・迷走王者攻略法(req)
「あのさ、若利くん」
「なんだ」
「いやあの、なんだじゃなくてさ、」
合宿中。
朝起きると、どういうわけか私の身体は細めのロープのようなもので仰向けでベッドに固定されていた。そして辛うじて自由の利く首だけを動かして周囲の状況を確かめると、そこには呑気にお茶を飲む若利くんの姿があった。
どうしよう。寝起き早々ツッコミどころばかりが間髪入れずに襲ってくる。
「よく眠れたか」
「この状況に至るまでを気付かないくらいにはよく眠れたけれども!」
「それは何よりだ」
差し当たり、いろいろと問いただしたいところは多いわけだけれども、まず大前提として何故オートロックのはずのこの部屋に若利くんがいるのだろうか。私は間違いなく、少なくとも昨夜眠りに就くまでは、一人部屋だったはず。
しかもなんとなく、いつにも増して若利くんの絶対王者オーラが凄まじいような気がする。寝起きでいつもよりも声が低いせいだろうか。
「とりあえず、このロープらしきものをなんとかして下さい」
余計な質問は捨て置き、取り急ぎ一番伝えたいことだけを口に出す。
正直、今の若利くんに余計なことを言うのが怖かったということもある。若利くんにここまでの得体の知れない恐怖を抱くこの感覚、なんだか入部当初を思い出すようでとても懐かしい。
「何故その必要がある?」
「とりあえず私のADLが著しく低下しています」
どういう因果で、こんなに唐突に私の日常生活基本動作の自由は脅かされているのだろうか。考えても答えなんて出てくるわけがない。
それにしたって若利くん、このロープはどこで手に入れたのだろう。まさか家から持ってきたわけではないだろうし。
「それはホテルの人からもらった」
「ちょっといろいろ危なくないかなこのホテル!?大丈夫!?絵の裏にお札とか無い?」
「お前は今、そんなことを気にしている場合か」
「なんでよりにもよってこの状況で若利くんから正論言われなきゃいけないの!?」
若利くんは相変わらず、涼しい顔をしながらお茶を啜っている。どういうことだろう。
それにしても、寝起きで叫んだら喉が渇いた。いいなぁ私もお茶、飲みたいんだけど。
「飲むか?」
「え、いいの?」
私の物欲しげな表情に気が付いたらしい若利くんは、なんとそう気の利いた言葉を掛けてくれたのだった。意外にも程があった。
それにしたって気の利かせどころが些かズレてはいないだろうか。
「・・・で、何してるの若利くん」
「?」
直後、若利くんは口にお茶を含んだ状態で私に馬乗りになったのだった。
口の中にお茶が入っているせいで話せないらしい若利くんは、何やら身振り手振りをし始めたのだった。
それを解読すると、要は「お前その状態じゃ飲めないだろう。口移しで飲ませる」ということらしい。私の中の解読ツール、もしかしてバグっているのだろうか。
「やめて!どいて!!いらない!!お茶いらない!!!後生です!!!!」
我に返って必死にそう叫ぶと、若利くんは不満げな顔をしながら私の上から退いたのだった。
「・・・その状態のまま茶碗で飲ませるわけにもいかないだろう。お前が火傷したらどうする」
「お気遣いは有り難いけどそこじゃない!そこじゃないんだよ若利くん!!」
あくまで淡々という若利くんの姿は、ともすれば若利くんは本気で親切心でやってくれた(未遂)のではないかなんて錯覚してしまう程のものだった。
それにしてもあまりにも突然の事態に、心臓がばくばくと鳴っていた。少なくともこれは甘酸っぱい類のものでは無いんじゃないかと思う。
「・・・若利くん」
「なんだ」
「なんでこんなこと、したの?」
もういい加減埒が明かない。だから私は単刀直入に聞くことにした。
すると若利くんは、まるで「お前そんなことも分からないのか」と言わんばかりに眉間に皺を寄せたのだった。
あれ、もしかして私、何か若利くんを怒らせてしまうようなことをしてしまったのだろうか。たしかに、よく考えてみたら最近は若利くんへの態度が雑になってきているような気がする。
それこそ入部当時は、やっぱり「怪童」という前評判やらその独特の雰囲気やらで私は若利くんにビビりまくっていた。だからしばらくは若利くんに対して敬語すら使っていたし、呼称も「牛島さん」だった。
それが今や、怒るときは怒るし、からかうときはからかう。慣れというのは恐ろしいものだ。
しかし結局のところ若利くんは県内どころか高校バレー界における「絶対王者」だし、私は単なるいちマネージャーにしか過ぎない。頭が高い、と言われたら私は何も言えなくなってしまう。
つまりは、そういうことだろうか。その点については心当たりが十二分にあるだけに、さぁっと血の気が引いていく感覚に苛まれたのだった。
「それは、#NAME2#が、」
「ご、ごめんなさいすぐに態度を改めます牛島さん!」
「他校のよく分からない人間の目に付くことを、避けたかったからだ」
若利くんは視線を逸らしながら、らしくもなく覇気の無い声色でそんなことを呟いたのだった。
うん、全くもって意味が分からない。他校の人たちの目に付くって、まぁ透明人間でも無い限りは当たり前のことなんじゃないだろうか。いやむしろ、若利くんの存在があれば私なんてそれこそ透明人間並みに影が薄いと思うのだけれども。
「ご、ごめん、若利くん・・・ちょっと、意味が・・・」
「お前がどこぞの馬の骨とも分からないような奴にとられるのが、嫌だと言っている」
なんということだろう。
ちょっとあまりにも恐れ多い解釈かもしれない。けれども若利くんのその言いぶりじゃ、なんだか、まるで、
「若利くん、やきもち・・・?」
「・・・うるさい」
若利くんの頬のてっぺんが、若干紅くなったような気がした。
思わず、叫び出したい衝動に駆られた。心臓が大袈裟にズキュウウウウンと音を立てたような気さえした。母性本能に鳴き声があるとしたら、おそらくこれが近いものなのだろう。
何この絶対王者。些か、可愛すぎないだろうか。
「若利くん・・・!!」
私は完全に、ときめいていた。
しかしてよくよく考えてみると、この状況でそんなことを言われて、そんな心境に苛まれている今の私の姿は、あまりにもシュールすぎないだろうか。一種の変態さんにすら思えてくる。
・・・あっ、そうだ
「あのね若利くん、」
「なんだ」
「私今、物凄く若利くんを抱きしめて頭なでなでしたい衝動に駆られてるから、これ解いてもらえないかな!?」
「・・・分かった」
するとすぐに私の身体は若利くんによって解放されたのだった。
「若利くん、可愛いっ・・・!!」
「・・・男に向かってそれはないだろう」
そして間髪入れずに若利くんに抱き着き、その後頭部をわしゃわしゃと撫でたのだった。
若利くんはそんなことを言いながらも、特に拒否をしてくるような素振りは無い。
なんという、円満解決。
なんだか今日も一日、頑張れそうな気さえしてきたのだった。
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テーマ:ヤンデレ牛島さん