File6
何してるのか、と聞かれれば、そう、何…………何をしているんだ俺は……
ぐるぐると混乱する頭の中で、答えなくては、という気持ちと見つかったことへ羞恥が混じり合い、脳内がぐしゃぐしゃになっていた。
このままでは完全に不審者になってしまう。残った数ミリの正常な脳みそがなんとか言葉を紡ぐ。
「いや、見かけたから、夜も暗いしよ、この間あんなことあったばっかだし、だ、大丈夫かなと思ってよ…」
「声、かけてくれればいいのに、めっちゃびびったんですけど」
全くその通りである。
「わ、悪い………」
「ってか携帯、ごめんねぶつけちゃって。まぁわざとじゃないんだけど。」
しどろもどろになりながらなんとか答える、なんとか、なんとかごまかせたか。いやいや、別にごまかしたわけではない。うん。
駆け出そうとしていた足をこちらに向け歩いてきた彼女はすっと手を差し出した。差し出された手にあぁ、携帯ね、と、携帯電話を差し出そうとしてーーやめた。差し出そうとした携帯を持った手を目一杯伸ばして上にあげる。ついに言い訳を思いついた俺はこれだ、この策でいこう、うん、と携帯を取り返そうとする手をひょいひょいと避ける。 いや、言い訳ではないんだが。
「えっ?ちょっと。何。」
「なんでこんな暗い中一人で帰ろうとしてんだよ。」
「え?は?いや、別にいつものことだし。冬だし暗くなんの早いから仕方ないでしょー。ってか携帯!返してよ。」
「家でやれば良いだろ。」
「家は弟がいるから無理。居るのに遊んであげないと拗ねるから、家帰ったら遊んであげれるように図書館いれる時間は図書館で勉強すんのー。ってかおにーさんに関係なくない?早く携帯返してよー。」
話す前はあんなに緊張していたのに話し始めると意外と言葉はスラスラと出てくるもので。
よほど携帯を返して欲しいのか、彼女は届くはずもない俺の手に向かって目一杯ジャンプしてみせる。残念ながらお前の背じゃ届かない。
「……連絡。」
「は?」
「連絡しろって言っただろ。」
「え?あーーーなんかあったらーってやつ?」
「連絡しろよ。」
「は?いや、別になんもないし連絡する必要ないっしょ。」
「あるだろ、あんなことあって、こんな人通りの少ない暗い道一人で帰るとかありえねぇから。」
「いや、別に家すぐだし。大丈夫大丈夫。」
「あほか。そうやって意識低いからこの間みたいになるんだろ。」
「え、まじなんなの。ムカつくんだけど。しょうがなくない?高校生にもなって親に迎えに来てーなんて言えないし。」
「だから、連絡すれば良いだろ。」
「は?誰に?」
「俺に。」
「は?」
まるで何を言っているかわからない、と言った彼女の態度に少し傷つく。あれだけ口も悪く態度も悪いのになぜかこういう時に遠慮をするからあんな事件に巻き込まれるのだ。
「俺に連絡すれば良いだろ、送り迎えくらい、してやるよ。」
「え?マジなんで?意味わかんなすぎるし。こわ。何?お金とか持ってないからね。それとも何、身体目当て?やっばおにーさんやらしー。」
「んなわけあるか、あほ。普通に心配してんだよ、一人の警察官として。」
「えー、でもおにーさん仕事あるでしょ。ほんと大丈夫だから。なんかあった時には連絡するし!ね!だから、携帯返してー」
「なんかあってからじゃ遅いだろうが。連絡しろ、いいな。」
「わかった、わかったからー!連絡するからー携帯、返してよー」
言質も取ったし、返してやるか。
上に掲げていた携帯を彼女に差し出すと、それを手からふんだくり、ふくれっ面でこっちを見つめる。なんだ、その顔は。ちょっと、かわいい。いや、決してロリコンとかそう言う意味ではないが。
「ってかおにーさん仕事なんじゃないの。」
「今日は休み、ってかお前はいつもこの時間に帰ってんの?」
「え、あぁ、まぁ閉館時間まで大体勉強するからいつもこのくらいだよ。」
「じゃあ、明日から出口に17:35な。」
「別にいいけどさ、おにーさんその時間いつもは仕事なんじゃないの。」
「別に急な事件が入らねえ限り外回りとか言っときゃ大体来れる。」
「それってサボりじゃん。悪。」
「いいんだよ、これも一般市民を守る立派な仕事だ。」
「なにそれーウケる。」
ヘラヘラと笑う彼女になにがウケるんだよ、と言おうとして言葉を飲み込む。そろそろ本当に家に返さないと、何だかんだ立ち話をしたら時間も遅くなって来た。
「ほら、帰るぞ。送ってやるから道案内しろ。」
「なんでそんな偉そうなの。自分から送らせろってごり押しして来たくせに。」
「うるせえ早くしろ遅くなんだろ。」
「はいはいわかりましたよー。」
のろのろと先を歩く彼女の歩幅に合わせてこちらもゆっくりと歩く。
ふと、昼間彼女の友人に言われた言葉を思い出した。
『明日美言ってましたよー、超カッコよかったって!顔もイケメンでー背も高くてー何より助けてもらった時に抱きしめられたのがめっちゃときめいた〜って!』
「なぁ」
「んー?何?」
俺よりも数歩先を歩く彼女が振り返る。ヒラリと待ったスカートから見える足は少し寒そうだった。着眼点が変態じみているなんてことはない。
「お前も、ときめいたりするわけ、助けられたりすると。」
「え?何のーー」
別に彼女がときめいているとか、そう言うのを期待したわけではなかった、と言えば少々嘘になるが、実際のところ自分がその言葉に舞い上がったのが情けなくて、何となく聞いてみただけだったのだが。
言葉に詰まった彼女の方見るとみるみるうちに耳まで赤くなった顔がこちらを見つめていた。そして俺と目が合った瞬間その視線が斜め下へと逸らされ、片手で頭を抱える。え、何その反応。
「はぁーーー。マジ、それあれでしょ、ちょっと背の高いつり目の黒髪ストレートの女が言ってたでしょ。」
「ん?あ、あぁ確かそんな感じだったな。」
「ち、違うからね!別に確かにピンチの時助けられてカッコいーとか思ったし、ちょっとときめいたけど!別にそう言うつもりで言ったわけじゃなくて、あーーーもーーー!」
真っ赤になって地団駄を踏む彼女が何ともまぁ可愛くてニヤつくのを抑えきれず片手で口元を隠す。そうか、ときめいてたのか。
「もーーーまじありえない、本人に言うとか、何考えてんのめっちゃ恥ずいわ、絶対明日コロス。」
「わかったよ、わかったから、そんな怒んなって。」
ニヤニヤを抑えきれないまま口を隠してない方の手で頭を撫でてやると、「からかうんじゃねー!クソ天パ!」と言う何とも可愛らしくない罵倒をしてくる。
「まあまあ、これからはカッコいいお兄さんが送ってやるからよ」
「はーーー!もーーー!まじうざい!うざい!さいあくーー!」
「あっははは、お前顔真っ赤、おもしろー」
「うっさい!!!!カス!」
カスとは何事だ。全く本当に可愛げがないな、と思うのに真っ赤に染まったその顔はやっぱりどうしてか可愛くて。自身の胸が絞られるような感覚が襲う。
しかしその顔をもっと見ていたかった俺は結局家の前に着くまでからかい倒した。すると「マジムカつくから明日来んな!」なんて言われて少し焦ったのは秘密だ。
こうして見事彼女とほぼ毎日会う約束を取り付けた俺はこの日以降なるべく仕事がデスクに溜まらないよう鬼のような速さで仕事を片付けるのであった。