「おはよーさーん」
午前9時50分。コーヒーの香りとともにチームの一人娘が出勤。
先週末に大型の仕事を無事終えたので、今週に入ってからは専ら事務作業だ。定時出社の定時退社。激務の我が家に数ヶ月に一度訪れる貴重なシーズンオフである。
「あールイさん朝からヨンマルクとかオシャレー」
「せやろ〜タロにはまだ早いで」
「あっは、何すかその関西弁もどき」
「可愛いやろ」
「可愛いー」
ケラケラとデスクに着く若者二人。健全だなあ。素晴らしいシーズンだ。
昼飯は12時に食べるし、夜は12時に眠る。寝る前には晩酌しながら撮りためた海外ドキュメンタリーも観れる。なんて平和なんだ。窓の外の土砂降りさえも気にならない。時計の針が10時を指したけどチームリーダーが出勤していない事も全然気にならない。寝坊かな春くん。
さて、始業しますか。お茶のペットボトルをキュッと閉める。今日もファイル整理。
カタカタとキーボードの音、ガサゴソと在庫整理の音、パラパラと書類をめくる音。
…平和がすぎるのだ。
事務作業開始してから5日と30分。ついにこの空気に耐えかねた脱落者が出た。
「あーー!!次の案件資料まだこないの!もうやだ!飽きた!パソコンやだ!記入不備もないし!」
バーンと椅子に体を投げ出すルイちゃん。わかる。そろそろ研究漬けの日々が恋しくなってきた頃。
「おっちゃん何か面白い話してー」
「うーん、そうですねえ」
「つまんない」
「考える余地くらい欲しいなあ」
「ルイさんワーカーホリックすか」
「違うよ科学者だよ」
「でも僕もそろそろ脳みそが乾きそうでねえ。頭の体操しないと老いる一方だから」
「オッサンになっちゃうねー」
「ぶはー!オッサン!」
「ははは、年取ってもおっちゃんがいいなあ」
シーズンオフに毎度付いて回る問題。
暇。雑談でもしてないとやってられない。前回は縛りシリトリで白熱したなあと記憶を辿っていると、閃いた!と漫画のように人差し指をたてたルイちゃんと目があった。
「関西弁ゲームしよ」
「何すか?それ」
「ずっと関西弁で喋るだけのゲーム」
「あはールイさん彼氏の影響うけすぎとちゃいますー?」
「おっいいやんタロちゃん〜」
関西弁。関東育ちの自分にはどうもこそばゆい。が、この期待にみちた眼差しには勝てないのだ。まるで愛娘に弱い親父。ところで関西の男と付き合い始めたのかい、悪い男じゃないだろうね。
「うーん…楽しそうやなァ」
「んー!おっちゃんイントネーションが40点」
「ははは、関西弁難しいわァ」
「ねールイさん、春さんて何時にくるやろー湿度計の相談したいねんスけど」
「せやなー。そろそろ電話したってやタロ」
「えー寝起き怖いからイヤやねんスけどー」
めちゃくちゃな関西弁が耳に優しい。
「しゃーないなあウチが起こしてくるさかい。待っといてーや」
「ぶはーなんかルイさんの関西弁くどくてオモロイねん」
「うるさいやでアホー」
「それ彼氏から反感かいません?」
「可愛いウケるー言うてくれるで」
「惚気るもんなー」
「んふふ」
ほな、とルイちゃんが椅子から立ち上がったところでガラリとガラス戸が開いた。リーダーのご出勤。あーあー、びしょ濡れ。
「あ、春ちゃんきたでータロ」
「ほんまや!おはよーございます」
「春くん、風邪ひきますよ」
「あーおっちゃん標準語あかんやんー!ペナルティ!」
タオルを手際よく準備するタロくんは何だかんだ器量が良い。頭をガシガシふいて、寝坊しちゃったよアハハと笑うリーダー。
「それで、俺がいない間に今日ここは関西になったのかな」
「せやで!春ちゃんようこそ大阪へ」
「標準語つかうとルイさんからペナルティ科せられますのやで」
「あはは、タロのは敬語と混ざるとわけわかんないなあ」
「あっはい春ちゃんペナルティやね」
「おっと すまんやで」
「す、すまんやで…ぶっは…!!!あっすみませ、いや、すまんやで、、ぶはは」
「タロ笑いすぎやって…んふふ」
「笑うなやー関西弁わからへんもん俺」
「すまんやで、は過激派関西人の逆鱗に触れかねないらしーから気ぃつけや春ちゃん」
「おおきに」
「んー!!何かちゃうねん春ちゃんの」
これだけ雑談をしていても手は動いているのだから大したもんだ。
本日の我が家はリトル大阪。出勤早々スッとなじんだリーダーは流石。
今日の昼飯はお好み焼きでも食いに行くかなと思ったけれど、窓の外の土砂降りに萎えた。
早く太陽と次回案件が来ますように。