・牛島さんとお夜食!

※このシリーズでは、白鳥沢学園高校についての捏造設定が多数あります。どうかご注意下さい。





「〜♪」


時刻は23:00。
次の定期演奏会にてメインの曲目として今回決まったのは、ブラームスの交響曲第二番だった。この曲は私が担当するコントラバスにも、四楽章でなかなかえげつの無いメロディがある。普段伴奏に終始しているコントラバス奏者としては、この上無く燃えてしまう曲の一つだ。
だから譜面さらいに夢中になってしまって、もうこの時間。それでも私の城はもう目と鼻の先。夢中になったら時間を忘れてしまう私が思う存分音楽にいそしめるように選択したのは、寮暮らしだった。
白鳥沢の寮は、寮と言ってもさすがブルジョワジーな学校というべきかマンション並に広くて綺麗だ。その分入寮にはそれなりの理由と審査が必要なのだけれども。入寮審査の際、試験官の前で必殺“熊蜂の飛行”をコントラバスで炸裂させたのはいい思い出だ。私は若かった。

そんなこんなで練習終了後。
19:00頃に一旦学食でご飯を食べたにも関わらず、もうお腹の虫は悲鳴を上げていた。女子高生の食い意地をなめないで欲しい。ここで我慢してこその女子力なのだろうけれども、一時の幸せを踏みにじってまでに得られるスリムボディになんて私は毛頭興味が無い。だから私は自分の欲にそれはもう従順になる。コントラバスの演奏なんてそれはもうスポーツと同義だしね。


「豚バラ…キャベツ…にんじん…」


寮へと小走りで向かいながら冷蔵庫の中身を思い出す。週末買い込んだ食材ももはや心許ない量になっている。必死で速く且つ美味しくできるメニューを脳内で検索する。
欲を言えばお米も食べたい。でも私は東北人としてお米は絶対に炊き立て派だ。よって冷凍ストックなんて一切していない。だから却下。今のコンディションで炊き上がりを待っていたら恐らく生米にもかじりついてしまう勢いだ。
となると、どうしようか。お腹の虫がきゅるると鳴くのを抑えながら、寮の入り口横にカードキーを差し込んだ。


「あ、そうだ。たしか冷凍うどんがあっ……ヒイッ!!?」


そして真っ暗なエントランスに足を踏み入れると、そこには非常灯の明かりに映し出された大きな影があった。
心臓が大きく跳ねた。


「牛島、若利先輩…?」


目を凝らしてその姿を確認すると、恐らくこの学園では知らない人はいないであろうその人だった。たしかにこの寮で見かけることはあったけれども、まさかこんな時間にこんな有名人に会うなんて。


「……うどん…」

「えっ」


そしてその人のお腹からも、虫が盛大に鳴く声がした。







************



「ま、まずはうどんをレンジで解凍しておきます。後で結局火にかけるので熱々にしなくてもいいのです」


座っていて下さいと言ったにも関わらず、どういうわけか牛島さんは私の隣りでぬっと立っているものだから、とりあえず間が保たないので頼まれてもいないのに説明をしながら料理を進めることにした。
牛島さんは小さくこくりと頷いていた。そして興味深そうに電子レンジの中のうどんを眺めていた。なんだかイメージが違う。


「そしてにんじんと玉ねぎとキャベツと豚バラをいいかんじに切ります。」


しかして困るのは私は基本的に雑だということだ。いいかんじに切る、ってなんだろう。まぁそれもお夜食の醍醐味か。
玉ねぎを切りながら必死に涙をこらえていると、牛島さんはぎょっとしたような顔でこちらを見ていた。


「ぐすっ…そしてこの子たちをごま油で容赦なく炒めます。ここでごま油を使うのは必要十分条件です。」


熱したフライパンにごま油を乗せると、早速香ばしい香りが部屋に充満した。その上に野菜とお肉を乗せると、もう音からして美味しそうだった。


「ある程度しんなりとしてきたら、うどんを入れてめんつゆをおもむろにかけます。ダシとか取っている余裕はお腹的に無いのでめんつゆ使っています。そしてちょこっとだけウスターソースを入れたりしちゃいます。」

「手際が、良いな」

「ありがとうございます」


唐突に賜ったお褒めのお言葉。言う程良くは無いのだけれども。なんだか嬉しくなった。


「そして最後に鰹節を散らして玉子を落とします。そして10秒待って火を消したら…完成です。」

「早いな」

「お夜食は時間との勝負ですからね。そしてなんとこのフライパンをテーブルまでそのまま持っていきます!」

「そのまま?」

「お行儀が悪いのもお夜食の醍醐味です。直接テーブルでお皿に取って食べましょう」


言ってからはっとした。なんとなく牛島さんっていいとこのお坊ちゃんっぽい。そんなお行儀の悪いこと、嫌悪感を持ってしまうんじゃないだろうか。
しかしてそんな不安をよそに、牛島さんはごくりと唾を飲み込みながら小さく頷いた。
なんだか嬉しかった。今日は気合いを入れて4玉分作ったし、それではいざ。


「いただきますっ」

「…いただきます。」


小さな丸テーブルに牛島さんと向かい合いながら、同時に手を合わせた。
改めて冷静に考えると異様すぎる光景だけれども、そんなこと気にしている余裕は私のお腹には一切無い。


「…おいしい…っ」


鰹節の香りが鼻から抜けた。もっちもちでめんつゆの利いたうどんと甘い野菜のコラボレーションがなんとも言えない。
そこにお茶を流しこむと、“ぷはぁっ”というおっさんみたいな声が出てしまった。


「ああ、とてもうまい」

「!」


牛島さんは黙々と食べながら、そんなことをボソッと呟いた。
こんな即席・手抜きにも程があるものを、とてもうまいだなんて。なんだか凄く恐れ多い。でもまぁ、実際お夜食ってたとえ即席お茶漬けでも普段の3倍は美味しいから不思議だ。お夜食マジック、素晴らしい。


「牛島さんは、こんな時間にあそこで何を?」


そして唐突にも程があるけれども、ずっと気になっていたことを聞いてみた。なんだかこの雰囲気だと聞けるような気がした。


「腹が減って眠れなかったから、走って紛らわそうとしていた」

「牛島さん、自炊とかは…」

「俺の部屋に調理器具は一切無い」


…だとすると、普段はご飯をどうしているのだろうか。まぁ、学食か。白鳥沢の学食は、部活にいそしむ生徒のために休日でも朝7:00から夜9:00まで開いている。その分この寮に食事は付かなかったりするんだけれども。かく言う私もお夜食と朝ごはん以外はお世話になっているし。


「私も基本的に夜食しか作りませんが…その代わりそれは毎日作ってるので」

「そうか」

「なのでもしまたお腹空いたら、是非お越し下さいね」

「それは助かる」


フライパンの中を見ると、もう3分の2は減っていた。
一人で楽しむのもまた至福の時間だけれども、やっぱり食事は誰かと一緒というのが一番かもしれない。なんだか口元が綻んだ。


「…俺からも一ついいか?」

「え?あ、はい」

「お前は誰だ」


…ちょっとあまりにも今更すぎないでしょうか牛島さん。そんなツッコミを人知れず入れたところで、まぁ早々に名乗らなかった私が悪いかとひとまずお茶を流し込んだ。


「2年の、#NAME2##NAME1#と言います。クラスは…バレー部だと白布賢二郎くんとかと一緒ですね。部活は管弦楽部です。」


とりあえず一通り伝えて、また私は焼きうどんをかき込み始めた。


「そうか。ありがとう、#NAME2#」

「!」


本格的に口元がニヤけてしまった。よもや牛島さんのような有名人からお礼を言われる機会があるだなんて、ほんの数10分前以前の私にどうして想像ができただろうか。

なんというか、

やっぱりお夜食って素晴らしい!!


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