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「確かにさっきからウルフばっか遭遇する、ねっ!」
「異常すぎるな…こんなにたくさん街に雪崩込んで来たらたまったものじゃないぞ」
「早く片付けないと…」

心配そうに呟きながら辺りを見渡すユナ。森の奥地へ入って行くがやはりすぐには親玉を見付けられず、幾度も戦闘を交えながら探していく。僕は構わないが、体力のない相棒がいつまで持ち堪えられるかが何よりの心配だった。

『坊ちゃん、少し休みましょう?ユナが心配です』
「…そうだな。おい、ユナ」
「私は大丈夫だから、このぐらい何ともないって」

慌てたように振り返ったユナが僕の言葉を遮り首を振る。ただでさえ森の奥を進んでいるというのに、息を切らしながら刀を鞘に収める姿に呆れてしまう。全く大丈夫ではないのは明白だというのに。…と、ユナのいるすぐ近くの茂みがガサガサと大きく揺れる。注意力散漫なユナは気付いておらず、近くにいた魔物の排除に当たっていた。魔物である可能性は大いに有り得る。僕が駆け出したと同時に茂みから今までの比較にならない大きなウルフが飛び出し、ユナの方へと飛びかかる。僕は咄嗟にシャルで鋭い爪を受け止め、弾くが爪が腕を掠め服が裂け、傷口から血が出てしまう。痛みに思わず顔を歪めると顔を青くしながらユナが駆け寄ってきた。

「……!リオン!腕…」
「これくらい何ともない、…さっさと片付けるぞ」
「でも……!」
「ユナ」
「……!」
「大丈夫だから」

泣きそうに顔を歪めて僕の心配をするユナの頭を撫で、シャルを握り直す。余計な心配をさせたくはなくて出来るだけ優しい口調で平気である事を伝えると、ぽろりと一筋涙を零した彼女のそれを指で拭ってやる。そしてぽんと頭を撫でてやった。

「ユナは前でアイツの注意を引きつけて欲しい。出来るか?」
「わかった、…やってみる」
「頼んだぞ」

刀を構えて魔物に向かうあいつの後ろ姿を見送り詠唱に集中する。ふわりと周囲に風が巻き起こり、詠唱が終わりユナに合図を出す。すると後ろに下がったのを確認してすぐさま晶術を発動させれば重力に逆らえず動きが取れない魔物の首をユナが刀で薙ぎ、ばたりと大きな音を立てて果てた。

「ユナ!」
「…!」
「エアプレッシャー!!」
「これで終わり…!月華!」
「……なんとか、なったな…」
「リオン止血しないと…!」

腕の痛みが本格的にひどくなり、揺らぐ視界に耐えられなくなり肩膝をついて蹲ると刀を納めて慌てて駆け寄るユナ。ポシェットに入っていたハンカチで僕の患部を強く縛り、一時的に止血をしてくれる。心配そうに僕を見つめるユナ。そんな中、やはりこんな状況でも本当の名で呼んでくれないのかと少しばかり残念に思う。
霞む視界、薄っすら聴こえたのはユナが、『エミリオ』と呼んでくれたような、そんな気がした。




私を守ってくれたリオン。攻撃を受けた場所は思った以上に傷が深く、リオンが気を失ってしまい背中に担いで何とか村に戻った時は私より小柄でよかったと彼に聞かれたら確実に怒る事を思ってしまった。
村の人達に応急処置をしてもらい、眠る彼の手を握りながら目を覚ますのを待つ。リオンが意識を失う直前、咄嗟にエミリオと呼んでしまった事をぼんやりと思い出す。…私があの名前を呼ぶ権利なんて、ないというのに。

『ねえユナ』
「…どしたの?シャルちゃん」
『まだ坊ちゃんの事…ユナは好き?』
「え…そ、そりゃあ…まあ…」

突然の問いかけにおもわず顔が赤くなる。この恋心は永遠に封印しようと思っていたのに。忘れようとしていたのに。シャルちゃんには悪気はこれっぽっちもないのだろうけれど。

『最近ね、ユナを見てると苦しいんだ』
「え、やだシャルちゃん私の事好きだったの?」
『もう、そうじゃないってば!…無理してる気がして…坊ちゃんへの想いを無理矢理押し込んでて、それが逆につらそうに見えて』
「そう、…だね」
『なんで好きだって気持ちに無理矢理蓋をするの?いいじゃないか、好きなら好きで。素直なユナらしくないよ』
「…マリアンが好きなリオンの足枷になりたくないから。私の気持ちは迷惑だから」
『坊ちゃんがそんな事思うはずがない!』
「…!」

突然大きな声で反論するシャルちゃんにびくっと思わず肩を震わせる。私にここまで言うシャルちゃんは初めてだった。いつだって私の相談に乗ってくれて、同調してくれて。きっとそうだね、って哀れんでくれると思ってたのに。

『坊ちゃんはユナの事誰よりも心配してるんだよ。無茶してないかとか…ユナが剣技に集中するようになって…会わなくなった期間もずっとずっと心配してた。今だって坊ちゃんと離れ離れの任務の時はずっと心配してるんだよ。怪我してないか…ちゃんとご飯食べてるかって。素直じゃないから言わないだけで。そんな坊ちゃんが、ユナの気持ちを迷惑だなんて思うはずがないよ』
「……」
『ねえユナ、お願いユナ。坊ちゃんとちゃんと向き合って欲しい。マリアンにしかできない事があっても、ユナにしかできないことだっていっぱいあるんだ』
「私にしか、出来ない事…」
『うん。坊ちゃんを支えるのだって、守るのだってユナにしか出来ない事だよ。お世話係のマリアンじゃ出来ない事だ』
「…エミリオってまた呼んでも迷惑じゃないかな…」
『きっと喜ぶよ!坊ちゃん気にしてたから』
「…うん」
『大丈夫、僕はいつだってユナの味方だよ』
「ありがとうシャルちゃん」

片手をシャルちゃんのコアクリスタルに伸ばし、そっと撫でる。それから彼の手を強く握り、愛おしさを込めて囁くように小さく呟いた。

「…エミリオ、大好きだよ」