「今週の土曜日、家行っていい?」
ソワソワと落ち着かない様子で伺ってきたのは自分の可愛い彼女…ではなく、彼女の親友。ちなみに自分の親友の彼女でもある。
「聞く相手間違ってません?」
「間違ってない」
「いや…まあそうか…」
彼女の彼氏で俺の親友…ああややこしい。つまり、目の前のこの人は恋人である三池葵の家に行きたいのだ。そしてそいつは今俺の家に居候している。そのためまず家主に伺いを立てるという彼女なりの礼儀ってとこだろう。
ダメ?お願いお願い!と手を合わせてわかりやすく媚びてくるルイさん。正直かなり珍しい。いつもコレならもう少し取っ付きやすいのになあと思いつつ、まあブーメランか。と一人腹に落とし込む。しかし今週の土曜日って。
「葵帰ってくるの日曜朝の予定じゃありませんでした?」
「日曜ゆっくりしたいから土曜日の夜に帰ってくるんだって」
なるほど、聞いてないぞ。ちらりとスマートフォンを確認したけれど、やはり連絡は無し。3日前に大阪出張に出発した同居人のにこやかな顔を思い出す。なにが「日曜の朝帰るから家におってな☆」だ。
「…構いませんけど」
「ほんと!?ありがとう紺野さま〜」
「夜ですよね」
「あっいや実は夕方頃から…!あの!おねがいがあって!」
「まだ何かあるんですか」
「あしらわないでよー紺野さま〜」
駄々っ子よろしく泣きつかれる。これがほんとにあのスーパードライアサヒさんか。じゃあ聞くだけ聞きましょう仕方ないですね、と宥め聞いた結果、結局彼女のお願いを飲むことになったのだった。
▽
そして今、土曜日の夕方17時と2分。予告通りやってきたルイさんとキッチンに立っている。
「おねがいします!紺野先生!」
「はーい」
目の前にはルイさんが持ち込んだスーパーの袋が4つ。その細腕でよくもまあこんなに抱え込んできたもんだ、と関心しつつ中身を確認する。牛ひき肉、玉ねぎ、卵、パン粉にナツメグ、夏野菜とタコ、赤ワインにビールにパン、まだまだ…いやほんと、よく抱えてきたな。
「ハンバーグとマリネってとこですかね」
「正解!さすが!」
このレシピなんだけど材料たりてるかなーと料理アプリを見せてくる。ざっと確認したところまったく問題ないけれど、料理用の赤ワインでガチの美味しそうな赤を選んでくるところは流石というか何というか。
「ごめんね、我が家に調理器具が無いばかりに」
「いえいえ。ルイさんも彼氏のために料理しようとか思うんですね」
正直言うとまったく自炊してなさそうだし、調理器具がないのはイメージ通りだ。けれど、我が家の包丁を手にしげしげと眺めているルイさんを前にそれを馬鹿正直に伝えるのは少し怖い。ので、口に出すのは控える。
「料理好きじゃないんだけどね。大阪きてから三食外食だからおうちのご飯食べたい〜って言うんだもん、葵くんが」
たまには彼女らしい事したいじゃん。とはにかむ顔がまた珍しくて、希少動物の素の顔を見たような気持ちになる。まあ普通に可愛いと思うけど、その顔あいつの前でしてやれよ。
買い物袋の横に置いていたスマホが短く震えた。内容を確認して返信、さて作業に入ろうか。
「あかりあと20分くらいで着くそうです」
「ほんと!待ってようかなあ」
「や、下準備進めちゃいましょうか」
「はーい」
ルイさんのお願いは「出張から戻ってくる彼氏に手料理を振る舞いたいのでキッチンを貸してください、そして料理を教えてください」との事だった。
普段自炊してるとはいえ、男料理で適当なもんだし、教えるほどのものでもない。こういうのが得意な人間といえば真っ先に浮かぶのは自分の恋人だけれど、あいにく夕方まで先約があるとの事。終わり次第駆けつけるからねと言った彼女がくるまであと20分。
かくして我が家の奇妙なお料理教室は幕を開けた。