とある営業マンの失恋

入社した日からずっと密かに想いを寄せてきた相手。脈が無いのなんて火を見るよりも明らかだったけれど、その彼女がどうしようもない男に惚れ込んでしまった。そんな様を見ていられなかった。
そんな相手ならまだ俺の方がマシだろうと。
ふられるなんて想定内もいい所だけれど。それでも、どうにかしてそいつから引き剥がしたかったし、自分を見て欲しかった。

だってこの世の中には100%も0%もない。そんな持論と、ごめんなさいを覆す文句。それを腹に抱えて彼女に気持ちを伝えたあの日から今日で4日。

全力のプレゼンの末にかろうじてもぎとった「一週間お試し恋人契約」はあっという間に半分をすぎた。


「るい」
「………ん…」
「おーい。帰るぞー」
「…」

だめだこれは。完全に寝落ちている。

仮とはいえ社内恋愛、仕事が終わったら落ち合って飯くらい行きたいもの。
のらりくらりと返信がきていたメッセージに、既読がつかなくなったのが夕方過ぎ。

定時も超え、音信不通の彼女の様子を見に足を運ぶとこの有様だった。
椅子のリクライニングを全く効かせていないところを見ると、寝ようとして寝たわけではないな。
デスクには飲みかけのスポーツドリンクとエナジードリンク。…これ合わせて飲むと最強ってやつだ。

「春名さんいねーのかな」

定時が過ぎたとはいえまだ20時を回った程度だし、この時間にこの部屋に人が居ないのは珍しいけれど、そう言えば来る途中にすれ違った静岡さんが「あー…あとはよろしくお願いしますー」とか言って帰って行ったから、たぶんこいつが最後なんだろう。

薄くクマの出来た目元。
疲れが見える。
プライベートで何かあると、それを吹っ切るように仕事に打ち込むような奴だ。
想い人と上手くいかなくて凹んでるところを俺につけ込まれて、そりゃ疲れも溜まるよな。…なんて、自嘲まったなし。

「…ぐっすり寝てんなー」

起きて欲しいけど寝かせてやりたい、微妙な気持ちで彼女のデコを弾いた指は、ぺたっと情け無い音を立てた。

恋人になってから彼女の寝顔を見るのは初めてだ。
この年で恋人なんてできたらアレヤコレヤで寝顔くらい当然拝むし、むしろ他に何すんの?って思うけど、お試し期間のこの関係は恐ろしく清い。たぶん中学生も驚く清さ。
根負けしてオーケーしてくれた彼女が「えっちはしない」とずばり釘を刺してきたので、もちろんそういうのは気持ちが通じてからで良いから!と間髪入れずに返答したけれど、じゃあ恋人って何すんだっけ。いや、もちろん体目当てなんかじゃないけど。

彼女に惹かれて何年経つのか。
彼女は野生の感というか、本能というか、人を好きになる時のそういった直感的な物が恐らくとても強い。ビビッときたってやつ。


だから、たぶん、99%この試用期間が本採用に繋がることは無い。


指先で頬に触れてみると、思ったりよりずっと顔が小さくて、そのまま手の中に納めたくなった。
残りの1%に縋り付く自分に魔が差したのかもしれない。
ぐ、と体をよせて顔を覗き込む。
このまま唇を合わせてしまおうか。
仮にも彼氏なんだから、本気では怒られないと思う。たぶん。いやどうかな。

「…ん」
「…あ。おはよ」

結局残り10センチを詰められずにヘタレているところで彼女が目を覚ましたので、残念に思うと同時に安心した。

この至近距離に対して騒ぎも暴れもツッコミもしない彼女に苦笑して体を離す。
何を考えてるのか、ボーッと見つめてくるから、飯行こうかと雑に視線を逸らした。

「ごめん寝落ちてた」
「おう。お疲れだな」
「うん…ねえ今」
「何食いたい?飯」

寝込みに手を出そうとした罪悪感と、結局何もできないヘタレぶりが情けなかったのとで顔を見られない。わざとらしく話を逸らすと、ねえ、と強めに腕をひかれて観念した。

「…したの?」
「してない」
「…そっか」

安堵の様子も、もちろんがっかりした様子も見せない彼女。

いつだって、彼女は全く隙がない。
無防備に寝ていてもそう。
見つめれば見つめるほど、側にいればいるほど。痛いくらいわかってしまうのだ。
自分は全く彼女の直感部分に触れていないんだと。

残り3日。
たぶん、最初からわかってた。

これは恋人試用期間なんかじゃなくて、

広がりすぎて収拾がつかなくなった俺の気持ちを、畳んで行くために彼女がくれた期間なんだと。



朝日さんが白石くんに恋い焦がれていた
宮下入社4年目のおはなし。


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