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客員剣士としてセインガルド王国に仕える事になり半年ほどが経った。後を追うようにリオンも客員剣士となり、今では一緒に任務へ行く事の方が多い。数時間で終わる簡単な任務から何日か要する長期の任務まで様々だ。それでも私とリオンはミスをする事なく任務を完遂させていく。息の合った仕事ぶりは国王陛下からもお墨付きを戴いている。それが誇りでもあり、嬉しい。
今日も二人で任務だ。

「えーっと、今日の任務は…」
『今日は最近街に魔物が現れて被害が拡大しているから、早急に対応して欲しい!…ですよ、ユナ』
「ありがとー、シャルちゃん」

現地へ向かう道すがら、依頼の内容を確認しておく。
「シャルちゃん」というのはリオンの持つソーディアン・シャルティエの愛称だ。
そもそも、ソーディアンという剣の声というものは誰もが聞ける訳ではない。ソーディアンの素質に見合う人間に限り声が聞こえる、という宝剣だ。
どういう訳か私はソーディアンマスターではないのだけれど、声が聞こえる。幼い時から私とリオンとシャルちゃん、三人いつも一緒だった。

「ユナ、いつも言っているがあまり外でシャルと話すな。不審者扱いされるぞ」
「だからって無視は出来ないでしょ?リオンじゃあるまいし」
『そうそう、坊ちゃんってばいっつも僕の声無視しちゃって!まあ仕方無いんですけどね』

どこか元気のないシャルちゃんの方を一瞥し、鞘に収まるシャルちゃんの柄をそっと撫でてあげる。私にとって彼はお兄ちゃんみたいな存在なのだ。

「あとで綺麗に磨いてあげるね」
『本当?!やったぁ!早く任務終わらせましょう坊ちゃん!』
「全く現金なやつだな…」

途端に元気になるシャルちゃんに安堵しつつ顔を上げれば、ふっと仕方無さそうに笑うリオン。思わず心臓が高鳴る。私やマリアンにしか見せない表情。…そう、私だけが見れるわけではない、表情。
高鳴っていた心臓がいつの間にか嫌な音を立て始める。
──これは嫉妬だ。何度も傷付いてきた筈なのに。そう思っていても、どろどろとした感情が支配し始めて慌てて首を振り前を向き直る。

「…どうした?」
「なんでもない。行こう、リオン」
「…何故本名で呼ばないんだ」

小さな小さな声でそう呟くリオン。けれど気付かない振りをした。
私が「エミリオ」と呼ばない理由。
あの頃に戻ってしまうようで、彼が自分だけを見てくれていた日を思い出してしまうから嫌だった。もう昔のように純粋な気持ちで「好き」だとは言えないから。
シャルちゃんに実はこっそりと打ち明けた事がある。同じように、何故エミリオと呼ばないのか聞かれた事があったから。
『嫉妬してもユナはユナだよ。というか、嫉妬しない人間なんていないと思います。だってそれくらい坊ちゃんの事が大好きで、愛してる証拠じゃないですか。坊ちゃんは本当に幸せ者だなぁ』
なんて言ってくれたのだけれど。それでも、自分の気持ちを抑え込むには私がエミリオと呼ぶわけにはいかない。



「ここみたいだね」
「随分静かだな…普段はもっと賑わっているだろ」
「おや、旅の方かい?それならあんまり街を出歩かないほうがいいよ。さっきもモンスターが街に入って来たんだ。お陰で自宅待機命令が出ちまってなぁ」

街の住人であろう、40代ぐらいの男性が私たちに声を掛けてきた。自宅待機命令とあればこうも静かなのも致し方ない。少しだけ悩んだ様子のリオンが続けて話を聞き始める。

「僕達はこの街に出るモンスターを討伐する為セインガルドから来た。状況を詳しく話して貰おうか」
「おお、剣士様ですか!お待ちしておりました。数日前です。最初は1、2匹程で街に来たんですが迷い込んだんだろうと思って退治しちまったんですわ。そしたら日が経つにつれて何匹もやって来ては食料を食い荒らしたり人を襲ったり…手をつけられんのです」
「そのモンスターの特徴は?」
「ウルフです、そこらへんでよく見かける…」
「…なるほどな。仲間を殺されて逆恨みに来たという訳ではなさそうだ」
「親玉を叩かないと駄目かな…」
「それでしたらこの先の森にやたらでっかいウルフを見たっていう目撃情報が…」
「分かった、行くぞユナ」
「はぁい」

踵を返して目撃情報があったという森へと向かう。
心配そうな住民の視線を受けつつ、私たちはその森へ足を踏み入れた。