に笑ったのだった。


「なんか俺には、頼まれるとNoと言えないタイプにしか見えませんけどね、みずくチャン」


………。


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