・あの子と私のプロローグ


県内では向かうところ敵無しで、仮に他校であればそれこそ各ポジションのスペシャリストを担えるような実力を持つ人たちがひしめく部内。そんな中でその子は入部数ヶ月にして颯爽とレギュラーの座を奪って行った。
しかもポジションは、花形のウィングスパイカー。実力は勿論のこと、なんと言ってもそのメンタルの強さがずば抜けていた。牛島先輩に面と向かって啖呵を切れるのは、3年生まで見たってこの部のなかでその子だけだと思う。


「五色くんかっこいい」


別に何も他意は無かった。ただ純粋な意見として私は発した。きっと目の前のその子は、いつも通りの可愛らしいドヤ顔をしてみせると思ったから。天童先輩たちが“工は褒めると際限なく伸びる子”だと言っていた。連日の練習できっと疲れているだろうから、少しでもモチベーション維持に繋がればいいな、ということで私は面と向かってそんな本心を伝えてみたのだった。


「え、えっ!?」


しかし五色くんから返ってきた反応は私の予想とは少し違った。
ドヤ顔どころか、一気に顔を真っ赤にして固まってしまった。あ、あれ。いつもの元気な口上どこに行った?
それはそうといきなりそんな反応をされるとこっちだって困ってしまう。なんだかまるで五色くんのそれが伝染ったかのように、顔に一気に熱が集まった。


「へっ!?」


思わず間抜けな声をあげると、顔と頭からぼんっという音が聞こえたように思った。両手で自分の頬に触れてみると、信じられないくらいに熱かった。
きっと私の顔は、五色くんのそれに負けず劣らず真っ赤だ。なんだか後輩にそんな表情を見られてしまうのが至極恥ずかしくて私は思わず目を逸らした。
熱い。なんかいろいろと、熱い。


「…甘酸っぱっ…!!」


ふと横を見ると、天童先輩が床にうずくまって悶絶していた。



―――――


また別の日。日曜日。
今日は大学生との練習試合だった。鷲匠監督の指示で、一度牛島先輩を始めとする3年生が抜けた状態での試合があった。
そんな中で活躍するのは他でもなく、1年生の五色くんで。名実ともに次期エースと呼ばれるに相応しい子だと思った。


「工ゥ!!ぼけっとすんなや!そこはお前打ちにいけ!!先輩に要らん気使ってんならぶん殴るぞ!!」

「は、ハイッ!!」


私の隣りでさっきから執拗に五色くんだけを怒鳴る監督は、口調とは裏腹に明らかに口元が弛んでいるのだ。なんだか私まで嬉しくなった。
結果は、あと一歩のところで及ばず、白鳥沢(3年生以外)の即席チームが負けてしまった。
体育館には監督の怒声がひっきりなしに響いていた。


「#NAME1#ちゃん」

「なんですか?天童先輩」

「隙を見て工へのフォロー、よろしく」

「へっ?」


明らかに期待の表れだろうけれども、元来真面目らしい五色くんはただひたすらに悔しそうな顔をしていた。
こういうフォローって、いちマネージャーの私がするよりも先輩方がしたほうがずっとずっと効果的だと思うのだけれど。それを天童先輩に言ってみたら「俺たちが言うのと#NAME1#ちゃんが言うのじゃ、得られる効果が違うのだよ」とニヤニヤしながら言われた。
ともあれこれは先輩の、しかもレギュラーである天童先輩からの指示。私が何か役に立てるのであればと、監督の叱咤激励が落ち着いたところを見計らってタオルとドリンクを持ちながら五色くんに駆け寄った。


「五色くん、お疲れさま!大学生相手に、すごい!」

「いえ、牛島さんなら勝っていました。俺なんて、まだまだです…」


意気消沈。そんな表現が今の五色くんには相応しいと思う。こんな表情めったに見せないんだけれど。


「あんなに強くても、監督の言うこと全部素直に聞ける五色くんって、すごいよ」

「え?」


五色くんは、入部からの数ヶ月間でもう既に私の素人目でも見違えるほどに上手になった。それはやっぱり、五色くんの地力に加えて彼のドがつくほどの真面目さと素直さが所以だと思う。
きっと彼は、今いろんなことを物凄いスピードで吸収しているところなんだと思う。さすがに“監督が厳しいのは五色くんへの期待の表れ”というのは、私が言うことじゃないと思う。監督に厳しくされたことの無い私じゃ、説得力も無いし。だからもう、本当に素直な気持ちだけ伝えようと思った。


「五色くん、やっぱりめちゃくちゃかっこいい!」

「!?」


そんなことを言うと、五色くんはまた一瞬で顔を真っ赤にした。どうしよう。物凄く可愛い。でも男の子に対してそんなことを言うのは失礼かもしれないし、かく言う私もまた顔が熱くなってきた。
かっこよくて可愛いとか、本当に反則だ。私は思わずまた目を逸らしてしまった。


「っ、#NAME2#さんっ!」

「ハイッ!?」


そんな中で、いきなり五色くんから大きな声で呼ばれた。


「お願いが、ありますっ!」


五色くんの顔は相変わらず真っ赤だ。


「な、なんでしょう…?」


五色くんは少し俯いてぐっと唇を噛んだ後に、また私に向き直った。


「俺を、下の名前で呼んで頂けないでしょうかっ!」

「へっ?」

「そしてよろしければ、#NAME2#さんのことも#NAME1#さんと呼ばせて頂けないでしょうか!」

「えっ?」


そして五色くんは物凄い勢いで頭を下げた。


「い、いいけど…」

「ありがとうございますっ!じゃあ早速呼んで下さいっ!」


どういうわけか心臓がばくばくと鳴っていた。


「…この後も頑張ってね、つとむ、くん…!」


五色…じゃなくて工くんは、また唇を噛みながら目を見開いていた。心なしか目がきらきらと輝いているようだった。


「……っ!はいっ!頑張ります#NAME1#さんっ!」


そしてニカッとはにかんで、練習へと戻って行った。
なんだか一向に心臓が収まらない。


「くぅっ…眩しくて見てらんねぇ…!」

「監督なんなんスかこの、胸が締め付けられるこのかんじは…っ!」


ふと横を見ると、監督と天童さんが悶絶していた。


「?」


.

ALICE+