新卒の話 3

項垂れるおっちゃんになんと声をかけて良いものかわからなかったけれど、朝日さんからの差し入れの圧で今にもペタンコに潰れそうなその姿には心底同情してしまった。
俺、一日も早く役に立てるように頑張ります。

リーダーはこっちです、と先を歩く朝日さん。こっちと言われてもこの先は壁だけど、リーダー用の隠し扉でもあるのか?ラボっぽい!とワクワクしていたら、行き着いたのはやはり壁だった。

壁によせられた長椅子を、広げた新聞紙が覆っている。日陰にしてスプラウトでも育ててるのか。まさかこの下にリーダーが?いやそんなまさか。新聞紙に埋もれて長椅子に寝てるとしたらどんな変人。

「春ちゃんおはようございますお昼ですよー」

バサァと朝日さんが新聞紙をはぐ。

つまり、結果として、そのまさかだった。

仮眠。仮眠なのだろう。研究員は定時とは形だけのほぼフレックススタイル、各々時間を管理しながら働いていると聞いている。
とはいえ、とはいえ。
何故ここで。新聞紙で。
数秒前にこの結果を予測し、イコール変人と弾き出した脳内コンピューターが唸る。視覚からの情報の衝撃でフリーズしそうだ。

新聞紙を剥がされたリーダーはまだ覚醒していないのか、眩しそうに目をしばしばさせたあと片手で顔を覆った。
無精髭が伸びてる。目測三日分くらいの長さ。

「ルイ…ホィミきたか…」
「ホィミこない。新人さんきました」

ホィミってなんだ。RPGの回復のアレが頭を過ぎる。
ちょいちょいと朝日さんに手招きされて我にかえり、慌てて姿勢を正した。

「…あ、ご挨拶が遅れました、鈴木太郎です!お疲れの所すみません、本日からお世話になります」

リーダーは俺の声で目が覚めたようで、ごめんこんなカッコでとのそっと上体を起こした。座っているけれど結構背が高そう。あとすげーイケメン。

どこかで見た…とハッと気づく。
この人社内の広報誌に載っていた人だ。
確か研究室のエースだか神だか的な紹介文を添えられていた。
研究室はあれだけど、春名さんてイケメンだし異例の若さで責任者に抜擢されて素敵よね、会って見たい〜とかはしゃいでいた同期の声がフラッシュバックする。
そうか、チーム春名って事は。

「春名です、よろしくねタロくん」

立ち上がって片手を差し出すリーダー。恐れ多くも両手で握らせて頂くと、あははと気の抜けた笑い声がツムジに降ってきた。
やっぱり背が高い。
朝日さんと似たような、いや、それに少しスパイスを足したような香りがフワリと漂う。纏う空気の柔らかさ。これが本当に今まで新聞紙の中で寝ていた男なのだろうか。チートだ。

「タロの案内おわったの?」
「うん、春ちゃん紹介で終わり」
「そう。お疲れさん」
「春ちゃん仮眠室で寝なよ」
「うん…あれ、ルイ化粧してる?」
「してるよー新人受け入れ日だもん」
「偉いな、社会人のマナー」
「いつもマナーなってなくてすみませんー」

なんというか、美男美女だ。
想像していた奇人だらけの研究室とは何だったのか。たしかに、春名さんは仮眠の取り方ちょっとアレだし、静岡さんもメンタルがアレだったけど。朝日さんなんてマトモの極みじゃないか。

「あ、春ちゃんこれ差し入れ」
「二本も?」
「うん。赤と青合わせて一気飲みしてみて、座ってられなくなるくらいテンション上がるよ」
「…そういう摂り方するのやめなさい」

…マトモの極みは言い過ぎたかもしれないけど。普通の。普通の人だ。たぶん。
やめられないんだなーと笑う朝日さんは、用法容量はお護りくださいと書いてあるでしょう、と春名さんに頭を小突かれてフラついていた。

「春ちゃん後お願いしてもいい」
「うん。休んでおいで」
「すみませんー」

ゆるい敬礼みたいなポーズを取った朝日さんがくるりと振り返る。この時間に休憩って、ずっとにこやかだったけどやっぱり働き詰めだったんだろうか。

「朝日さん、案内ありがとうございました」
「いーえ。忙しい部署だけど、何より体が資本だからね!体力つけないと、このお兄さん達みたいにすぐヘロヘロになっちゃうから」
「えーと、はい、肝に命じておきます」

俺の腕をポンと叩き、朝日さんは一度あくびを噛み殺して、今度トレーニングルーム案内するねと言いながら去っていった。

「初日から世話役が離脱して悪いね」
「いえ、…相当お疲れなんですか?」
「昨日から寝てないからねえ」
「えっ」
「でも良かったよ、頭回ってないから毒気が抜けてたみたいで。ニコニコしてたでしょうルイ」
「はい…え、いつもは」
「すーごい無愛想。人見知りだし」
「…そうは見えませんでしたけど」
「うん、そのうちわかるよ」

その後デスクに戻り、隣は朝日さんなのかなとチラ見をしたらコレクションかと思うほどの栄養剤の瓶がデスク脇に並んでいて背筋が凍った。飲み合わせの開発でもしているのか、付箋にミミズのような字で呪文が書かれている。

そういえばあのどピンクの風船はこの席の真上だったな。「チームおはる」のゆるい文字を見つめる俺に気づいた春名さんが教えてくれた。
去年、一週間ここに缶詰状態だった最終日に朝日さんがどこからか持ってきたらしい。

「マジックでチーム名とか人の名前とか書いて何個も飛ばしてたけど、他のは萎んじゃって。それがラスト一個。長持ちするもんだねえ」

「はは…」

一体それはどういう精神状態だったのか。ゆるいと感じていた「チームおはる」の文字が急に猟奇的に見えてきて怖い。

この時俺は「ルイの下じゃ大変ね」と笑っていた研究員のおばちゃんの笑顔を思い出していた。

次、仮眠明けの朝日さんと顔を合わせたら女神と思えないかもしれない。
さすがの俺も、本能でわかった。


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