んー、今日も疲れたなー。
伸びをしながら壁にかかっている時計を眺める。
時刻は17:30を回ったところで、図書館内に流れる七つの子の音楽が閉館時間を知らせていた。
ここ1週間で爆弾事件やら殺人未遂事件やらに巻き込まれていたため、恐ろしいほどの疲労が溜まっていた。
しかし受験生に休みの日はない。もう直ぐ12月に差し掛かろうという季節に休んでいる暇なんてないのである。とは言ってるものの、目指すのは都内のそこまで偏差値の高くない短大である。今の成績だったら正直余裕ではあるが、受験は戦争。最後まで気を抜かず頑張らねば。
しかし閉館時間過ぎまで居座る気はない。今日は一区切りついたしもう帰ろう。そう思いカバンに使い込まれた教科書や参考書を詰めた。ご丁寧に表紙にデカデカと【猿でもわかる!】なんて書かれているのが恥ずかしいが仕方ない。この参考書が一番わかりやすかったのだ。
パンパンになったカバンを肩にかけ、ポケットに手を入れる。うん、今日はちゃんと携帯持ってるな。
図書館を出るともう外は真っ暗で冬の昼は短いな、と感じる。あの教室での一件以来、少し夜道が怖い日もあるが受験にそんなことは関係ないので我慢する。
図書館から家まで15分くらいだろうか、真っ暗な緑道を無心で歩く。いつもなら音楽を聴きながら帰ったりするものだが、あの一件があった手前、周りの音が聞こえるように音楽は聞いて帰らないようにしてる。申し訳程度の危機管理である。まぁそんな短期間に何回も事件に遭ってはたまったものではない(米花町の犯罪率はさておき)が、念には念を入れ、というやつだ。
しかし夜は冷えるな。そろそろ手袋とマフラーも出さないとブレザーだけでは耐えられなさそうだ。目の端に映った自販機にあったココアがやけに美味しそうに見えた。よし、買おう。今日は頑張ったしご褒美だ。
自販機に近寄りゴソゴソ、とポケットを探る。財布を取り出そうとするとポケットの中の携帯電話のストラップと絡まってしまったのか、なかなか出てこない。
クソ、クソ。無理やり引っ張るか。耐えてくれストラップ。そう意気込んで財布を引っ張り上げる。
思ったより強く引っかかっていた携帯電話をそれよりも強い力で引っ張り上げたため、見事に吹き飛んだ。
「あ。」
綺麗に弧を描いたソレはそのまま緑道のさほど背の高くない茂みへと落ちた。
ガサガサッゴンッ
「いでっ!」
え?
その音と声に目を見開く。
な、何だ今の音、そして声。目の前の携帯が落ちた茂みを眺めていると、ガサゴソと突然何かが動き出した。
え、なになに怖い怖い無理無理無理。いや、だってもう今週二回は変な事件に巻き込まれてんだよ?確かにこの町の犯罪発生率は異常だし過去にも思い出すといろいろ遭遇したとは思うけど!思うけどね!?流石に1週間に3回はなくない!?流石に運悪すぎじゃない!?どうなってんだよ私の星座!六白金星!四柱推命!!!
もうここまでくると半ばヤケクソである。ここまで運が悪い意味がわからない。日々勉強も頑張っていてそりゃあ過去に悪いことしたことないか、といえばないわけではないが思い出す限り特に人を殺したりそう言った覚えもないのである。ーーー自分の命のために他人の命を顧みなかったことはあるが。
しかし天に見放された今、私にできることは逃げることだけである。携帯もないんじゃ誰かに連絡しようもない、最悪である。
財布を握りしめ半分は運の悪さに対する怒りと半分の恐怖で半泣きになりながら大通りへと駆け出した。否、駆け出そうとした。
「ま、待て!」
あれ、あれあれ?
聞いたことのあるような声に立ち止まり振り返る。
「………何、してるんですか。」
そこにいたのはつい数日前私のことを間一髪助けてくれた最高の刑事さんであった。
ーーーーーーーーーーーー
時刻は17:35
図書館には閉館を知らせる音楽が流れていた。
あれから図書館に向かった俺は、流石に閉館時間まで外で待つのも寒く、過去の事件でも見てみるか、と図書館にある新聞紙を目を通していた。
7年前の新聞記事だろうか、【女子中学生、都内高層マンションの爆破を防ぐ!勇敢な判断】なんていう見出しをみて、そんなこともあったな、生きててよかったな、萩原。なんて呑気に新聞をめくっていた。
いかんいかん、そろそろ彼女も帰る頃だろう。新聞を丁寧にしまい、出口を向かう。
はた、と。気づく。
なんて声をかければいいんだ?
そうだ、俺は完全にノープランだった。テレビのよくわからない特集に踊らされ学校まで行き、これまたよくわからない女子高生の噂に踊らされ、ここまで完全に勢いで来てしまった。(この際彼が勝手に自主的に舞い上がってやって来たのは置いておくこととしよう。)
しかし完全にノープランであることが発覚した今、一気に身体中になんともいえない、爆弾を解体している時と同じような、違うようなーーーそんな汗が噴き出して来た。
どうする、どうする、どうするーーー?さっきの女子高生相手には驚くほどスラスラと嘘が出て来たのに、宮藤明日美相手にと考えると頭が真っ白だった。どうするどうする、と考えているうちに勝手に出口に向かう足。ふと、前を見るとそこには【猿でもわかる!】なんてなんとも人を馬鹿にしたようなフレーズの参考書をカバンから覗かせた宮藤明日美がいた。
汗が、さらに、吹き出る。
やばい、やばい、やばい。話しかけてすらいないのに汗はすごいし喉はカラカラである。おい、カバン開いてんぞ、携帯今日は忘れてないか、声をかける術はあるはずなのに俺はそれを声にできなかった。しかし俺に気づかない彼女はそのまま図書館を出て行く。まずい、そう思い結局声もかけないまま彼女を追いかけた。
結局声がかけられないまま彼女を追いかけて5分ほど経過した。どうする、どうする、と考える間にも彼女はどんどん歩いて行く。見つかってはまずい、と緑道の草木の陰から彼女を見守り(監視、と言ったほうが正しいか)ながら歩いていたが、突然彼女が立ち止まり、急いで近くの茂みに身を潜めた。(側から見たら完全にストーカーである。)
立ち止まった彼女は近くの自販機まで行くと制服のポケットを探った。おそらく飲み物でも買うつもりなのだろう。しかしなかなかポケットから財布が取り出せないのか、かなりもたついていた。飲み物くらい買ってやるのに、と何故か頼まれてもいないのに勝手に陰から考えていると、勢いよく彼女がポケットから手を抜いた。
ポーン。
効果音にするならそんな感じだろうか。ポケットから飛び出したソレは綺麗に弧を描き俺の頭へと直撃した。
「いでっ!」
しまった、と思った時にはもう遅かった。こんな陰から後をつけていたんじゃ完全に犯罪者である。まずいまずい、しかし彼女にかける言葉が見つからない。茂みの隙間から見える彼女の顔はこれでもかというくらい絶望的な顔をしていた。当たり前だ。こんな1週間の間に何回も犯罪に巻き込まれたらたまったものではない。
とにかく携帯を返そう。
側に落ちた携帯を拾う。茂みから姿を現し彼女に渡そうとした。瞬間。彼女はこちらから身を翻し走って逃げようとした。まずい。
「ま、待て!」
このまま逃げられては彼女に携帯が渡せないし今後連絡できないではないか。連絡が来ていないしやりとりしたこともないことはさておき。
急いで声をかける。ギギギ、とまるで立て付けの悪くなった扉のように振り返る彼女の目は涙がうっすらと溜まっていた。振り返った彼女は俺の姿を見て目を丸くしていた。
「………何、してるんですか。」
それは俺が聞きたいくらいだ。