12.暴挙と低反発
現在自分の置かれている状況が、全く理解できなかった。
私は今日も今日とて、バレー部のみんなが練習をしている体育館の横に生えている木の陰で、参考書と睨めっこしていた。この森然高校の環境は、勉強をする上では思いの外素晴らしい。夜はクーラーをかけずとも涼しいし、しかももともとが学校なのだから当然机も椅子も、黒板だってある。そのせいか木兎くんも持ち前の集中力を如何なく発揮してくれているし、何よりも私自身もより実践に近い形での「練習」ができている。しかも教室の後ろにはPTAだって仁王立ちしているという、まるで授業参観すらも見据えたような願っても無い状況だ。
だから木兎くんのためにも、なによりも自分自身のためにも、この機会は無駄にしたくは無かった。
「えっと、赤葦くん...?」
しかして今、伸ばした足の太もも部分に、どういうわけかまさにそのPTAの頭が乗っていたのだ。
「すみません。休憩させて下さい。」
...だそうだ。益々意味が分からなかった。
赤葦くんの顔にはタオルが被せられ、その表情は拝むことができない。でも一方で、それは目に見えてうろたえているであろう自分の姿もその人には見えない形となるのだから、ともすれば私にとっては救われた形となっているのかもしれない。
しかし、そんな安心感がこのような異常事態を解決に導いてくれるかというとそうでも無い。とりあえず、冷や汗が吹き出したのが分かった。
「...お疲れ様、です...。」
とりあえず、無難な言葉を呟いてみた。
たしかに、この人たちは蒸し風呂のように暑い体育館の中で朝から動きっぱなしだ。赤葦くんだって確実に疲れてはいるだろうから、きっと私の言葉はこの状況において彼にかけるものとしてなんらおかしいものでもないだろう。
でも、そう考えると尚更不安も増してくる。差し当たり私の太ももは、果たして寝心地のほうはどうなのだろう。赤葦くんの貴重な休憩時間を預かるにあたり、少なくとも「寝心地最悪」等ということは許されないんじゃないかと思う。しかし当然ながら、私は自分自身の太ももの寝心地など、確認できる術がない。一応そっと、赤葦くんの頭が乗っているほうとは逆側の太ももに触れてみるも、よく分からなかった。
「みずくさん。ありがとうございます。」
「...えっ?」
「寝心地、最高です。」
...良かった。本当に良かった。こんなにホッとしたのはいつぶりだろう。とりあえずのところ私の太ももは、この人のお眼鏡に適うものだったらしい。
「...こ、光栄です!」
一先ずそう返した。
まさか、今回自分の「枕」としての素質まで試されるだなんて思ってもみなかった。PTAの考えることは奥が深い。
いや、ともすればこんな状況自体はなんら意味の無いもので、これも実は「どんな状況下でも毅然とした振る舞いができるように」という神が私に与えた練習の機会なのかもしれない。そうだ、こんな特に実害の無いものに臆していてどうする。
私は一度深呼吸をし、再び参考書を開いたのだった。
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俺は、思い切った。今回こそ本気を出した。
総当たり戦における梟谷の休み回。そこで監督から休憩を言い渡され、俺は真っ先に体育館の外へと向かった。すると案の定、木に背をもたれ、足を伸ばして参考書を眺めるみずくさんの姿があったのだった。
彼女に有無を言わす隙を与えぬよう、静かに駆け寄り、そして彼女が俺の存在に気付くのとほぼ同時にその太ももの部分へと頭を下したのだった。この間恐らく数秒にも満たなかったと思う。心臓がばくばくいっていた。ともすれば表情にも出てしまいそうだったから、顔はタオルで覆った。
「えっと、赤葦くん...?」
彼女は、少し戸惑ったような声色で俺の名前を呼んだのだった。
はい、そうですよね。こんなの、一歩間違ったら変態の所業ですもんね。
さすがに唐突すぎたかと、ここに来て俺はようやく後悔をしたのだった。だがしかし、ここまでリスクの高いことをしたのだから、その分のリターンだって望めるはず。
「すみません。休憩させて下さい。」
とりあえずは今後の出方を考える上で、俺は今のみずくさんとの関係性を明確にしておきたかった。それによって練るべき対策も大きく違ってくると感じるからだ。
仮にもしもみずくさんの中での俺の評価が「嫌い〜知人レベル」のものであれば、いくら女神と言えどこんなセクハラ紛いの行為、全力で拒否して然るべきだと思う。一方、もしもそうでなかったとしたら、
「...お疲れ様です...」
上から降ってくたのは、なんとも優しく且つ慈悲深いそんな言葉だった。
なんということだ。まさかの後者だった。つまるところ、ここまでの行為は、みずくさんにとってはセーフ、ということだろう。
「みずくさん。ありがとうございます。」
どういうわけか感極まり、思わずそんな言葉を返してしまった。とりあえず、反射的に拒否はされなかったという事実に対しての安心感と、少なからずの嬉しさ故だ。
しかしてここでの理想のカウンタートークは「みずくさんこそ」だったと思う。これは、やらかしてしまったかもしれない。
「...えっ?」
案の定、上からは怪訝そうな声が降ってきたのだった。
俺は焦った。仮に試合中でも、こんなに焦ることなんてあるだろうか。やっぱり経験値の違いだろうか。
「寝心地、最高です。」
そんな俺が口に出したのは、今度こそ訴えられたら負けるのでは、というレベルの露骨なセクハラ発言だった。でも無意識に発したものなだけあって、純粋な感想だったのだ。なんというか、高くも無く低くも無く、更に低反発具合も素晴らしいと思ったのだ。
いや、いい加減にしろ、俺。
とりあえず、血の気が引く、とはこういうことを言うのだろうか。これは関係性とか言っているような次元の話じゃない。仮に「ちょっといいかな?」くらいの人間に言われたとしても、むしろこれを機に好感度がマイナス振り切るくらいの暴挙なんじゃないだろうか。しくじった。これは完全にしくじった。
「...こ、光栄です!」
「!?」
しかして三度上から降ってきた言葉は、そんな俄かに信じがたいようなものだった。
今はタオルのせいでみずくさんの表情は確認できないけれども、声色だけで判断するに、なんとなく彼女は本気で喜んでくれているような印象を受けたのだ。
俄かに状況が理解できなかった。さすがに女神にしても、ちょっとこれはあまりにも、というやつじゃないだろうか。
もしかして、みずくさんの将来の夢は「枕」だったりするのだろうか。いやそんなわけあるか。
「みずくさん、あの、一つ聞いてもいいですか?」
そこまで考えたときに、俺の中で一つの仮定が浮かび上がってきたのだった。
「え!?あ、ハイ!どうぞ!!」
仮に彼女が「そう」なのであれば、彼女のこれまでの「女神すぎる」言動にも、説明ができてしまう。
「みずくさんって、」
「ハイ!」
「天然ですか?」
そんな疑問を投げかけると、すぐには返事は返ってこなかったのだった。
もしかしたら俺、また愚行を働いてしまったかもしれない。今の発言も、ともすれば失礼なものだった可能性も高い。みずくさんの場合、勉強においてはあの木兎さんを手の平の上で転がすことができる程に頭の回転が速い。だから今までの言動だって、彼女が一つ一つ考えに考えてとってくれたものだという可能性のほうが、これまた高かったりもするのに。
なんだか今日は、慣れないことをしているせいか極端に判断力が落ちている気がする。これは一旦、状況を立て直すべきなのだろうか、
「えっ!?天ねっ...!?それ、そういう意味...じゃなくていや、あっ、あの、私、東京生まれ東京育ちです!!」
「.........。」
......あれっ?
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